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第4話 王妃と彼の遭遇

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 それからマーガレットとエメルダの二人はボルケ領までの旅を順調に進んでいく。
 途中立ち寄った町では、美味しい名物料理を食べたり、珍しい景色を楽しんだりと、それはもう満喫した。

 そんな二人の幸せな時間はあっという間に過ぎ去っていく。気が付けば、すでにボルケ領の小さな町に辿りついていた。


「ここが噂の温泉街ね!」
「はい。なんだか不思議な匂いがしますね!」

 町中を漂う硫黄の香りを嗅ぎ、目を輝かせるエメルダ。マーガレットはそんな彼女の様子にクスリと笑みを漏らすと、そのまま町の外れにある宿へと向かった。


「あら、思っていたよりも綺麗な建物ね」
「本当ですね」

 二人が泊まったのは、こぢんまりとした木造の建物だった。

 なんでも、この町で古くから営業を続けている老舗旅館なのだとか。

 マーガレットとエメルダは荷物を置くと、さっそく町へと繰り出すことにした。


「……すごい賑わいね」
「えぇ、とても賑やかですね」

 温泉畑へと向かう通りは、想像以上の活気に包まれていた。

 大勢の人々が行き交い、露天商が客を呼び込む声が飛びかい、道端で芸を披露する者たちもいる。


「わぁっ! 見て、エメルダ! あれ!」
「マーガレット様、はしゃぎすぎてはぐれないようにしてくださいね」
「わ、分かってるわよ!」

 エメルダに注意されながらも、マーガレットは好奇心を抑えきれずにいた。彼女がいま目にしているものは、どれも初めて見るもの。つい気になってしまうのも仕方がなかった。


「ねぇ、エメルダ。あの串焼き屋さん、凄くおいしそうじゃない?」
「たしかにそうですね。お昼ご飯代わりに食べていきましょうか」

 マーガレットは嬉々として店へと近づき、何を焼いているのか店主に訊ねてみる。すると、この辺りで獲れた新鮮な川魚を使った塩焼きだと言われた。

 では試しにと、一本買ってみる。この場にマナーを口うるさく言う者はいない。マーガレットは手渡された串焼きをその場でパクリ。生臭さもなく、しっかりと身が詰まっていて食べ応えがある。まぶされた香草との相性も抜群だ。


「おいしい! エメルダも一口どうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、私もいただきますね」

 二人は仲良く半分ずつ分けて食べた。マーガレットは満足気に舌鼓を打つ。
 そして、次はどこへ行こうかと考えていた時、突然後ろから声を掛けられた。


「ねぇ、そこの美しいお嬢様方。よかったら僕たちと一緒にお茶でもどうかな? 奢っちゃうよ」

 振り返ると、そこにはいかにもチャラそうな若い男三人の姿があった。彼らはニヤついた笑みを浮かべながら、こちらを見つめている。

(ナンパ……よね?)
(おそらく)
(面倒くさいわね)
(適当にあしらいましょう)

 アイコンタクトだけで会話を成立させた二人は、そっと目配せをした。


「ごめんなさい。わたくしたち、これから用事があるの」
「えー、そんなこと言わずにさ! ちょっとだけ付き合ってよ!」
「ううん、遠慮しておくわ。それに奢られるほどお金に困っておりませんの。では」
「今回はちょっと相手が悪かったですね、諦めてください」

 マーガレットとエメルダは冷たく言い放つと、その場を離れようとする。

 しかし男たちは諦めることなく、しつこく食い下がってきた。
 こんなところで足止めなんてされたくない。さてどうしたものかとマーガレットが思案していたその時、思わぬところから助け船が出た。


「ねぇ、君たち。それぐらいにしておきなよ」
「だ、誰だ!?」

 男たちは慌てて後ろを振り返る。そこに立っていたのは、背の高い黒髪の青年だった。

 その黒髪の青年は鋭い眼光で男たちを睨みつけると、威圧感たっぷりの低い声で告げた。


「おっと、失礼。僕はこの町に滞在中の――通りすがりの旅人だ」
「はぁ? 他所よそモンじゃねぇか!」
「部外者が偉そうにすんじゃねえよ! 引っ込んでろ!」
「そうだそうだ!」

 一人が声を荒げると、残りの二人も同調して喚き立てる。

 だが、青年は全く動じることもなく、むしろ余裕すら感じられる笑みを見せた。

 マーガレットは彼が何者なのか気になり、男たちの横に回って旅人の顔を覗き込む。


「えっ……!?」
「どうしたのですか、マーガレット様。もしかしてお知り合いですか?」

 驚きのあまり言葉を失っていると、警戒心を強めたエメルダが何者かをたずねねてきた。どうやら彼女は彼の正体を知らないらしい。


 黒髪に琥珀色の瞳を持つその青年は、マーガレットにとって見覚えのある人物だった。

 記憶違いでなければ彼は以前、王城で開かれた舞踏会に招待されていたはず。役職は隣国の外交官で、たしか名前は……。

(ロックス様……)


「彼女たちは僕の連れなんだ。悪いが他を当たってくれ」
「あ? 関係ねーよ。てめぇが消えろや」
「いいのかな? あんまり騒ぎを大きくすれば、衛兵が飛んでくるかもしれないぞ」

 しばし睨み合いの時間が続く。が、先に折れたのはゴロツキの方だった。
 ロックスに対峙していた男はチッと舌打ちを漏らすと、仲間を引き連れて立ち去っていった。

 その後姿を見送り、マーガレットはホッと息をつく。


「助かりました。ありがとうございます」
「いや、大したことはしていない。それより、君たちはどうしてこの町に来たんだ? ここは温泉街として有名な観光地ではあるが、高貴な人物がわざわざ訪れるような場所ではないと思うのだが」
「それは……」

 マーガレットは思わず口籠った。
 向こうも自分の正体に気が付いている。ならば下手に隠そうとするよりも、正直に打ち明けてしまった方が得策だろう。

 マーガレットは意を決し、事情を話すことにした。


「実はわたくしたち、お忍びで旅行に来ていまして。それで今日は温泉に浸かって、ゆっくり疲れを取っていこうかと」
「なるほど。お忍びで」
「はい。なので、この事はどうか内密にお願いします」
「……分かった。約束しよう」

 マーガレットが頭を下げると、ロックスも静かに首肯する。


「だがさっきのように万が一があったら大変だ。もしよろしければ、僕もご一緒させてくれませんか?」

 思いがけない提案にマーガレットは戸惑いを見せる。まったく知らない人物ではないし、助けてもらった恩もある。外交官という身の上も分かっているし、おそらくは悪い人ではないだろう。だけど男性と共に行動するのは……。


「いいじゃないですか、マーガレット様! この町にも詳しそうですし、案内してもらいましょうよ!」
「ちょっとエメルダ!?」
「私は賛成ですよ。それに、いざとなったら私が守りますから」

 最後は小声でエメルダにダメ押しされ、結局押し切られる形で承諾してしまった。

(まぁ、エメルダがそこまで言うなら仕方ないわよね)


「分かりました。それじゃあお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。任せてくれ」

 こうしてマーガレットとエメルダは、ロックスと共に観光を楽しむことになった。

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