【全6話】姉の身代わり婚。相手は、私の愛する人を殺した男でした。

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第1話 差し出された私

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 ――私の愛する人は、この国の英雄に殺された。

「勇者よ、よくぞ悪しき魔王を討伐してくれた。貴殿こそ我が王国の救世主である!」

 視界の先では、この国の王である父が、床に跪く一人の青年を褒め称えている。

 彼の欲深さを象徴するかのように、豚のように肥え太ったその姿。

 その体には魂など無いのか、どこを見ているのかも分からぬ虚ろな瞳。

 とても国を救った英雄とは思えない、醜い容姿をしている。

(勇者、ストラゼス……コイツがあの人を……!)

 彼こそが、私が愛した人を殺した男。

 勇者ストラゼスは魔王を倒した功績を讃えられ、今この城にいた。


「さて、お主に褒美を与えようと思うのだが」

「陛下の寛大な心遣いに、感謝いたします」

 王の言葉にも、彼は表情一つ変えず俯いたままだった。

 その態度を自分に対する忠節――と都合よく受け取った父は、満足げに頷く。

「構わぬ構わぬ。それでその内容というのがな――おい、騎士団長よ。姫を連れてまいれ」

 王の命令にハッ、という短い返事をした騎士団長は、颯爽と王座の間から退室していく。

 ほどなくして戻って来た彼の背後には、ある人物の姿があった。


「我が娘にして、この国の第一王女。ミレーユだ。この者を勇者の妻として与えようではないか」

 父に紹介を受けたその人物は、玉座の前にて優雅な淑女の礼をとる。


「わたくしがミレーユにございます。ふつつか者ですが、どうか可愛がってくださいませ」

 ミレーユと名乗ったその女性は、私の一番上のお姉様だ。

 艶のある金髪に透き通った青い瞳。

 顔はもちろんのこと、服からアクセサリーまで何もかもが一級品。

 王子が居ない我が国では、このミレーユ姉様が次代の王となる。

 まさに高貴なる姫。ただの第三王女である私とは、天地ほどの差があった。

 私は理由で家族に蔑ろにされているから、こうして同じ場所に居合わせるのも久しぶりだけど……相変わらず姉様はキラキラと煌めいて見えた。

 そんな事を考えながらぼんやりとミレーユ姉様を眺めていると、感情のこもっていない瞳と視線が交わった。

(可哀想なお姉様……お父様は二人のことを知らないのかしら)

 姉様と騎士団長が恋仲にあるのは、この場に居る者にとっては周知の事実だ。

 彼は侯爵家の長男。騎士団でもっとも強く、なにより見た目が良い。貴族令嬢の憧れの的だ。そんな素敵な男性を射止めたと、姉様は事あるごとに鼻高々と語っていたみたい。

(それがまさか、勇者の褒美に差し出されるなんて)

 見た目は騎士団長とは真逆だし、そもそも彼は平民出身だと聞いた。ミレーユ姉様が好む要素なんて何一つないのに。

 それでも、王である父の決定には誰も逆らえない。

 あれだけ私を蔑み、馬鹿にして楽しんできたお姉様ですら、拳を握って耐えるしかないようだった。


(それでも、私よりはマシな人生だと思うけど)

 私はこの城をさまよう亡霊だ。誰からも愛されず、必要とされない存在。

(せめて、お母様が生きていてくれたら……)

 

 お母様は低位の貴族出身で、他の王妃様たちとは違ってロクな部屋も与えられず、王城の敷地の隅にあるオンボロな作業小屋で私たち母娘は過ごしていた。

 そんな母も、私が5歳のときにこの世を去った。残されたのは、誕生日祝いに母から貰った1冊の日記帳だけ。

 何を書けばいいのか分からなかった私に、お母様は生前「楽しかったこと、嬉しかったことを書けばいいのよ」とおっしゃった。そして素敵な出来事をたくさん集めて、貴方の宝物にしてね――と。

 だけどお母様が亡くなってから、私の日記帳は白紙のままだった。


 王城での日々は、その日記帳と同じで……まっさらで何も書かれていない、無味乾燥な日々だった。お姉様たちばかり社交界でもてはやされ、低位貴族の母から生まれた私は馬鹿にされる。

 姫とは名ばかりで、放置された私は王城に棲みつく亡霊のように過ごしていた。


「このまま、何者にもなれないまま死んじゃうのかな……」

 勉強や魔法を頑張ってみても、誰も見てくれない。毎日が同じことの繰り返しで、退屈な日々を過ごすだけ。

 そんな私にとって唯一の希望は、幼い頃に命を救ってくれた魔王ウィルクス様だった。

『魔王様……どうして私を助けてくれたんですか?』

 まだ私が小さかった頃――たまたま訪れていた辺境で、魔物の襲撃があった。

 その日はたまたまお付きの騎士も留守にしていて、その場には幼い私しかいなかった。当時の私はまだ魔法の使い方が分からず、ただただ恐怖に震えることしかできなかった。

 そんな私の前に現れたのは一人の男性だった。彼は襲い来る魔物を一瞬で倒すと、「怪我はない?」と優しく問いかけてくれたのだ。

 そして魔族を束ねる王のウィルクス様と知るのは、もう少し後のこと。

 彼は私が王女であることも気にせず、何も見返りを求めず去っていった――誰よりも優しい魔王様。

 自分の国と戦争をしている相手に憧れているって言ったら、きっと怒られるだけじゃ済まされないけれど。それでもあの人みたいに、誰かを助けられる存在になりたいって思った。

 ……でも、あの人は勇者に殺されてしまった。


 私はもう、目の前が真っ暗になった。

 当代の勇者は味方ですら恐れるほどの怪物だって聞いていたから、いつかそんな日が訪れてしまうかもしれない。そう覚悟はしていたけれど――魔王討伐の報告で皆が嬉し涙を流す中、私は人知れず別の涙をこぼした。

 自分が頑張ったことを見せたい人も、私の名を呼んでくれる人も――もう居ない。

 魔王様、私ね……もう一度、あなたに逢いたかった。

 うつむいてそんなことを考えていたら、不意に私の名を呼ばれた。


「……そちらのリディカ様と、結婚させてもらえないでしょうか」

「えっ?」

 突然の言葉に、私は耳を疑った。

 でも私の名を呼んだのは間違いなく、魔王様を殺した勇者だった。

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