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第2章 慈悲深き瞳を持つ女
第18話 お泊りと言えばお約束のアレ
しおりを挟むラキィ様の神域から戻ると、外は既にとっぷりと日が暮れていた。
このままでは街中で野宿になってしまう。慌てて大聖堂を後にした俺たちは、門番のグリッジさんから紹介してもらった風俗店“ホットドッグ・ナイト”へと向かう。
「兄貴の知り合い? いいよぉ、ウチに泊っていきな! 金? あぁ、そんなのはある時で良いよ。ワケありなんだろ??」
店先の受付で豪快に葉巻をふかしていた妹さんに事情を説明すると、彼女は二つ返事で快く従業員用の宿舎の一つを俺たちに貸してくれた。家具はベッドと小さな椅子しかないけれど、屋根のある場所で休めるだけで幸せだ。
いやぁ、本当に助かった。このパルティアで出逢う人は、みんな良い人ばっかりだ。
「結局、ハピーさんはラキィ様のことを何も知らなかったな」
藁に麻の布を被せたベッドに腰掛けて寛いでいた俺は、今日のことを思い出しながらポツリと呟いた。
ちなみにこの部屋にいるのは俺とマリィだけだ。コボルト人形のマリィは俺の隣でゴロゴロと寝転んでいる。
「そうだねー。見た目は普通のお爺ちゃんって感じ。中身もラキィ様とは全然違ったし?」
ラキィ様の神域から戻ると、そこにはケモ耳の生えたハピーさんがポツンと立っていた。思わず俺が「貴方がラキィ様ですか?」と聞いたんだけど、彼は何のことだかまったく分からない様子だった。
だからラキィ様が去り際に自身をハピーさんだと言っていた意味が分からなかったんだけど……。
《彼はおそらく、ラキィが置いた自律行動する人形なのでしょう。どういった仕組化は知りませんが、大聖堂の周り程度なら自由に動けるんじゃないですか?》
ルミナ様が俺たちの会話に入ってきた。
相変わらず俺の脳内に呼びかけているから顔は分からないけれど、その声色からはどこか呆れのようなものが感じられた。
勝手に自分の神域に呼び出した挙句、自分はのけ者にされたことに対して拗ねているらしい。
《ふんっ、それだけじゃありませんよ。ステータスが変わったので、ちょっと見てみてください!》
「ステータスをですか?」
――――――――――――
称号:初恋を拗らせた童貞/神の観察対象(????、ルミナ、ラキィ)
ジョブ:童貞
スキル:
・賭博師の天秤(ユニーク)
・見切りの極意
・やせ我慢
・ワンフォーオール
【解説】
・賭博師の天秤(ユニーク):二者択一のときに正解を引くことができる。
――――――――――――
「おおっ、本当に変わってる! ラキィ様から貰ったスキルの解説が増えてますね」
説明を見る限り、ユニークスキルなだけあってなんだか凄そうだ。
二者択一……二つのうち、一つを選ぶときに役立つスキルなのかな?
名前から察するに、運が絡むような賭け事に使えるのだろうか。なんだか用途がかなり限定的な気もするけど、これはラキィ様が幸運の女神様だからに違いない。
《そこじゃありません! 称号ですよ、何なんですかコレは!》
「称号の方? ……あれ、神様の観察対象のところに名前が増えてる」
さっき見たときには無かったはずなのに、今では三つの名前がある。一人目は名前が“????”で隠れているけど、名前の順番的に俺が最初に出逢った神様なんだろうか。
そしてルミナ様に次いで、ラキィ様の名前がある。どうやらラキィ様も俺のことを見守ってくれるらしい。なんだか認めてもらえたみたいで嬉しいな。
《どうせ暇潰しに丁度いいと思ったんですよ! スキルの卵だって、それみよがしに見せびらかして、フェンさんたちの興味を誘ったんでしょう。能天気なように見せて自分の味方に引き込むなんて、本当に狡賢いんだからあの人は!!》
「……あはは、まぁそれぐらい良いじゃないですか」
神としての品性を持てと憤慨するルミナ様に、俺は苦笑するしかなかった。
どうやらルミナ様はスキルを与えることで、俺との繋がりを得るという目的があったみたいだ。そんな打算ありきだったとしても、結果的にはメリットしかないわけだし……。
それにラキィ様は別に、俺を利用しようと思っているわけじゃないと思う。ただ純粋に応援してくれているだけというか……きっと、そういう性格なんだろう。
そんなことを考えていると、ルミナ様は「もう良いです!」と大きなため息を吐きながら、どこかに帰っていってしまった。
「ねぇ、フェン。そういえば明日の予定はどうするの?」
神様たちの事情は考えても仕方がないので、マリィの言葉に思考を切り替える。そういえば明日の予定を決めていなかったっけ。
「うーん、まずはハピーさんに教えてもらった、センターに行ってみようかなって考えてるんだけど……」
職業コミュニティセンター。略してセンターや職センなどと呼ばれている国営の施設だ。
そこでは神様から授けられたジョブを実際の仕事に生かせるように、専門のアドバイザーが相談に乗ってくれるそうだ。それで今後どういった仕事に就きたいのかを決めるんだとか。
この国どの主要都市にも大抵設置されているらしく、人の往来が多いこのパルティアにも当然存在していた。
「そうだね、それは私も賛成~!」
マリィも頷いてくれたので決まりだ。明日は二人でセンターに行こう。
「センターには狩人向けの素材換金所もあるらしいからさ。モンスターのドロップ品をお金に換えて、これからの旅で必要なものを買わないと」
「私たち、全然お金が無いもんね……」
そうなのだ。俺たちが持っている装備は、元々着ていた服や自作の木剣のみ。
正直、こんな状態でモンスターと戦うなんて正気の沙汰じゃない。旅をする以上はちゃんとした装備が必要だろう。
「あ、じゃあさ。お金が手に入ったら、一緒に買い物しようよ!」
「え、いいの? 俺一人で行ってくるよ?」
「ううん、私も買いたいものあるんだ! お揃いの服とかも買おうよ! せっかくだしさ♪」
嬉しそうに笑う彼女につられて俺も笑顔になる。そうだな、二人分の装備を揃えて、ちゃんと準備を整えてから旅に出よう。
「それじゃあ、明日に備えて早めに寝ようか?」
「うん。あ、でもその前にお風呂に入りたい!」
「ああ、そっか。汗かいたもんな」
男の俺とは違って、女の子は気にするんだろう。ルンルン気分で一階の風呂場に向かおうとするマリィを、俺はベッドに腰掛けたまま温かい目で見送っていた。
「ちょっと、覗かないでよ!! フェンのえっち!!」
「うわっ、なんでバレた!?」
脱衣所に繋がるドアを少しだけ開けて、廊下からこっそり様子を窺っていた俺は、すぐにマリィに見咎められてしまった。
彼女はタオル一枚だけを体に巻き付けていて、その白く透き通った肌や小さなお尻が丸見えになっている。
いや、イヤらしい気持ちは本当に無かったんだって! ただ俺は、人形なのに水に濡れても大丈夫なのか不安に思っただけで……。
「もうっ、見るなら見るって言ってから来てよね!」
そう言ってマリィはピシャリとドアを閉めた。
くそう。こうなるなら最初から、昔みたいに一緒に入ろうって堂々と言えばよかった……。
ギリ、と悔しさに歯を食いしばっていると、脳内でルミナ様のアナウンスが流れた。
《マリィさんの入浴シーンを盗み見たことでスキル“覗き見”を獲得しました》
「いや嘘でしょ!?」
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