9 / 11
第9話 彼の居ない家
しおりを挟む今日の仕事も、どうにか終わった。
ポルテ印のお菓子は相変わらずの大盛況で、どれだけ作っても客は途切れなかった。
国中の皆が私の作るお菓子を心待ちにしてくれているのが、とっても嬉しい。
だけど……
「はぁ……」
私は使い慣れたキッチンで、魂が抜けるくらいの深い溜め息を吐いている。
もうすっかり日は暮れているけれど、晩ご飯を作る気力もない。
ただ椅子に座って、テーブルの上のカップを持ち……飲まずにまた下ろす。
さっきからずっとこの繰り返しで、カップの中の紅茶はすっかり冷めてしまっていた。
「いったい何処に行っちゃったのかしら……」
最近はずっと向かいの席に居たはずの同居人は、まだ帰ってきていない。
レーベンが出て行ったあの夜から、もう三日が経ってしまっている。
仕事の合間を縫って探してはみたんだけど、彼の影すら見ることが出来なかった。
この家は昔に戻ってしまったかのように暗くなってしまった。
あれだけ美味しかったご飯も、独りで食べると全然美味しくない。
だけど、その理由は分かり切っている。
彼が居ないからだ。
――ドンドンドン!!
今日はもう寝てしまおう。
そう思って椅子から立ち上がった時、玄関のドアが激しくノックされた。
「……もしかして!?」
帰ってきたのかもしれない。
一縷の望みを賭けて、私は廊下を走る。
「レーベン!?」
ドアの向こうに人が居るにもかかわらず、バンとドアを勢いよく開ける。
だけど、家の前に立っていたのは……彼ではなかった。
「なんだ、ガー坊か……って、どうしたのよ、その酷い怪我!?」
そこに居たのは、私のことを揶揄っていた悪ガキたちのリーダー、ガー坊だった。
彼は私がお菓子を卸している、王都の喫茶店オーナーさんの弟だ。
そして家魔法はガラス工房の家を引き当てたから、ガラス屋の坊主でガー坊。
昔からの仲間にはそう言われている……んだけど、今はそれどころじゃない。
「悪い……お前のこと、もう裏切らねぇって決めたのに……『宿借り』の同居人の居場所が、盗賊たちにバレちまった……」
「ちょっと、どういうこと!? と、とにかくお医者様を呼ばなきゃ!」
ガー坊は全身を何かで殴られたかのようにアザだらけだった。
私は駆け寄って手当てをしようとしたけど、後で良いと手を払われてしまった。
(私の同居人って、レーベンのことよね!? どうしてガー坊が彼の居場所を知っているのかはともかく、裏切りとか盗賊って意味が分からないわ!!)
最近になって、私は悪ガキ達とも和解した――というか事情を知ったお姉さんや彼らの親たちに、こってりシバかれたらしい――ガー坊達はお詫びとして新しい店舗に使うテーブルや椅子、グラスやお皿と言った物を無料で作ってくれていた。
だからまたあの頃のように、私たちは友達に戻れたと思っていたんだけど……。
「アイツ……レーベンって言ったよな? 最近、街で銀髪の男を知らないかって嗅ぎ回ってる奴が居るって聞いてよ……」
痛みを堪えながら、早口で捲し立てるように話すガー坊。
私が喫茶店の方でオーナーさんから縁談の手紙を受け取っている間、ガー坊は私の家にレーベンを訪ねて来ていたらしい。
その時に街で不審な男たちが探し回っているから気を付けろ、と忠告をしてくれた。
確かにガー坊は自作した食器とかをウチに持って来てくれることもあったから、当然レーベンのことも知っている。
「今日になって、その探し回っていた怪しい奴らが俺のところにも来たんだ。あいつら、城にも侵入した盗賊で……どうやら盗まれた品に関係していたのが」
「まさか……!」
「あぁ、レーベンだ」
そういえばレーベンが初めて私の家に訪れた時。
彼は王都の方からやってきて、ボロボロの姿だった。
きっと、その盗賊から逃げていたんだろう。
それで偶々、私の家を見つけて……
「すまねぇ……あいつら、俺の家族を人質にとって居場所を吐けって脅してきやがったんだ……」
「まさか貴方……」
ギリギリまで口を割るのを抵抗してくれたのだろう。
ここまで痛めつけられても、私に教えるために治療もせず駆けつけてくれたのだ。
工房の家を持ち、職人を目指している彼にとって両腕はとても大事なのに……。
でもこれで彼が居なくなった理由が分かった。
あの夜、レーベンは私を巻き込まないために去ったんだ……。
「そしたらどっかで見てたのか、レーベンが俺を庇って飛び出してきやがった……すまねぇ、俺のせいでアイツを危険に晒す結果に……本当にすまねぇ!!」
「そんなの、ガー坊は全然悪くないじゃない!!」
そもそも、ガー坊が私を庇う必要なんて無かったんだ。
後から聞いた私を苛めていた理由だって、私のことが気になって仕方が無かったからだって言っていたし……。
分かるよ、あんな真っ暗で不気味な家を出す女なんて、かなり気持悪かったよね。
それなのに、こんなになるまで……!!
「盗賊たちはレーベンを街の南へ連れていった……今ならまだ、衛兵たちに通報すればなんとか……!」
「南ね!! 分かった、私……行ってくる!!」
「おっ、おい!! そうじゃない、お前ひとりじゃ危ねぇんだって!!!!」
ガー坊には悪いけど、今の私にはそんな時間はない。
真っ暗になった南門までの道をひた走る。
「お、おい『家借りちゃん』!! どうしたんだ!?」
「お願い!! 通して欲しいの!!」
こんな時間にどこへ行くと言う、いつもの門番のお兄さん。
もしかしたらレーベンのことも見たかもしれない。
私は押し通ろうとするのを止め、門番さんに事情を話すことにした。
この先に城を襲った盗賊が居ること、そいつらに襲われたケガ人が居るという事。
「銀髪……? あぁ、それならさっき何人かの商人風の団体と一緒に川の方へ……っておい!?」
「ごめんなさい!! 私急ぐので、誰か助けを呼んでおいてください!!」
門から出たばかりなら、まだこの近くに居るはず……!!
門番さんの制止を振り切って、私は再び走り出した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~
月島 成生
ファンタジー
ガラの悪い冒険者、オレステス=ラルヴァ。魔物討伐の途中に攻撃が直撃しそうになり、もうダメだと瞼を閉じ――目を開くと別人になっていた。オレステスと同じ、悪魔の色と言われる緑の髪と瞳の侯爵令嬢、オレスティア=スピリティス。
記憶喪失のふりをしてオレスティアの環境を探ると、実父、義母、義弟に疎まれ、そのせいで使用人達にすら侮られている始末だった。しかも家のためにと、荒くれ者と有名で年の離れた辺境伯の元へと嫁がされることが決まっているらしい。
その環境に同情するオレステス。なぜ魂が入れ替わってしまったのか、いつ元に戻るのか、そもそも戻れるのか。なにもわからない中、元に戻れる日のため、少しでもオレスティアの状況をよくしておいてやりたい。
ならばまずやるべきことはひとつ。
筋力トレーニング! 強さはすべてを解決する!
ポニーテールの勇者様
相葉和
ファンタジー
※だいたい月/木更新。
会社を辞めて実家に帰る事にした私こと千登勢由里。
途中で立ち寄った温泉でゆっくり過ごすはずが、気がつけば異世界に召喚され、わたしは滅びに瀕しているこの星を救う勇者だと宣告されるが、そんなのは嘘っぱちだった。
利用されてポイなんてまっぴらごめんと逃げた先で出会った人達や精霊の協力を得て、何とか地球に戻る方法を探すが、この星、何故か地球によく似ていた。
科学よりも魔力が発達しているこの世界が地球なのか異世界なのか分からない。
しかしこの星の歴史と秘密、滅びの理由を知った私は、星を救うために頑張っている人達の力になりたいと考え始めた。
私は別に勇者でもなんでもなかったけど、そんな私を勇者だと本気で思ってくれる人達と一緒に、この星を救うために頑張ってみることにした。
ついでにこの星の人達は計算能力が残念なので、計算能力向上のためにそろばんを普及させてみようと画策してみたり・・・
そんなわけで私はこの星を救うため、いつのまにやら勇者の印になったポニーテールを揺らして、この世界を飛び回ります!
サトリ
マスター
ファンタジー
「*」のマークは挿絵が入ってる所です。
ちょこちょこ誤字脱字を直したり表現を変えたり、文を付け加えたりしてます。話の内容そのものが変わる事は無いですが…たぶん。読み返したら何か変ってるなんて事があるかも…。
妖怪-サトリの能力を持つ殺し屋の女性と不老不死になった少女のお話。
市村スオウ-彼女が秘密を暴いた担任の先生はその日のうちに殺人鬼に殺された。
佐久間要は学校の帰りに不思議な少女に出会った。
主人公?の女性はほとんど能力を使いません。ふと思い出したように偶に使います。
殺しの話と偶に学校生活の話、跡取り争いの話など色々な話を書く予定です。
最強の英雄は幼馴染を守りたい
なつめ猫
ファンタジー
異世界に魔王を倒す勇者として間違えて召喚されてしまった桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)は、女神から力を渡される事もなく一般人として異世界アストリアに降り立つが、勇者召喚に失敗したリメイラール王国は、世界中からの糾弾に恐れ優斗を勇者として扱う事する。
そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
国から見限られた王子が手に入れたのは万能無敵のS級魔法〜使えるのは鉱石魔法のみだけど悠々自適に旅をします〜
登龍乃月
ファンタジー
「どうしてこうなった」
十歳のある日、この日僕は死ぬ事が決定した。
地水火風四つの属性を神とする四元教、そのトップであり、四元教を母体とする神法国家エレメンタリオの法皇を父とする僕と三人の子供。
法皇の子供は必ず四ツ子であり、それぞれが四つの元素に対応した魔法の適性があり、その適性ランクはSクラスというのが、代々続く絶対不変の決まり事だった。
しかし、その決まり事はこの日破られた。
破ったのは僕、第四子である僕に出るはずだった地の適性ランクSが出なかった。
代わりに出たのは鉱石魔法という、人権の無い地の派生魔法のランクS。
王家の四子は地でなければ認められず、下位互換である派生魔法なんて以ての外。
僕は王族としてのレールを思い切り踏み外し、絶対不変のルールを逸脱した者として、この世に存在してはならない存在となった。
その時の僕の心境が冒頭のセリフである。
こうした経緯があり、僕としての存在の抹消、僕は死亡したということになった。
そしてガイアスという新しい名前を授けられた上で、僕は王族から、王宮から放逐されたのだった。
しかしながら、派生魔法と言えど、ランクSともなればとんでもない魔法だというのが分かった。
生成、複製、精錬、創造なども可能で、鉱石が含まれていればそれを操る事も出来てしまうという規格外な力を持っていた。
この話はそんな力を持ちつつも、平々凡々、のどかに生きていきたいと思いながら旅をして、片手間に女の子を助けたり、街を救ったり世界を救ったりする。
そんなありふれたお話である。
---------------------
カクヨムと小説家になろうで投稿したものを引っ張ってきました!
モチベに繋がりますので、感想や誤字報告、エールもお待ちしています〜
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる