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~後日談~

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 ――数週間後。

 聖地の先にある古びた小さな家に、ターニャとシルヴィニアスの姿があった。

 あの襲撃の後は追手が来ることも無く、初代国王と神獣が出逢った地でこうして平穏に暮らせていた。


「どうやら君の父上は、僕との約束を守ってくれたようだ。まぁ、彼は嘘を言わなかったけど……ターニャは本当に愛されていたんだね」

 神獣人の鋭い嗅覚や聴覚は、人間の匂いをただ嗅ぎ分けるだけでは無かった。

 悪意があるか、嘘を吐いていないかといった、感情的な部分も分かるのだ。

 おそらく、発汗や脈拍、フェロモンといった様々な要素から判断できるのだろう。


 それは王子の家族しか知らない、シルヴィニアスの秘密だった。

 だからこそ彼らは、シルヴィニアスを恐れてしまった。自分がよこしまな感情を持っていることがバレる前に、彼を亡き者にしようとしたのだろう。


「シルヴィは本当に……私が妻で良かったのですか?」
「もう、まだ言っているのかい? 元より僕はキミを妻に迎えるつもりだったと、あれから何度も伝えたじゃないか」


 ベッドの上で布団にくるまった状態の二人は、そんな惚気のろけ話をしていた。

 彼はあの戦いで瀕死になった時にターニャが口にした、シルヴィという愛称が気に入り、それからずっと彼女にはそう呼んでもらっている。


「どうして? シルヴィニアス様は、あのパーティでミーアお姉様に一目惚れしたのでは?」
「あはは、僕がいつ彼女に一目惚れをしたって言った? 僕が最初に恋をしたのはターニャ、キミにだよ」

 ミーアとの婚約は父である国王の独断だ。

 自分に興味を示さない彼女を珍しいとは思ったが、好きだと感じてはいなかった。


 一方で次期国王や神獣人といった肩書きにとらわわれず、等身大の自分を見てくれたターニャには本気で惚れていた。

 だから迎えに行った時の覚悟は紛れもなく本物だった。侯爵が何と言おうと、必ずターニャを妻として連れ帰ると心に決めていたのだから。


 この五年間で、嘘や悪意に染まらず育まれた愛情は。

 人間不信にならず、あの心静かに過ごしたかけがえのない時間は。


 シルヴィニアスにとって、それらは紛れもない真実の愛だったのだ。


「分かりました。信じます」
「いいの? もしかしたら、僕の吐いた嘘かもしれないよ?」

 シルヴィニアスが意地悪な口調でそう言うが、ターニャは怒ることもなくクスクスと微笑んだ。


「大丈夫です。私は神獣人じゃないですけれど……好きな人の考えていることは、手に取るように分かっちゃうんですからね?」
「……なら、僕がこれからしようとしてることもバレバレだったのかな?」
「もうっ……」

 ターニャが開きかけた口を、シルヴィニアスが強引に塞ぐ。

 この調子では、二人の間に結ばれた絆がほどけることは無いだろう。



 ――事実。ターニャとシルヴィニアスは誰にも邪魔されることなく、この地に自分たちだけの国を築いた。

 そして少しずつ家族を増やしながら、いつまでも楽しく、心安らかに暮らしたそうだ。



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