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第1章 誰が為の勇気
第9話 悪魔的なお誘い
しおりを挟む「……なんだって?」
今なんて言ったコイツ……?
俺の聞き間違いじゃなければ、確かに言っていたよな!?
マリィを生き返らせられるって……!
《あり得ません! 一度神域に還った魂を呼び戻すなんてこと、神ですら不可能です!!》
脳内で声を荒げるルミナ様。だが俺も心の中で同意する。
かつての英雄たちや、教会の教皇クラスの実力者でさえ、死者を蘇らせたなんて話は聞いたことがない。
もし死者蘇生なんて伝説級の魔法が存在していたとしても、膨大な魔力を消費するはずだ。それこそ一国を滅ぼすほどの大魔法を使わなければならないだろう。
「おやァ、その顔は信じていないようですネェ」
そう言ってベルフェゴールは自分の胸に手を当てて笑う。
奴の赤い髪が風で揺れるたび、周囲の空気が歪んでいくような錯覚を覚えた。
まるで自分の心を見透かされているようで、どうにも落ち着かない。俺は木剣を握る手に力を込めると、相手を睨みつけながら口を開く。
「当たり前だろ……。そんなの信じられるわけが無い!」
さすがに俺の中の神様がそう言っているとは言えず、言葉を濁す。
すると奴はわざとらしく残念そうな表情を作った後、ニヤリと笑った。
「ふム。では、これを見てもそう言えますかナ?」
ベルフェゴールは右手で自身の顔にある仮面を掴むと、そのまま勢いよく引き剥がした。
「なっ……!!」
《そんな、まさか……!!》
俺とルミナ様が驚きのあまり言葉を失う中、そこにはあるべきはずの顔がなかった。それどころか皮膚すら存在せず、ただ空洞だけがそこにあったのだ。
そんな俺たちを見て、彼は半分だけの顔で愉快そうに嗤う。
「――どうですカ? ワタシの顔を御覧になった感想ハ?」
「お前はいったいなんなんだ……?」
思わず疑問を口にする俺に、奴は嬉しそうに答える。
「フフフ。ワタシもかつてはアナタと同じ、人間だったというだけですヨ」
そう言うと、奴は自分の胸に手を置いた。
その表情からは嘘をついているような様子は感じられない。いやむしろそれが真実なのだと感じさせる雰囲気があった。
「(それじゃあ本当に、マリィを生き返らせられるってことなのか!?)」
有り得ないという気持ちの中に、希望を抱き始めてしまっている自分がいた。
半ば呆然とする俺にベルフェゴールは言葉を続けた。
「人としての生を終えかけたところを、先代魔王様の“魔王因子”によって復活させられたのです。異形へ変えられたことに、当時はワタシも絶望しましたガ……その際にこう言われましタ」
“我の配下である魔人となれば、お前の望みを叶えてやれるぞ”と――。
「その瞬間から、ワタシの魔人としての新たな人生が始まったのでス。一度死んでみれば分かりますヨォ! 人は死を超越することで、無限の可能性を得ることができるということを!! ワタシはまだ強くなれル!! 誰かに理不尽な蹂躙をされることもないのでス!!」
両手を広げ、恍惚とした表情で天を仰ぐベルフェゴール。その姿はまさに狂信者そのものに見えた。
「……ですが、ワタシも完璧に生き返ったわけではありません。魔王様の力なくては、再び死体となって朽ちてしまうでしょう」
「つまりお前は、自分が生きるために仕方なく魔王に従っていると?」
俺が尋ねると、彼はゆっくりと頷いた。
「その通りでス。どうかご理解くださイ。“魔王因子”を解明し、自由を取り戻すためには、この村の犠牲が必要だったのだト……」
「仕方ないで済むわけないだろ! お前がやったことは決して許されることじゃない!!」
俺は怒りのままに叫んだ。
確かにこいつの言うことにも一理あるのかもしれない。だけどだからと言って、はいそうですかと言えるほどお人好しではない。
それになにより、大切な人を失った俺の前でそれを言う資格はない。
「たとえお前の言う通り、マリィを生き返らせられるとしても……狂った化け物にさせるつもりはない!!」
「そうですカ、それは残念でス。――では、そちらのお二人はどうでしょウ?」
俺の叫びを聞いたベルフェゴールは残念そうに呟くと、次の瞬間には不気味な笑みを浮かべてこちらを見た。
否、奴の視線は俺の足元に向いていた。
「へ?」
「お、俺たち……?」
それまで蹲って震えるだけだった、リゲルの取り巻き立ち。
二人とも急に話を振られたことで困惑するが、すぐに何かを察したように顔色を変えた。
どうやら彼らはベルフェゴールの言葉を信じ始めているようだ。その証拠に彼らの瞳には恐怖だけでなく、期待するような色が浮かんでいたのだから。
「ワタシと同ジ、魔人になってみませんカ? 貴方たちは彼と違っテ、追われる身なのでしょウ」
ベルフェゴールはそう言ってニヤリと笑う。それはまるで獲物を前にした獣のようだった。
きっとコイツの中では、俺たちはもう“敵”ではなく、ただの餌としか認識されていないのだろう。だからこんな恐ろしい提案ができるのだ。
「(クソッ……!)」
どうするべきか考えるが良い案が浮かばない。
そうしているうちに二人は立ち上がり、こちらに近付いてきた。その顔にはどこか覚悟を決めたような表情を浮かべている。
「た、頼む! 俺たちをアンタの仲間に入れてくれ!」
「生き延びられるんなら、魔王にだって悪魔にだって忠誠を誓うよ! 本当だ!!」
「おい、こんな奴の言うことを信じるのか!? お前ら一度は魔人に操られたんだぞ? また良いように使われて捨てられるだけだって!!」
必死に説得しようとするが、二人は聞く耳を持たない。
それどころかむしろ逆効果だったようで、二人の表情がどんどん明るくなっていくではないか。もはや自分たちの未来しか見えていない様子だ。
「うるせぇ。そんなこと言って、お前は教会に俺たちを突き出すつもりなんだろ!!」
「そうだ! どうせ死ぬなら、俺たちは生き残れる可能性がある方を選ぶ!」
口々に叫ぶ二人を見て、俺は内心で舌打ちをした。
彼らがベルフェゴールの話を信じた理由は分かるし、その気持ちも理解できる。
だけどそれでも、仲間になると言われて簡単に頷くことはできない。なにせ相手は魔人だ。しかも人を思うように惑わす、規格外の存在なのだ。
「ふふふ。これだから人間は愚かで、愛おしい……さぁ、アナタたち、この“魔王因子”を受け取るのです」
そう言って奴は両手を広げると、二人に近付くよう促した。
すると二人は操られたかのようにフラフラとした足取りで進み始めた。
そしてついに目の前まで来ると、それぞれの手を差し出した。まるでそこに置かれた物を受け取るかのような仕草である。
「やめろ! そいつに殺されるぞ!!」
思わず叫んでしまうが、彼らにはもう聞こえていないようだった。
その様子を見て、ベルフェゴールは満足そうな笑みを浮かべる。
「フフッ。アナタたちはどんな姿になるのか楽しみですネェ」
その言葉に二人はゴクリと唾を飲む。
それから意を決したように頷き合うと、それぞれ手に持っていた小さな宝石のような物を飲み込んだ。
『う、ぐぅっ!?』
『おごっ、ぐぐぐっ……』
その瞬間、彼らの身体が淡く輝き始める。それは徐々に強さを増していき、やがて目を開けられないほどの眩い光へと変わる。
「――さぁ目覚めなさイ」
光が収まると同時に聞こえてくるケダモノの声。
『『グァアアアァアアッ!!』』
恐る恐る目を開けると、そこには先程までの姿とは全く違う二人が立っていた。
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