世界最強アンデッドだけど引き篭もりたい!なのに聖女が俺を昇天させようと狙ってくるんだが!?

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最終話 陽だまりの中で笑う金の亡者の話

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「私の中に過去の記憶が戻ってきた時。その中に私の物ではない、誰かの意識が一緒に入り込んできたのです」

 ようやく俺以外の女性陣が落ち着き、サリアの話を聞く流れになった。ちなみに俺は聖水の泉に浸かって回復させながらサリアに言葉に耳を傾けている。俺の手足は国選冒険者の剛力によって四方に引っ張られ、相当痛めつけられてしまったからだ。


「誰かの意識……?」
「えっ……それは記憶を失くしていた頃の、お姉ちゃん自身の記憶が混ざったんじゃなくって?」
「いえ、それは違うわ。なんていうか、その人は人ではないの。うーん、この感覚を表現するのが難しいわね……」

 人ではない……?


「その人は、自分の事をケイオスだと名乗っていたわ」
「ちょっ、それって……!!」
「えぇ。おそらく、このオスカー教の神――ケイオス神ね」

 まさかの大物が出てきたことで、フンフンと聞いていた一同の目が驚きで真ん丸に変わる。もちろん、それは俺もだ。いくらここがオスカー教の総本山だからって、神が人間の意識に語りかけてくるだなんて。これがサリアの言っていることじゃなきゃ、誰も信じなかっただろう。


「それで、その神とやらはサリアに何て言ったんだ?」
「ちょっと、ジャトレさん! そんな言い方は神様に対して不敬ですよ!?」
「ふふ。そんなこと気にしないと思いますよ。それにケイオスは私たちのことを褒めていましたから」

 サリアは口元を手で押さえながら、俺とミカのやり取りを見てクスクスと笑った。二人の見た目はよく似ているのに、性格は全然違う。


「褒めていた? 俺たちを?」
「えぇ。神が与えし試練を乗り越えたことを、非常に喜んでいるみたいだったわ」
「試練、だと?」
混沌神の悪戯ケイオスチート……私達で言うところの、宝玉の呪いよ。ケイオス神は人間を宝玉を使って試していたのよ」

 俺達を願いをおちょくるような、あのイヤラシイ呪いを……?


「もう、宝玉の呪いは解けているんでしょう? それが試練を乗り越えた何よりの証よ」
「それは……」

 彼女が言う通り、俺の『金の亡者』になる呪いは解けてしまっている。金を使って傷を癒さずに、聖水の泉に浸かっていたのもそれが理由だ。身体の怠さはすっかり無くなっているし、五感も戻ってきている。

 新たに宝玉を使って解呪する必要が無くなったのは嬉しいのだが、その理由が分からず困惑していたところなのだ。サリアはそれが“神の試練を乗り越えたから”と言うが、別に何か特別なことをした記憶はない。そう感じているのは、おそらく俺以外の全員も同じだ。ミカ達も思い当たるフシがなく、あまり納得できない表情でサリアの説明を聞いていた。


「ジャトレが宝玉に願ったのは何だった?」
「俺か? ……死にたくない、金が欲しいだったかな」

 屋敷に来た強盗に殺されかけ、俺はあの紅い宝玉にそう願った。


「……私が居なくなってもお金を集めようとしていたのね」
「本能的にな。いいだろ、別にそれは」
「ふふ。ごめんね。ちょっと嬉しくなっちゃって。……でも、ジャトレ。貴方、今でもお金が欲しいって思っている?」

 金? あれ、そういえばあの時のような『何が何でも金を集めなきゃ』っていう執着心は綺麗サッパリ無くなっているような気がする。


「ミカ、貴女が願ったのは?」
「私? 私はお姉ちゃんを見つけ出す為に、何が何でも強くなりたい。富と名声が欲しいって」
「うっ……ミカも私の為だったの。ごめんね」
「うぅん。こうして無事に再会できたんだもん。気にしないで?」

 そういえばミカが宝玉を頼ったのは、行方不明になった姉が原因だったんだよな。国選冒険者の立場を一度は捨ててまで力を求めたんだ。……あれ?


「俺たちが願う理由ってもう、無いのか……?」

 ルーツに違いはあれど、根本にあったのはサリアの不在だったのだ。それが原因で呪いが解けたのか? いや、その理論でいったらキュプロやヴァニラまで呪いが解除されるのはおかしいよな。


「そう、それもあるわ。だけど貴方たち、お金や力よりも別に大事なモノがあったんじゃない?」
「大事なモノ……?」
「やだ、もしかして無自覚なの?」
「そう言われても……」
「なんでしょうね、キュプロさん?」

 そんな事を言われたって、簡単には思い付かない。試しに何があるか、想像しようとしてみる。


「……!!??」
「ぶふっ!? お姉ちゃん!?」
「はぁ。なんだか複雑な思いだわ。妹に想い人を奪われたみたいで」

 俺の脳裏に最初に浮かんできたのは……ミカの笑顔だった。
 そして目の前に居る実物のミカは俺を見て顔を真っ赤にしている。


「ジャトレは愛しているものがお金からミカに変わり、ミカが居る限り強くなった。同じように、ミカは力よりもジャトレが欲しいと願うことで呪いが逆転した。……まったく、二人とも随分と見せつけてくれたわよね」

 ジト目になったサリアが俺とミカを交互に見てくるが、俺はもう何も見えていないし、聞こえてもいなかった。そんなこと、全然意識していなかった。だが言われてみると、そうとしか考えられない。たしかに俺はビーンとの戦闘の間、ミカのことを……。


「ミカだけじゃなくって、他の二人のことだって大事なんでしょう? 二人だって、ジャトレのことを愛しているみたいだし」
「ぐふっ!?」
「戦々恐々。どうしてバレた」

 キュプロとヴァニラまで――だって!?


「たしかに……記憶を失うことよりも、ジャトレ君を失う方が怖いと思った」
「有象無象の誰かとの絆より、ジャトレ様との絆が欲しい」
「お前ら……」

 二人まで頬を染めてこちらを見てくる。気持ちは嬉しい。お互いに命を預け合った仲だし、俺も彼女たちを金よりも大事に思っている。


「ケイオスは宝玉を使用した人間は願いに執着し、それに反した代償を与えたそうよ。宝玉に願った混沌神の悪戯ケイオスチートって言う名前の通り、本当にタチの悪い悪戯よね」
「だから俺達は試練をくつがえしたと……?」
「そういうことよ。晴れて私達は呪いから解放された。あとは好きに生きると良いって言っていたわ」

 なんてこった。
 結局、俺達はケイオス神の手のひらに転がされていたって事なのか。

 ――いや、そうじゃない。宝玉は間違いなく、一時的に願いを叶えてくれる代物シロモノだった。だが代償によって、欲しい物は絶対に手に入らないようになっていただけであって。

 呪いに掛かった時は俺も神を恨んだ。今になって考えてみると、それは俺達に『本当に大事なモノは自分の手で手に入れろ』という教訓を教えるためだったようにも思える。

 きっと神様っていうのは、人間の願いを何でもかんでも叶えてくれる便利な存在じゃない。努力する奴を陰から見届けて、偶にそっと背中を支えてくれるぐらいの存在なんだろう。



「はぁ……つかれた。おい、お前ら帰るぞ」

 俺は立ち上がり、礼拝堂の出口へと歩き出した。他の四人はまだ床に座ったまま、半ば呆然としていた。まぁ神とか言われても、スケールがでかすぎてイマイチ受け止められないよな。だから俺はもう、分からないことを考えるのはやめた。


「え? 帰る……?」
「それともここで、教会の騎士が駆け付けるのを待つか? 『教皇を穴に落として跡形もなく消し去りました~』って説明もするのか?」

 ようやく身体の痛みも消えた。サリアの話にもある程度納得ができたし、もうここに残っている用事はない。さっきの戦闘の音で誰かが来るだろうし、さっさと退散するにかぎる。俺はこれ以上の面倒事に首を突っ込むつもりはないからな。


「それに明日からは金稼ぎだ。当然、お前らにも手伝ってもらうぜ?」
「あっ、そうか。ジャトレ君の呪いが解けてしまったから……」
「不承不承。助かっただけ有難い……」
「ジャトレさん、でもお金はもう不要なんじゃ……?」

 せっかく呪いから解放されたのに、まだ俺が金を稼ぐと言ったから不安に思ったのだろう。ミカが眉を下げて俺を見上げてきた。


「宝玉に入っていた金も返って来ねーし、俺は金欠なんだよ。……これからもあの屋敷で一緒に暮らすんだろ?」
「ジャトレさん!?」
「おぉ、いいのかい~?」
「有頂天外。ジャトレ様あいしてる!!」
「お、おい!? 急に飛びついてくるな!!」

 ミカ、ジャトレ。そしてヴァニラが一斉に背中に突進してきた。三人とも喜色満面の笑顔だ。そんなに嬉しいのか?


「おい。何してんだよ」
「……え?」

 他の三人と違い、サリアはそのまま床に座ったままションボリと俯いていた。


「お前ももう、俺達の家族だろ? 早く帰るぞ」
「でも、記憶は……」

 言葉を震わせながら俺の方を見上げてくるサリアの目には涙が浮かんでいる。
 ったく、そんな顔すんじゃねーよ。


「関係ねぇだろうが。過去は過去。思い出なんて、これから幾らでも作っていきゃあ良いだろうが」
「ジャトレ……」
「サリア、お前は生きている。それだけで、十分だ」

 台詞を言い終わらないうちに、身体に響く衝撃音が増えた。
 まったく、これからが思いやられる。


「だが、苦労も悪くないよな。少なくとも、もう宝玉には頼る必要はねぇわ」


 礼拝堂のステンドグラスから、神の祝福のような日の光が降り注ぐ。キラキラときらめく陽だまりの中で、俺達は心から笑い合った。
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