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第13話 ごめん、あとは任せた。
しおりを挟むあえなくバッドエンドを迎えることになった……かと思いきや、その瞬間はいつになっても訪れなかった。
「――あれ? 生きてる??」
ぎゅっと固く瞑っていた目を開けると、そこには心配そうに俺を見下ろす莉子の姿があった。
「大丈夫かにゃ、御主人様」
「た、助かった……?」
「危機一髪だったにゃん。拙が咄嗟に変わり身の術を使わなかったら、御主人様は今頃スライムみたいにグッチャグチャになっていたにゃ」
莉子が指さす方を見ると、そこには粉々になったクマの人形の残骸が転がっていた。どうやら莉子の言う通り、間一髪で命拾いをしたらしい。
もしアレをマトモに喰らっていたら……うぅ、マジで危ないところだったぜ。
莉子に差し出された手を掴み、立ち上がらせてもらう。ちくしょう、死の恐怖でまだ足がガクガクするぜ……。
「おいコラ、テメェ! 劣等猿のくせに、神聖な莉子ちゃんの手ぇ握ってんじゃねーよ!!」
「うわ、こっわ。まだキレてるしアイツ」
半ば放心状態になっていると、怒りの声が飛んできた。そちらに顔を向けると、そこには憤怒の形相を浮かべている宇志川の姿が目に入った。
どうやら彼女は俺が莉子に助けられたことが気に食わないようだ。ていうかどいつもこいつも、さも当たり前のように授業中で人を殺そうとするなっつーの。
「にゃぁん? この牛ゴリラ、うるさいにゃ。御主人様に手を出さないでほしいのにゃ」
「おい、やめとけ莉子。お前まで殺されるぞ」
隣にいる莉子はコソコソと俺だけに聞こえる声で暴言を吐く。
たしかに莉子だって身体能力はある程度高いだろうが、あのゴリラは別格だろう。バレーのスパイクだけであんな威力なんだ。殴られただけで人体を貫通してしまう。
「任せるにゃ、これでも拙だって鍛えてるのにゃ」
しかし当の本人は、やる気満々と言わんばかりに腕をブンブンと振り回している。
いや、そんな細腕じゃアイツの馬鹿力には敵わないって。
ズンズンと近寄ってくる宇志川を警戒するが、莉子は怯むことなく一歩前に出る。そして――。
「いやああぁん、やっぱりお可愛いですわぁあ!!」
「……へっ?」
「わたくしを見ても一切怖気つかないその鋼のメンタル! 男よりもよっぽど男らしい心意気! 柳嶋様こそ、わたくしの伴侶に相応しい御方ですわっっ!!」
……なんか知らんが、めちゃくちゃ気に入られてませんかね?
なんというか、いきなり態度が変わったというか、好感度が上がったというか。さっきまでの殺気が嘘のように、宇志川は莉子に熱い視線を送っていた。
呆然とする俺たちを他所に、宇志川の暴走はさらにヒートアップする。彼女はまるで恋する乙女のような表情で、莉子を抱きついたのだ。
「にっ!? にゃにゃにゃにゃにをするのにゃ!! 離れるのにゃ、放すのにゃ!」
「うふふふっ。なんてお可愛らしいのでしょう~、わたくしったらついつい興奮してしまいましたわ。あら、小柄なのに意外と筋肉がガッシリ。素晴らしい肉体をお持ちですのね。あぁん。わたくし、もう辛抱たまらんですわ……」
嫌がる莉子を力づくで抑えつけながら、宇志川がゆっくりと莉子の身体を撫でまわす。
その姿は最早ただの変態。涎を垂れ流し、目は完全にトリップしていた。せっかくの美人が台無しである。
「ひぃっ! な、なにするのにゃ……っ! そんなとこ触っちゃダメなのにゃ!!」
「あら、どうしてかしら? こんなにも綺麗なお肌をしているのに……。ねぇ、柳嶋様。わたくしの伴侶になりません? そうすれば毎日一緒に愛し合えますわ」
「ひっ、女で処女を捨てるなんて絶対にイヤなのにゃっ! 助けてにゃ御主人ざまっ!!」
あぁーあ、莉子がついに泣き出してしまった。正直俺はもうこの場から離れたいのだが、このまま放っておいたらさすがに莉子が可哀想だな……仕方ない、そろそろ止めるか。
「もうその辺にしておけよ、宇志川」
「あら、何かご用かしら? 今から莉子様とのラブロマンスが始まるので、邪魔しないでいただきたいのですけれど」
「いや、今授業中だから。ほら、先生だって困ってるじゃねぇか」
「……ちっ、仕方ありませんわね」
そう言って俺は、体育館の端っこで佇んでいる担当の体育教師を指差す。あんな異次元なスパイクを見せつけてられて、先生も止めるに止められなかったのだろう。
だが俺が間に割って入ったことで、宇志川は渋々と引き下がってくれたようだ。ようやく解放された莉子も、ホッとしたように胸をなでおろした。
っていうか、今も宇志川はこっちを射殺さんとばかりに睨んでくる。マジで怖いんですけど。
「はぁ、どっと疲れたぜ。……大丈夫だったか莉子?」
「うぅっ、怖かったのにゃ……っ! 喰われるかと思ったのにゃ!!」
「あら、嫌ですわ。こんなにも愛らしい御方にそんな手荒な真似は致しませんの。やさ~しく、ねっとりと愛でて差し上げますもの」
「ひっ!? やっぱりコイツ、ヤバい奴にゃっ!」
莉子はガクブル震えながらも必死に逃げようとしているが、恐怖が勝って上手く動けないようだ。
まぁ無理もない。だってあんな暴力的な相手が急に抱き着いて来た上に、体を撫で回してきたわけだからな。
「まあ、いいでしょう。これからじっくりと時間をかけて、お互いのことを分かり合っていきましょう。わたくし、こう見えても尽くすタイプなので安心してくださいませ」
「ぜ、絶対イヤなのにゃっ! 拙は男にしか興味無いのにゃ!!」
「それは残念。でも、わたくしは諦めませんわよ。必ず貴方を手に入れてみせますわ」
なんだろう、すごく面倒な相手に絡んでしまった感が否めない。実際に狙われたのは俺じゃなくて莉子だけど。
「御主人様ァ……」
「いやぁ、ちょっと俺にはどうにもできそうにないわ」
助けを求めるように見つめてくる莉子に謝りつつ、俺はその場をそっと後にした。すまん、莉子。後のことは頼んだぞ……。
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