4 / 6
第4話 私の知らない夫
しおりを挟む
キスをしていない? キスって口付け、接吻……つまりはそういう行為よね?
訳が分からず、頭がフリーズしてしまった。
「サシャさんたちは夫婦、だったんですよね……?」
「口調が元に戻っているよエミリー。そうだよ。だけどアレはなんていうか……仮初の夫婦? まぁ言い方は悪いけど、互いに好きとかそういった感情は無かったのさ」
私が用意した香草入りクッキーに手を付けながら、サシャはあっけらかんと言った。ポロポロとこぼれ落ちる粉を見つめながら、私は首を傾げる。
謎は深まるばかり。じゃあ、どうして夫婦になったの?
「アイツとアタシは、同じ街で生まれ育った幼馴染でね。小さいころは、よく一緒に遊んでいたものさ」
「お二人が……幼馴染……」
そういえば私と違って、クロードは別の街出身だ。彼はあんまり自分のことを喋らないから、小さい頃の話って全然知らなかったな……。
「ほら、ガキの頃って友人同士で約束をするもんだろう? 互いに大人になったら結婚しようね、とか。そんなオママゴトの延長みたいなのがあってね」
「ってことは、その約束を果たしたってことですか?」
「そうそう。クロードも律儀な男だからさ、十年以上も昔の約束をしっかり覚えていたんだよ。まったく、愚直すぎるよねぇ」
サシャは当時、夢を叶えたばかりの新人商人だった。駆け出しで女性だったこともあり、商売相手に信用してもらうのが難しかったそうだ。
「アタシも焦っていたんだろうねぇ。それを見かねたのか、クロードが声を掛けてきてね。自分を利用してくれって。ふふっ、そんなプロポーズの仕方があるかい? ロマンも何もあったもんじゃないよ」
「……なんだか、クロードらしいですね」
そんな頃から、女心をガン無視した言動をしていたのね、貴方……。
「とまぁ、その話に有難く乗らせてもらったってワケ。でもねぇ、やっぱり互いにすれ違ったっていうか……やっぱり友人以上の関係にはなれなかったんだよ」
少し気まずそうに、カップの中を覗き込むサシャ。ミントグリーンの水面には、彼女の違った表情が見えた気がした。
「で、綺麗サッパリ別れてからは別々の道を歩んでいたってワケ。どう、安心した?」
「……そう、ですね」
最初は心配だったけれど、今はちょっと嬉しいというか。自分の知らなかった旦那様のエピソードを聞けて、なんだか新鮮な気持ちだ。
私があからさまにホッとした表情になったのを見て、サシャも眉を下げて微笑んでいた。
「今後は程良い距離間の友人っていうか、ビジネスパートナーだね。むしろクロードよりも、エミリーとの付き合いが長くなるだろうし。今後とも頼むよ」
「そうですか、こちらこそよろしくお願いし――うん? ビジネス?」
どっからビジネスって単語が出てきた?
今までの話に、そんな流れなんてありましたっけ?
「あはは、何をすっとぼけているんだい。今度の商売は、エミリーが中心になるんだろう?」
「う、うん? 待ってください、いったい何の話ですか?」
(4/6ページ)
訳が分からず、頭がフリーズしてしまった。
「サシャさんたちは夫婦、だったんですよね……?」
「口調が元に戻っているよエミリー。そうだよ。だけどアレはなんていうか……仮初の夫婦? まぁ言い方は悪いけど、互いに好きとかそういった感情は無かったのさ」
私が用意した香草入りクッキーに手を付けながら、サシャはあっけらかんと言った。ポロポロとこぼれ落ちる粉を見つめながら、私は首を傾げる。
謎は深まるばかり。じゃあ、どうして夫婦になったの?
「アイツとアタシは、同じ街で生まれ育った幼馴染でね。小さいころは、よく一緒に遊んでいたものさ」
「お二人が……幼馴染……」
そういえば私と違って、クロードは別の街出身だ。彼はあんまり自分のことを喋らないから、小さい頃の話って全然知らなかったな……。
「ほら、ガキの頃って友人同士で約束をするもんだろう? 互いに大人になったら結婚しようね、とか。そんなオママゴトの延長みたいなのがあってね」
「ってことは、その約束を果たしたってことですか?」
「そうそう。クロードも律儀な男だからさ、十年以上も昔の約束をしっかり覚えていたんだよ。まったく、愚直すぎるよねぇ」
サシャは当時、夢を叶えたばかりの新人商人だった。駆け出しで女性だったこともあり、商売相手に信用してもらうのが難しかったそうだ。
「アタシも焦っていたんだろうねぇ。それを見かねたのか、クロードが声を掛けてきてね。自分を利用してくれって。ふふっ、そんなプロポーズの仕方があるかい? ロマンも何もあったもんじゃないよ」
「……なんだか、クロードらしいですね」
そんな頃から、女心をガン無視した言動をしていたのね、貴方……。
「とまぁ、その話に有難く乗らせてもらったってワケ。でもねぇ、やっぱり互いにすれ違ったっていうか……やっぱり友人以上の関係にはなれなかったんだよ」
少し気まずそうに、カップの中を覗き込むサシャ。ミントグリーンの水面には、彼女の違った表情が見えた気がした。
「で、綺麗サッパリ別れてからは別々の道を歩んでいたってワケ。どう、安心した?」
「……そう、ですね」
最初は心配だったけれど、今はちょっと嬉しいというか。自分の知らなかった旦那様のエピソードを聞けて、なんだか新鮮な気持ちだ。
私があからさまにホッとした表情になったのを見て、サシャも眉を下げて微笑んでいた。
「今後は程良い距離間の友人っていうか、ビジネスパートナーだね。むしろクロードよりも、エミリーとの付き合いが長くなるだろうし。今後とも頼むよ」
「そうですか、こちらこそよろしくお願いし――うん? ビジネス?」
どっからビジネスって単語が出てきた?
今までの話に、そんな流れなんてありましたっけ?
「あはは、何をすっとぼけているんだい。今度の商売は、エミリーが中心になるんだろう?」
「う、うん? 待ってください、いったい何の話ですか?」
(4/6ページ)
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
継母の品格 〜 行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される 〜
出口もぐら
恋愛
【短編】巷で流行りの婚約破棄。
令嬢リリーも例外ではなかった。家柄、剣と共に生きる彼女は「女性らしさ」に欠けるという理由から、婚約破棄を突き付けられる。
彼女の手は研鑽の証でもある、肉刺や擦り傷がある。それを隠すため、いつもレースの手袋をしている。別にそれを恥じたこともなければ、婚約破棄を悲しむほど脆弱ではない。
「行き遅れた令嬢」こればかりはどうしようもない、と諦めていた。
しかし、そこへ辺境伯から婚約の申し出が――。その辺境伯には娘がいた。
「分かりましたわ!これは契約結婚!この小さなお姫様を私にお守りするようにと仰せですのね」
少しばかり天然、快活令嬢の継母ライフ。
■この作品は「小説家になろう」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる