31 / 55
3-9 魔王様、孤児院を慰問する。
しおりを挟む「ねぇ、このあと女神祭に行ってみない?」
「え……女神祭に……?」
孤児院の子ども達に貰ったベリーで作ったスコーンを食べながら、モナはウルにそう提案をした。
ウルはさっきモナに教えてもらったばかりのレシピを、机の上の手帳にサラサラと書いている。余程気に入ったのか、また後で自分でも作ってみるつもりなのだろう。
「良いけど……なんで?」
「せっかくだからお祭りを見て回りましょうよ! ウルだって、昨日はちゃんと見てないんでしょ?」
女神祭の初日である昨日は、ウルは王都の外に居たらしい。
途中からモンスターの大軍が押し寄せてきた混乱で急いで帰ってきたらしいが、その後も演説をさせられたり、倒れたモナの介抱だったりと忙しく、祭りを楽しむ暇など無かった。
「確かにそうだけど。モナはもう大丈夫なの?」
「大丈夫だって。心配なら尚更ウルが隣に居てよ」
モナの説得に、ウルは押し黙る。
しばらくお互いが見つめ合う時間が過ぎていく……
「……そうだな。なら俺も行こう。モナからのせっかくのデートのお誘いだしね」
「はいっ!? でっ、デートなんかじゃ……」
『一緒に、これから、お祭りに、行きませんか』
本人にそんなつもりはなくても、傍から見ればこれは立派なデートのお誘いである。
(だってだって……今までずっとあの魔王城に引き篭もっていたんだったら、お祭りだなんて楽しみも無かっただろうし。それに街の人たちがどんな生活をしているのかちゃんと見てくれたら、悪いことをしなくなるかもしれないし……そう、これは世界平和のためなのよ!!)
必死に言い訳を頭の中で考えているモナを置いて、出掛ける準備を始めているウル。
「いつまで食べているの? はやく行こうよ」
「えっ、ああっ!! やばっ、食べ過ぎた!! 屋台のご飯が入らなくなっちゃう!!」
「ぶっ、ふふふっ!!」
「な、なによ!? 笑わなくたっていいじゃない!! この馬鹿!!」
慌てて口元のベリーを拭きながら紅茶でスコーンを流し込む様子を見て、思わず吹き出す魔王様なのであった。
◇
そうしてどうにかこうにか、女神祭に出掛ける準備が出来た二人。彼らはお祭りの会場に向かうついでに、先ほど作ったばかりのスコーンの残りを孤児院に差し入れすることにした。
ベリーを入れて持って来てくれたカゴにスコーンを入れて、ウルの家を出る。作ったものをあげてしまうのを名残惜しそうにしているウルを見て、モナはクスクスと笑う。
「そんなに心配しなくても、簡単に作れるんだからまた機会があったら作ってあげるわよ?」
「……それは俺がレオの身体から居なくなっても?」
目線をカゴの中のスコーンに向けたまま、いじける魔王様。
モナが作ったお菓子に対するこの執着心はいったい何なのか。さすがにここで断るほどの胆力はモナには無かった。
「……良い子にしていたら作ってあげるわ」
「良い子……ふふっ。魔王が良い子に、か。それじゃあ頑張らなきゃなぁ」
「ふふ、そうね。頑張ってちょうだい」
それはまるで反抗期の子どもを、サンタクロースをネタにして嗜める母親のようだった。
相手は決してそんな可愛げのある子どもではないけれど。
そんな他愛もないやりとりをしながらしばらく歩いて行くと、教会の敷地にある孤児院に到着した。
庭で追いかけっこをする男の子たちや、モナが教えてあげたあや取りで遊ぶ女の子たち。それぞれが思い思いの遊びで、伸び伸びと楽しく過ごしている。
そのうち、一人の子どもがモナたちに気付いた。
「あっ、モナお母さん!」
「ホントだ、聖女様だ!!」
「勇者もいるぞ!!」
一人が気付けば、周りの子どもたちが叫びながら一斉に向かって来た。
わらわらと二人の足元にやって来ると、隙も無く次々と声を掛けてくる。
「ねーねー!! 今日は二人でどうしたの?」
「デート!? デートなのっ?」
「一緒に遊ぼう~?」
「コラッ、恋人の邪魔をしちゃダメでしょ!!」
同年代ぐらいの子たちの中でも男の子はすぐに勇者とチャンバラごっこをしたがったりしているが、女の子は一味違う。
すぐに二人の関係について聞いてくるあたり、女の子はどの世界でもませているのかもしれない。
「あ、あはは。恋人なんかじゃないんだけどね。って、違うちがう。ほら、レオ……」
「え? あ、うん。キミたち、さっきは沢山のベリーをありがとう。お礼に聖女と一緒に、たくさんお菓子を作ってきたから食べてくれ」
なんだろう、とキョトンとしていた子どもたち。
右手に持っていたカゴを差し出すと、彼らの視線が一気にそこへと集まった。
そしてソプラノ色の大歓声が一斉に沸きあがった。
「わぁああ、ホントに!? やったぁ!」
「すげー! マジであのベリーがオヤツになったぞ!」
「えええっ、どうやって作ったの!? 魔法なの!?」
まさかのオヤツ登場に、飛び跳ねて喜ぶ子どもたち。
普段は教会のシスターたちが作る質素なご飯ばかりなので、こういうスイーツには滅多にありつけない。
さっきまで恋愛話で盛り上がっていた女の子も、キャーと叫びながら目を輝かせている。
どうやら恋バナとスイーツは別腹のようだ。
と、そこへ新たな人影がやってきた。
「どうしたの、そんな大騒ぎをして……あら。あらあら、まぁまぁまぁ!!」
「「こんにちは、シスター」」
騒ぎを聞きつけてやって来たのは、孤児院の管理も行っている教会のシスターだった。
彼女にも、これまでのいきさつをもう一度事情を説明する。
すると、彼女の顔がぱああぁ、と喜色満面となった。
「あの勇者様と聖女様のお二人が作ったお菓子なんて、国宝モノね! ありがとうございます! 大事に公平に分け合っていただきますわ!」
「う、うん。ちゃんと子どもたちと分け合って、公平にね……?」
このシスターも女の子達と同じ、獲物を狩るモンスターの目つきをしている。それを見たモナは、不安しか感じられない。
彼女達も清貧を是とする生活を長年続けているせいで、こういったスイーツには目が無いのだろう。
まぁ、たまにはこういうオヤツを食べても、寛容な女神は許してくれるに違いない。せっかく作ったのだから、みんなでちゃんと分け合って美味しく食べて欲しい。
「それじゃあ私たちは、女神祭に行ってくるわね」
「「「いってらっしゃい! お菓子をありがとう!!」」」
子どもたちもシスターも、みんな一緒になって二人を見送ってくれた。
簡単に作ったお菓子であそこまで喜んでくれたら、あげた甲斐もあるというもの。
最初は渡すのを渋っていた魔王様も、終始ニコニコ顔だった。
「――たまにはまた何か作って持って行ってあげようね」
「そうだな。じゃないと家にまで押しかけられそうだ」
「ふふ、そうね。また一緒に作りましょう」
そういって二人は、どちらかともなくお互いに自然と手を繋いだ。
まるで仲の良い夫婦のように、女神祭の行なわれている王都の中央区へとゆっくり歩いて向かうのであった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】
ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。
※ムーンライトノベルにも掲載しています。
【R18】聖女のお役目【完結済】
ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。
その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。
紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。
祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。
※性描写有りは★マークです。
※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
★完結 【R18】変態だらけの18禁乙女ゲーム世界に転生したから、死んで生まれ変わりたい
石原 ぴと
恋愛
学園の入学式。デジャブを覚えた公爵令嬢は前世を思い出した。
――ああ、これはあのろくでもない18禁乙女ゲームの世界だと。
なぜなら、この世界の攻略対象者は特殊性癖持ちのへんたいばかりだからだ。
1、第一王子 照れ屋なM男である。
2、第二王子 露出性交性愛。S。
3、王弟の公爵閣下 少女性愛でM。
4、騎士団長子息で第一皇子の側近 ドMの犬志願者。
5、生徒会長 道具や媚薬を使うのが好きでS。
6、天才魔術教師 監禁ヤンデレ。
妹と「こんなゲーム作った奴、頭おかしい」などと宣い、一緒にゲームしていた頃が懐かしい。
――ああ、いっそ死んで生まれ変わりたい。
と思うが、このゲーム攻略対象の性癖を満たさないと攻略対象が魔力暴走を起こしてこの大陸沈むんです。奴ら標準スペックできちがい並みの魔力量を兼ね備えているので。ちな全員絶倫でイケメンで高スペック。現実世界で絶倫いらねぇ!
「無理無理無理無理」
「無理無理無理無理無理無理」」
あれ…………?
完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~
シェルビビ
恋愛
男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。
10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。
一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。
自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。
前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる
KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。
城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる