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第2章 慈悲深き瞳を持つ女
第19話 職センでの出逢い
しおりを挟む翌朝。俺はマリィと朝食を済ませると、俺たちはお世話になった“ホットドッグ・ナイト”を後にした。
店を出て空を見上げると、雲一つない青空が広がっていて気分が良い。
それにしても昨日は旅の疲れがあったからか、マリィも俺もぐっすり眠れた。二人旅だと交代で睡眠をとる必要があるから、どうしても疲れが取り切れなかったんだろうなぁ。
そんなことをしみじみと思っている隣で、マリィは俺を見てクスクスと笑っていた。
「ふふ、フェンの顔。傷が残っちゃったね」
「……自分がやらかした罰は甘んじて受けるよ」
自分の顔に薄っすらついている引っ掻き傷を手で撫でながら、苦笑いを浮かべる。
これは昨晩、覗き見スキルでマリィの入浴を覗こうとして失敗した際に受けた、名誉の勲章である。
さすがに二度目の覗きはマリィもタダでは許してくれなかった。この状態の顔で街を歩くのは少し恥ずかしいけれど……仕方がない。
目指す場所は東にある居住区だ。その中にある職業コミュニティセンター、職センに向かう。
……の前に、グリッジさんの妹、ラニさんから貰った地図を広げてみる。
このパルティアの街は綺麗な丸になっており、昨日訪れた大聖堂は北寄りの中央に位置している。大聖堂を起点に東西南北に分かれているようで、地図には各方角に伸びる大通りが描かれていた。
「えっと、俺たちが来た西は職人たちが働く工業区で――」
「私たちが泊まっていた“ホットドッグ・ナイト”があるのが南の商業区だね。ねぇ、フェン。職センで換金ができたら、商業区の繁華街でランチをしようよ!」
「そうだな。旅の道具もたぶんこの辺りで買えるだろうし、また後で来ようか」
「やったー! 実は私、昨日のうちに美味しそうなお菓子屋さん見付けたんだ~!」
約束だからね! と嬉しそうにはしゃぐマリィを見て、俺は思わず口元を緩めてしまう。
見た目は犬耳の生えたコボルト人形なんだけど、やっぱり中身は女の子のままだ。
「じゃあ、早く用事を済ませないとな。もたもたしていると、マリィのお腹にいる空腹虫が騒ぎ始めちゃう」
「むぅ、そんな虫いないもん! ……でも、否定できない自分が悔しい……」
冗談交じりにそう言うと、彼女は頬を膨らませながら睨んでくる。だけどすぐに笑顔になって、俺の胸に飛び込んできた。
人形が歩いていると要らん注目を浴びすぎるとハピーさんに注意されたので、街中での移動はこの方法となったのである。
特に今日からは豊穣祭が始まる。すでに通りには屋台が並び始め、昨日よりも人の通りが増えていた。
「さ、行くわよ!」
「了解です、姫様」
お姫様抱っこされたマリィは俺の首に両手を回すと、楽しそうに足をパタパタさせる。
彼女の尻尾も左右に揺れているのを見て、俺もなんだか嬉しくなった。
一度中央通りにある噴水広場へ向かってから、東の商業通りを進むと、目的地である職センが見えてきた。なんでもセンターはこの周辺で一番大きな建物だとか。地図を見ると歩いて二十分ぐらいの距離だった。
建物は他の建物と同じく白い石造りだが、その大きさは三階建てでパルティアの中でも最大級だと言われている。入り口の扉は大きく開かれており、そこから見える内部も広々としていた。
「うわぁ、凄いね……!」
中に入ってみると、そこは大勢の人で賑わっていた。
建物の奥側には大きなカウンターが設置されていて、そこで係員と思われる男性と女性が一人ずつ座っている。彼らは皆、お揃いの制服に身を包んでいて清潔感があった。
壁際には大量の紙が貼られている掲示板のようなものもある。きっとあれが求人票なんだろう。
そしてフロアの各所にはテーブルや椅子が置かれていて、俺たちと同じぐらいの年齢の男女が数人で集まって、何やら真剣に話し込んでいる姿が目に入った。
彼らの服装は俺やマリィと同じように、動きやすい軽装に帯剣をしている。もしかしたら彼らも旅人なのかもしれない。
「よし、それじゃあ早速換金しに行こう!」
「うん!」
マリィと二人でキョロキョロしながらハンター用の換金所を探していると、後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには、背の小さな少女が立っていた。
「ようこそ、職センへ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
元気よく声を掛けてきたのは、ピンク色の髪をした少女だ。瞳の色は鮮やかな緑色をしている。
服装は紺色を基調とした制服で、首元に大きなリボンを着けていた。胸元のプレートには【狩人課 モモ】と書いてある。ということはこのモモって子もセンターの職員なんだろうか? 年齢は俺とそう変わらないように見えるけど――。
「――って、ちょっと待ったぁ!!」
突然背後から叫び声が飛んできたので、俺はびっくりしてしまう。
振り返ると緑髪をした女の子が現れた。彼女も同じ制服を着ているが、胸元のマークが違うようだ。こちらは銀色の縁取りに緑色の葉っぱが描かれている。
モモさんは呆れたような顔で腰に手を当てて溜め息を吐くと、緑髪の少女を睨み付ける。
「ちょっと、グリン。お客様の前で大声を出すんじゃないわよ。失礼でしょ」
「だって! だって!! この方があまりにも素敵だったから!!!!」
そう言って少女は俺の顔をまじまじと見つめてくる。というか近い近い近い!! あと顔が近すぎる!!
あまりの迫力に圧倒されていると、彼女は俺の右手を両手で握りしめてきた。え、なにこれ怖いんですけど……!?
「あ、あの……?」
「ああ、ごめんなさい! 私ったらつい興奮しちゃって……改めまして、いらっしゃいませ! 私はモモお姉ちゃんの妹で、グリンと申します! 入職一か月目の大型新人です!」
妹だったのか。髪色は違うけど、言われてみれば確かに顔立ちが少し似ている気がするな。
いやそれよりも手を離してくれないかな……? なんだか手汗がすごいんだけど……!!
俺が困惑していると、左腕の中にいたマリィがひょっこりと顔を出した。そして俺を困らせている相手の顔を見るなり、キッと睨み付ける。
「ちょっと、貴女。初対面の癖に、私のフェンに対して馴れ馴れしくない!?」
「ちょ、ちょっと待って、マリィ……! 落ち着いて……!」
今にも飛び掛かろうとする彼女を慌てて宥めると、今度はグリンさんがパッと俺の手を放し、目をキラキラと輝かせた。
「あれれ、もしかして貴女は人形の中に居るのですか?」
「そうよ! 文句ある!?」
「いえいえ、とんでもない! とっても可愛らしいお人形さんですね♪」
「……ふんっ! ちょっとは分かってるじゃない」
グリンさんの勢いにマリィの怒りが霧散する。
そんな二人を見比べていると、モモさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、フェンさん。この子、変な物や珍獣が大好きでして……」
「いや、気にしないで大丈夫だけど……」
……ん、待てよ?
もしかして俺のことも珍獣扱いされてる?
「ありがとうございます。……ところで、その恰好からするとフェンさんたちは旅人の方ですよね?」
「はい、そうです。旅の途中で得たモンスターのドロップ品を換金しようと思って来たんだけど……」
俺が答えると、モモさんは満面の笑みを浮かべた。
「なるほど! それでしたら是非、私に案内させてください!」
そう言うと彼女は胸のプレートを指差した。
たしかに狩人課なら彼女が適任だろう。
「ちょっと、お姉ちゃん! なんで勝手に決めるのよ!!」
「いいじゃないの、減るもんじゃないんだし」
「そういう問題じゃなぁい!!」
二人は何やら揉めていたが、結局グリンさんもついてくることになったようだ。
っていうか姉妹なのに、性格は全然似てないな……。まあそれは別にいいんだけどさ。
そんなことを考えているうちに、俺たちは目的の場所へ到着した。
「はい、それではお持ちいただいた素材を拝見いたしますので、こちらの机に品物をお出しください!」
彼女に案内されるがままに移動すると、そこは小さな個室だった。
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