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最終話 王妃にとっての最愛
しおりを挟む「以前からエメルダの動向が怪しいと踏んでいたのだが、まさかここまで大胆な行動に出るとは思わなかったよ」
「……申し訳ありません、あなた」
戦いが終わった後、マーガレットはアルフォンスと共に町外れまで来ていた。そこで彼女は事の顛末を彼に報告していたのだ。
「謝る必要はない。マーガレットのおかげで、サウジッドの策略にも気付くことができたのだからな」
そう言って優しく慰める夫に、マーガレットは心が締め付けられた。
「……あの、ひとつ聞きたいのですが」
「ん、どうした?」
「どうしてわたくしがこの町に来ると分かったのですか? ここへ向かうことは、誰にも教えなかったはずなのですが」
マーガレットの疑問はもっともなものだろう。実際、彼女は誰とも会わずにこの国を出たはずだからだ。
しかし、アルフォンスは苦笑いすると、首を横に振った。
「ああ、確かに君は私に何も言わずに去った。しかし、部下からの報告を受けて、こちらの方で動き出していたのだよ」
「部下……まさかアンジーですか!?」
「その通り。君も知っている侍女、アンジーだ。彼女には元々、我が王妃から目を離さぬように命を下しておいたのだ。だからこそ、こうして君を助けることができた」
アルフォンスはニッコリと笑う。だが、一方のマーガレットは複雑な表情をしていた。
自分の知らないところでアンジーが自分の為に動いてくれていたこと。それを嬉しく思う反面、彼女を疑ってしまったことに強い罪悪感を覚えていたのである。
そんな彼女を励ますように、アルフォンスはポンっと肩に手を置いた。そして優しい声で語りかける。
「マーガレット、君の気持ちはよく分かる。私だって、もし君が知らない男と浮気をしていていたら、想像するだけで気が狂いそうになるさ」
「あなた……」
「愛している人を信じたいという気持ちは大切なものだ。だからこそ、裏切られたときに受ける衝撃は大きい。しかし、人は間違いを犯してしまう生き物なのだ。時には過ちを認める勇気を持つことも大切だと私は思う」
「……」
マーガレットは黙って俯いていたが、やがて顔を上げると、隣に控えていたアンジーの目を真っ直ぐに見つめた。そこには強い意志が込められている。
「ごめんなさい、アンジー。貴方はずっとわたくしのために働いてくれていたのに、疑ってしまったわ。大切なお友達だったのに……」
「いえ、気にしないでください。マーガレット様の無事な姿を見られただけで、私は満足です。それに私にとって、貴女様は今でも一番の親友ですよ」
「アンジー……!!」
アンジーは穏やかな笑みを浮かべると、マーガレットの手を取って謝罪を受け入れた。その姿を見て、マーガレットはホッとした様子を見せる。
そんな二人の様子を眺めながら、アルフォンスもまた安堵のため息を漏らした。
「それにしても、陛下がコソコソと居なくなっていたのはサウジッドの件が原因だったのですか?」
ボルケ領から馬車で帰る道すがら、マーガレットは夫であるアルフォンスに気になっていたことを訊ねてみた。アルフォンスは少し困ったように頬を掻きながら答える。
「いや、それはまぁ、色々とあってね」
「では、今回の事件とは別件ということですか」
マーガレットがジト目を向けると、アルフォンスは大きくため息を吐いた。
それから観念したかのように話し始めた。
「実は、マーガレットを驚かせようと思っていたのだよ」
「わたくしを……?」
マーガレットは不思議そうに首を傾げる。その反応を見て、アルフォンスは苦笑しながら口を開く。
「王位を退いた後にな、君とこの温泉地でゆっくりと余生を過ごそうと思って、こっそりと準備を進めていたのだ。だからボルケ領出身であるアンジーには、ここの領主との連絡役を頼んでおってな。そのことをエメルダに利用されるとは、思ってもいなかったが……」
少しバツが悪そうに語られたアルフォンスの言葉にマーガレットは大きな瞳を見開くと、次第に顔を赤く染めていった。それは恥ずかしさと喜びが入り混じった感情によるものだ。
そんな彼女に向かって、アルフォンスは優しく微笑む。
「マーガレット、数十年越しだが改めて言おう。どうかこれからも末永く、私の傍に居てくれないか」
「……はい、喜んで」
マーガレットは満面の笑顔で返事をすると、そのまま夫の腕の中へと飛び込んだ。
こうして、アルフォンス国王とマーガレット王妃の盛大な夫婦喧嘩は終わりを告げた。
数年後。この国に新たな王が誕生し、若者たちによる新たな時代が始まった。
玉座から退き、ただのアルフォンスとマーガレットとなった二人は、温泉地でいつまでも仲睦まじく暮らしたという。
その傍らにはいつも、優秀な侍女の姿があったそうだ。
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