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第10話 騎士道と約束
しおりを挟む『ガルルァアアッ!!』
「ギャアアアッ!?」
銀狼が急に横を向いたかと思いきや。奴の牙は俺にではなく、隣りで控えていたテシーダという男へと向いた。
「ど、どうしてこっちに来るんだよぉおお!?」
「うわっ、アイツこっちを見たぞ!?」
「支部長~! 早く助けてくださいぃい!!」
「お、おい銀狼! 俺様の言う事を聞けってば!……クソッ、駄目だ!」
俺をいたぶるショーから一転、阿鼻叫喚となるヒキョンの部下たち。銀狼に追い掛けられる彼らを横目に、俺は床を低く這いつくばりながらエステルの元へ向かう。
「おい、大丈夫かエステル!?」
「え? あ、あぁ。私は無事だが……アレは一体何が起きてるんだ?」
「分かんねぇ。俺が聞きたいくらいなんだが……」
銀狼は今、ヒキョンの手下どもを次から次へと捕まえては床に引き倒している。ただ食べるのが目的とは違うようで、誰も大きな傷は負っていない。まるで巨大な犬猫に遊ばれている光景にも見えるが……。
「だがこの状況は、俺たちにとって好都合だ……あった、俺の緋炎!」
捕まった際に奪われていた緋炎はヒキョンの机に置かれていた。どさくさに紛れて奪い返すと、それを使ってエステルの拘束を解いてやった。
「ありがとう、ガイ殿……しかしどうする? この状況じゃ隷属紋を解除するどころではないぞ!?」
「俺だって分かんねぇよ。ここは一旦、アイツが暴れ回ってるうちに逃げようぜ!」
「そ、そうだな!」
緋炎をエステルに渡し、二人で部屋の出口に向かう。だが俺らの逃走を阻む人物が目の前に現れた。
「おい、貧乏魔術師。てめぇ、テイム魔法の使い手だったのか!?」
「げっ、ヒキョンにバレた!?」
何度か銀狼に引っ掻かれたのか、ヒキョンは顔中が傷だらけになっていた。怒りと血に塗れた表情は銀狼よりも恐ろしい。
どうやら奴は、俺が魔法で銀狼を操ったと勘違いしているようだ。――って、んなわけがあるかっての。テイムなんて高度な魔法、俺なんかが使えねぇよ!
「銀狼は俺様の命令しか聞けないはずなんだぞ!? なのにテメェは、俺の隷属魔法を外から無理やり解除しやがった……そんな真似、S級でもない限り不可能だぞ!?」
「ち、違う! 俺は何もしてない!!」
「嘘をつくんじゃねえ!! あの場でお前以外に、あんな芸当ができる奴がいるわけがないだろ!!」
「そうかもしれないけど! それでも本当に知らないんだってば!?」
俺に言われても困るというものだ。俺がやったのは、ただビビって意味不明なことを喚き散らしたしただけだ。それ以外のことはしていない。
「クソッ! これじゃ計画が台無しじゃねーか! せっかく苦労して手に入れた銀狼だというのに……もういい! エステル、今すぐにこの魔術師を殺せ!」
「なっ!?」
突然とんでもない命令を下したヒキョンに、俺は思わず息を飲んだ。
そうだった。まだコイツには隷属魔法があった。そしてエステルの首には隷属紋が――
「すまない、ガイ殿……身体の制御が効かない……」
声のした方を振り向けば、エステルは緋炎を手に俺を見ていた。
緋炎は鞘から抜かれており、ブレイズドラゴンと同じ赤色に輝いている。
彼女はその刃を俺に突き付ける……かと思いきや、
「ふぅ……ふぅ……」
「エステル!? お、おい止めろよ。何をするつもりだ!!」
動かない腕で、無理やり剣先を自分の方へと捻じ曲げようとしていた。
「聖騎士たるもの……恩人を手に掛けるぐらいなら、潔く……自死を選ぶのみ……」
「おいてめぇ! 命令違反は死ぬほどの苦痛を与えるんだぞ! 無駄な抵抗をするんじゃねぇ!」
ヒキョンの声など、エステルにはまるで聞こえていない。彼女の顔は脂汗が流れ、呼吸も荒い。瞳からは、すでに正気が失われていた。
「え、エステル……」
そうか、これがこの国の聖騎士というものなのか。もはや狂気の沙汰としか思えない彼女の姿を見て、俺はゾクリとした寒気が全身を駆け巡るのを感じた。
「さらばだ、ガイ殿。あとは、頼んだぞ……」
「やめろぉおお!!」
咄嗟に自分の身体をエステルと剣の中へと滑り込ませる。
――あの約束とお前、絶対に守るぜ。
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