5 / 33
第5話 この後始末、どうしよう?
しおりを挟む「わ、私じゃないの……急に気が遠くなって、気付いたらあの場所に立っていて……」
磯崎先生は泣き崩れ、何度も謝罪の言葉を口にする。
俺はそんな彼女を慰めることもできず、ただ呆然としていた。
タカヒロが死んだ。
それも、こんな惨たらしい姿で。
だが俺が本当にショックを受けているのは、それではない。
タカヒロが死んでしまったことに対する悲しみや怒りよりも、もっと別の感情が胸の奥から湧き上がってくる。
「いったい誰が……こんなシナリオなんて無かったじゃないか」
本来ならこんなところで物語の主人公が死ぬわけがない。ヒロインとの恋愛フラグだって立っていないし、そもそもゲーム開始直後だ。
つまりタカヒロの死は、完全にイレギュラーな事態である。このままでは俺の知っている物語の流れにならない。
いや、それ以前にこの世界そのものが変わってしまうかもしれない。
「こ、これは夢よ……ねぇ虚戯くん、そうよね?」
トワりんが縋るように俺を見つめてくる。俺も夢だと言ってあげたかったが、彼女が持つ包丁から生々しい血がポタポタと滴り落ちていくのを見て、思わず言葉が詰まってしまう。
なによりも調理台の上にある生首が、否が応にもこれが現実だと訴えてきている。
そうだ、俺は現実逃避している場合じゃなかった。今はこの状況をどうにかしなくては。まずはトワりんを落ち着かせよう。
「だいじょうぶ。先生はそんな酷いことをしないって俺は分かってるから」
「うん……うん……!!」
トワりんを刺激しないよう、俺はなるべく言葉を選んで話を続ける。凶器を持ったまま、彼女が早まった行動してしまっては大変だ。
彼女はまだ混乱しているが、それでも俺の言うことは理解してくれているようだ。
(そもそも、トワりんは暗殺者なんかじゃない。それにアイツを殺す動機だって無いんだから……)
ハイクラのゲーム世界を知っている俺には、彼女がそんな人間では断じてないと断言できる。
仮に彼女以外に犯人がいるとしたら、それは暗殺ヒロインの誰かだろう。だが今の俺では特定することはできない。
(くそっ、どうしてこんなことに……)
いくら考えても答えは出ない。とにかく今はまず、この場をなんとか切り抜けなければ。
俺は思考をフル回転させ、この窮地を脱出する方法を探った。
「どうしよう、虚戯くん……私、タカヒロくんを……」
「大丈夫だから……全部、俺に任せて」
俺は話し掛けながら少しずつ近寄ると、手を広げて血塗れの彼女を優しく抱き寄せた。そして右手に握られたままの包丁をゆっくりとこちらに渡してもらう。
預かった包丁を彼女の手の届かないように地面に置いてから、刃の部分を足で踏みつける。よし、あとは……。
「安心して、今はゆっくり休んで……」
ポケットの中から人間を昏睡させるアイテムを召喚し、それを彼女に使用した。
取り乱した状態の彼女をこのまま放っておいたら、簡単に壊れてしまいそうだったから。それを回避するための、緊急手段だ。即効性の催眠スプレーなので、すぐに効果が現れるはず。
「虚戯……くん……」
アイテムが効いたのか、トワりんは俺の名前を呼びながら身体を預けるようにして意識を手放していった。これでしばらくは目を覚まさないだろう。
(取り敢えず、この現場を処理しないと。それには莉子が必要だ)
このままではトワりんが犯罪者として疑われてしまう。
俺は彼女をソファの上に寝かせると、最初のイベントで手駒にした柳嶋莉子を呼び出すことにした。
◇
「御主人様……これは拙と同じ、プロの犯行だにゃ……」
床一面に広がる赤い海。
その中にあるタカヒロの死体。
その隣には血まみれの包丁。
家庭科室にやって来た莉子は現場を見た瞬間、即座に状況を判断していた。
「男の首を包丁で一刀両断なんて、一般人には到底不可能にゃ。これは先生の犯行に見せかけた偽装殺人に違いないにゃあ……」
首の切り傷などを詳しく調べ、専門家のような口調で話す莉子。
血の固まり具合や死斑の様子から見るに、死後数時間は経っていないそうだ。
まだ多くの生徒たちが校内に残っていることを考慮すると、外部の人間が学校に侵入したとは考えにくい。つまり、この殺人を犯した人物は学校に居る可能性が高いという。
「でも誰がやったかまでは分からないんだよな……」
俺は寝息を立てるトワりんを抱き寄せながら、悔しげな表情を浮かべた。
こんな優しい人を犯人に仕立て上げ、傷付けるなんて許せない。
「おそらく拙の他にも、タカヒロ殿を狙う人間が居たんだにゃ。拙が暗殺に失敗したとみて、すぐに他の誰かに実行させたのかもしれないにゃ……」
「ってことは、あの授業に事件の黒幕が居たって事か!?」
「それは分からないにゃ。ソイツはただの監視だったかもしれにゃいし、実行犯は別にいる可能性だってあるにゃ……」
「そ、そうか……」
確かにあの時の授業中に、怪しい動きをしていた生徒は一人もいなかった気がする。
そもそも俺が知っている他のヒロインは他の学年やクラスにいるため、予想がつかない。
「というより、拙が気になる点は他にあるにゃ」
すると突然、莉子が俺の方に近づいてきた。そして顔を近づけると、まじまじと見つめてくる。
キスでもされるのか? 俺は思わずドキッとしたが、今はそんな場合じゃないと思い直し平静を保った。
「御主人様はいったい何者なのにゃ? 死体を見ても平気そうだし、拙みたいな暗殺者のことも知っている。どう考えてもカタギの人間とは思えないのにゃ」
鋭い眼差しでこちらを見据える莉子。彼女の言う通り、普通の高校生なら死体を見た時点で悲鳴を上げているだろう。
……別に俺だって動揺していないわけじゃないさ。
でも自分の事よりもトワりんを護らなきゃってことで頭がいっぱいだっただけだ。
「……? なんにゃ? 急に黙り込んでどうしたんだにゃ?」
「いや……」
そろそろ莉子には、俺の事情を説明しておいた方がいいかもしれない。
もしかしたら俺の知らない情報を持っている可能性もあるから。今は少しでも情報が欲しい。
俺は覚悟を決めると彼女に真実を話すことにした。
「聞いてくれ、莉子。実は……」
――――――
――――
――
「うにゃにゃにゃ。にわかには信じられないことだにゃ」
「だが、俺は……」
「分かってるにゃ。素人の嘘にしては拙の業界を知りすぎてるにゃ。だから御主人様の言う通りなんだにゃ」
俺の話を莉子は終始腕を組みながら真剣に聞いていた。
話が終わると彼女は少しだけ考えるような素振りを見せたが、すぐに納得してくれたようだ。
正直、もう少し疑われると思っていたのだが……。
「それにそのふざけたアイテムを見たら、信じざるを得ないにゃ」
「そ、そうだよな……」
でもまぁ信じてくれたのならばありがたい。にしてもコイツ……ギャルっぽい見た目に反して、素直だし理解力もあるよな。もしかしたら意外と良い奴なのかもしれない。
「それで、これからどうするんだにゃ?拙はまだ御主人様のために働くつもりだけどにゃ」
「そうしてくれると助かる。莉子にはこの現場の処理をしてほしい。あとは犯人を見付けてトワりんの疑いを晴らすことができれば……」
「前半は承ったにゃ。だけどタカヒロ殿を殺した犯人は残念にゃがら分からないのにゃ。そもそも拙に依頼してきた人物も匿名で正体不明だったんだにゃあ」
少し期待を込めて莉子を見たのだが、あっさりと躱されてしまった。
だけど、わざわざ自己紹介して殺しを依頼して来る奴もいないか。
「だけどまぁ、莉子が味方になってくれたのは心強いよ。でもいいのか? 莉子が危険な目に遭うかもしれないぞ?」
「どちらにせよ、拙は依頼に失敗した身にゃ。しくじった暗殺者なんか二度と依頼なんかもうこないにゃ。だったら暗殺者は廃業して、御主人様のボディーガードをするのにゃ」
「悪い、助かるよ……これから、よろしく頼む」
俺は改めて莉子に頭を下げると、彼女が差し出してきた手を握った。
昨日の敵は今日の友……ではないが、彼女が居ればいろいろと相談ができそうだ。
「それに拙に使ったあの不可思議な道具には、とても驚かされたにゃん。アレの力を知ってしまったら、御主人様から離れられないにゃん……」
「いやいやいや。もうちょっとその言い方はどうにかならないのか……?」
「強制的に従わせ、理性を狂わせ、女としての悦びをカラダに叩き込む……アレがあれば、どんな女でもイチコロだにゃ!」
「おい、なんか余計に表現が酷くなっていないか!?」
たしかにエロゲー特有の即堕ち、精神崩壊アイテムだってゴロゴロしてるけどさ!
俺はリアルの女性相手にそんな鬼畜なことはしないってば!
何を勘違いしているのか、目をキラキラをさせて俺を見詰める莉子。
そもそも俺が凄いんじゃなくって、アイテムのおかげだしな。
「ひとまず、タカヒロ殿の死体の処理は拙に任せるにゃ。たしかタカヒロ殿は独り暮らしだったでござるよにゃ?」
「あぁ。たしか両親は海外暮らしで不在のはずだ。当分の間は誤魔化せるだろう」
俺が情報を伝えると、莉子はうむ、と力強く頷いた。
そしてどこからともなくブルーシートを取り出すと、タカヒロの遺体を包み始めた。
うーん、やっぱり頼りになるな。
見た目はこんなキャラでも、殺しの事に関しての知識や技術は彼女の方が圧倒的に上だ。
「とにかく、俺はトワりんを最優先で守りたい。莉子には、次の暗殺者を見付けて無力化する手伝いをしてもらうぞ」
こうなったら次のイベントを悠長に待っている余裕なんて無い。暗殺ヒロインたちには悪いが、こちらの命を狙ってくる前に俺の方から出向いてやろうじゃないか。
俺は拳を強く握り締めると、決意を新たにした。
0
お気に入りに追加
373
あなたにおすすめの小説
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
魔法の数はステータス!? 転移した先は女性ばかりが魔法を使う世界!
三原みぱぱ
ファンタジー
ある日、剣と魔法のファンタジー世界に放り込まれた竜ヶ峰清人(リュウガミネ キヨト)。
美少女レイティアが嫁として現れる。
しかし、そんな甘い事ばかりではない。
強力な魔法が使えるのは女性のみ!
使える魔法の数がステータス(社会的地位)となる女性が強い世界。
男は守られるべき存在のこの世界で、魔法も剣も使えない主人公。
モンスターと戦えば足手まといと怒られ、街中で暴漢を止めようとするとぼこぼこにされる。
そんな俺Yoeee主人公は、金髪美少女のレイティアに恋人として認められるのか?
師匠である剣豪ムサシマル助けられながら、恋のライバル、アレックスやソフィアを交えて進む、ラブコメファンタジー!
感想、心よりお待ちしております。
完結しました!
ノベルアッププラスで「ゼロの転移者」としてリニューアル連載していますよ。
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる