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第5章 とあるメイドの初恋
第47話 そのメイド、潜入を開始する。
しおりを挟むそれから三日後。私はキーパー・メイド学校から馬車に乗って、王都にあるグリフィス家の屋敷にやってきていた。
ちなみにグリフィス家への繋ぎはキーパー理事長がやってくれたみたい。陛下が理事長は信頼たる人物と判断して、直々に事情を説明したとジークが言っていた。
さすがに理事長のお墨付きとあって、グリフィス家も「下働きなら」と受け入れてくれた。
「それにしても凄いわねぇ」
馬車から外に出ると、そこには美しいグリフィス邸の庭園が広がっていた。
シンメトリーに揃えられた庭木に、色とりどりの花が咲き乱れる花壇。噴水には水鳥が泳ぎ、石畳の道にはゴミどころか小石すら落ちていない。
まるで吟遊詩人の話に出てくるお城のような光景に、思わず息を飲む。
ここ数年で建てられた新しいお屋敷で、なんでも侯爵が娘のために用意したらしい。
王都の中心街にある王城は別格として、やはり国一番のお金持ちである貴族のお屋敷は綺麗だ。メイドの世界に来てからというもの、何度も豪奢な建物を見てきたけど、ここが一番だと思う。
「やっぱりお金を持っている人は違うわよね~」
「……ねぇ、本当に大丈夫?」
「もう、何度も平気だって答えたじゃない。ジークは心配性ねぇ」
ふと後ろを振り返ると、そこには私の婚約者様がいた。
「そ、そんなことはないって! これはただ、騎士としての務めでもあって……」
「わざわざ立候補までして、私の護衛を買って出たらしいじゃない。ちょっと私のことが好き過ぎじゃない?」
「うっ、それは……」
私がそう言うと、ジークの顔が真っ赤に染まっていく。
「バ、バカ! 国の運命がかかっている時に揶揄わないでくれ!!」
慌てているジークを見て、私はクスリと笑みを漏らした。
「ごめんなさい。つい、ね」
「まったく……でも本当に気を付けてくれ。君にもしものことがあれば僕は……!」
「はいはい。分かってますって」
そう言って、目の前の巨大なお屋敷を見上げる。
今、私たちはグリフィス家の使用人として雇われることになったので、これから住み込みで働くことになっている。
なんでもグリフィス家は優秀なメイドを雇っているらしく、その教育を受けて来るというテイになっている。いわば実務実習の延長ってとこかしら。
「この先は僕もついていけない。だからくれぐれも注意してくれよ」
「えぇ。任せてちょうだい」
そう言うと、ジークは私の唇に人差し指を当てる。
「それと、約束を忘れないで」
「もちろん。無茶なことはしないわ。自分の命が最優先だもの」
この屋敷にはサクラお母さんの仇であるオリヴィアが住んでいる。
復讐する絶好のチャンスではあるんだけど、今回の目的はグリフィス家を断罪することだ。
だからまずは証拠を見つけて、確実にグリフィス家を追い込む必要がある。
「じゃあ行ってくるわね」
「うん。いってらっしゃい、アカーシャ」
「はいはい」
私は軽く手を振って、屋敷の中へと入っていった。
「ようこそおいでくださいました、アカーシャ様」
屋敷に入ると執事服の男性に迎え入れられた。
片眼鏡とロマンスグレーの髪をオールバックにした紳士で、年齢は40代くらいに見える。
彼は私に向かって恭しく頭を下げると、ニコリとした笑顔を浮かべた。
「お待ちしておりました。私は執事長のメリーと申します」
「アカーシャです。まだまだ未熟者ですが、どうかよろしくお願いします」
「ふふ、意欲ある若者を我がグリフィス家は歓迎いたしますよ。さぁ、どうぞこちらへ」
促されるままに彼の後を付いていく。
「本日からアカーシャ様には使用人の宿舎で生活して頂きます」
「はい」
玄関ホールを抜けて階段を上がり、廊下を歩いていく。
「そしてこちらがアカーシャ様の部屋となります」
「まぁ、素敵ですね」
そこは広々とした個室だった。
ベッドにクローゼット、化粧台に鏡付きのドレッサー。窓際にはソファーセットが置かれていて、奥には個人用のバスルームまである。これならゆっくりと寛げそうだ。
というより使用人部屋でこの豪華さなの!? 私は信じられない気持ちでいっぱいになった。
この屋敷に勤めるメイドさんたちは、こんな部屋で生活しているのだろうか?
「あの、失礼かもしれませんが、部屋を間違っていたりは……」
「いいえ、ここで間違いありません。使用人であっても、れっきとしたグリフィス家の一員。粗末な部屋に住ませるわけには参りませんから。――というわけで、本日よりアカーシャ様はこの部屋で寝泊まりしてください」
「……分かりました」
つまり私がここに住むことは決定事項なわけね。
まぁいいわ。今は気にしないことにしておきましょう。
「それで、メリーさん。私はこれから、このお屋敷で何をすればよろしいでしょうか?」
「アカーシャ様はまず、基礎知識を身につけていただきたいと思います」
そう言って、一冊の分厚いノートを手渡された。
表紙には可愛らしい字で『メイド入門(グリフィス家秘伝)』と書かれている。
「えっと、これは……」
ニコニコとした表情を崩さず、メリーさんはそのまま話を続ける。
「アカーシャ様には、メイドの仕事を学びなおしていただきます」
「あの、それってどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味ですよ。当グリフィス家におけるメイドとは、他家とは一線を画すハイクオリティな仕事人を指すのです。メイド学校や低級の貴族での常識は一旦、忘れていただきたい」
なんだろう。メリーさんは笑顔のままなのに、片眼鏡の向こうに嘲りの感情が見えた気がした。
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