孤児メイドの下剋上。偽聖女に全てを奪われましたが、女嫌いの王子様に溺愛されまして。

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第5章 とあるメイドの初恋

第44話 そのメイド、貴族の怖さを知る。

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「俺やジークの母は元々、諜報や財務に関わる家の出身でな。その伝手を使ってグラン共和国のスパイを調査していたんだ」

 アモンさんはいつになく真剣な表情で言葉を続けた。

 あれ? ジークのお母様ってことは、つまり……。


「そう。僕の母方であるシルヴァリア家は表向きは軍務を担っていたけど、裏では諜報活動をしていたんだ。お婆様も現役の頃はアレでバリバリのスパイだったんだよ」
「あぁ、どうりで……」

 これでエミリー様の異様な身体能力の高さに合点がいったわ。

 目の前から消えるように高速で移動したり、馬鹿みたいな怪力を見せてみたり。あんなの、普通のお婆ちゃんには無理な芸当よね。

 なるほどと納得しながらジークを見ると、彼は苦笑して頬を掻いた。孫から見てもお婆様の言動はやりすぎだと思っているのかしら。


「だけど僕や兄上のお母様は調査の途中で、何者かに毒殺されてしまったんだ」
「そのときのゴタゴタのせいで、調査は行き詰ってしまってね。けっきょく、グリフィス家とグラン共和国の関係も分からずじまいだったのさ」

 悔しそうな顔をする二人を見て、私は胸が締め付けられる思いだった。

 自分も他人のせいで母親を喪っているから、その辛くて悔しい気持ちは痛いほどわかる。


「俺も嫁探しのついでに、いろんな貴族の家を訪れては変装をして探りを入れてたんだがな」
「えっ? アモンさんのあれって、ただのサボりじゃなかったんですか?」

 てっきり婚約者と会いたくないから、逃げて遊んでいただけなのかと。

 私の疑問の声に、アモンさんはその場でガクッとコケそうになっていた。


「そんなに俺って不真面目な奴に見えていたのか……」
「そ、そんなことはないですよ!?」
「まぁ。アカーシャとのおしゃべりは、完全に息抜きだったけどな!」

 はははっと豪快に笑う彼を見て、私は思わずとため息をつく。

 なんなのよ。全部冗談だったのか。本当に心配して損をしたわ!


「……」

 私が呆れていると、アモンさんの後ろから冷たい空気が流れてきた。

 アモンさんは背後を振り返ると、ジークが笑顔のまま青筋を立てているという器用なことをしていた。


「えぇーっと……ジーク? どうしたの??」
「いや、なんでもないよ。ただ、真面目な話の最中に随分と楽しそうだなぁって。でも、気にしないで」
「よ、よし。アカーシャの緊張もほぐれただろうし、続きを話すぞ」

 このままだと怒られると判断したアモンさんは、偽金貨の話に戻すことにしたらしい。どうでもいいけれど、私のせいにしないでくれないかしら。


「こうしてグリフィス家が金貨の偽造に関与、ないしは黙認していたってことは、だ」
「あの家はグラン共和国と繋がっていたのかもしれぬな」

 ゼロムス陛下は重苦しい溜め息を吐きながら、膝の上で組んだ手に額を乗せた。

 自分の国を他国に売るなんて、とんだ重罪よね。


「あの、それならオリヴィアたちをさっさと捕まえればいいんじゃ……?」
 そう口にすると、アモンさんは首を横に振った。
「グリフィス家は第三王妃を輩出しているんだ。そしてオリヴィア嬢は王妃の姪にあたる」
「加えてオリヴィアは聖女候補でな。そしてアモンの婚約者候補筆頭でもある」

 頭が痛いといったようにゼロムス陛下はこめかみを揉んでいる。

 たしかに自分の妻の一人が反逆者の一味だと知ったらそうなるわよね。陛下も心のどこかで、信じたい気持ちもあったのかもしれない。
 だけど王妃まで関わっているとなると、相当厄介な事態のようだ。

 そしてグリフィス家の令嬢であるオリヴィア様も、かなり面倒な立場にいるみたいね。聖女候補として選ばれたということは、彼女の実家であるグリフィス家はかなりの発言権を持っているということだし。

 それに聖女という存在は王家にとっても重要なものだ。聖女の力を使える人間は国に富をもたらすとされ、神に等しい扱いを受ける。

 もちろん、国民のみんなも彼女を信奉するだろう。実際にオリヴィア彼女を王妃に担ぎ上げようとする人たちは、日々増えているみたいだ。


「……ってあれ? それなら余計に変よね。自分の家の者をこれからこの国の王妃に担ぎ上げようとしているのに、国の損害になるようなことをするかしら?」
「うん、そうなんだ。だから彼女たちの目的は、お金を得ることじゃないと思う」

 ジークは私の言葉を引き継ぐように呟きながら、ゆっくりと歩き出した。


「そうなると、考えられる理由はひとつ。偽金貨を市場に流通させることで、金貨が持つ本来の価値を下げること。その結果、想定できるのは……」
「――この国の経済が混乱するってこと?」
「その通り。金貨の価値っていうのは、素材であるきんの希少性が担保されていなきゃいけないんだ。それが根本から失われてしまうと、金貨はただの石ころと同じになる」

 そ、そんなことが起きたら大変なことになるわよ。つまり金貨を持っていれば持っているほど損をすることになっちゃうじゃない。


「だからこそ、造幣を担うグリフィス家は良い隠れ蓑になっておったんだろうな」
「父上の言う通り。それに金貨の価値が完全に下がる前に、別の物を買ってしまえばいい。そうだね、例えば――武器や食料」
「ちょ、ちょっとジーク!? それってまさか……」


「そう。グリフィス家は戦争を起こそうとしているのかもしれない」


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