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第5章 とあるメイドの初恋
第42話 そのメイド、王子の腕に抱かれる。②
しおりを挟む「僕はアカーシャを心から愛している」
「ジーク……?」
「キミが好きなんだ。王都で出逢ったあの日から、ずっと」
ジークは真剣な表情でジッと私の目を見つめている。
「でも、私は……」
私はただのメイド。貴族でもなんでもない。決定的に彼とは釣り合わない。
「お互いの立場を気にしているなら、心配しないで。全てを捨ててでも、僕はアカーシャを必ず幸せにする」
ジークの笑顔が眩し過ぎて、私は彼から目を逸らすことができない。
「嬉しいです……でも、ごめんなさい」
彼の手を放すと、私はその場から逃げようと駆け出そうとする。
だけどジークは私を逃がさない。
すぐに私を捕まえると、そっと頬に手を当て――
「僕は覚悟を決めたから。もう、キミを逃さない」
「んっ……」
言葉とは裏腹な、優しいキスをした。
「私も……ジークのことが好き」
唇が離れた後。震えそうになる声を抑えながら、私は精一杯の勇気を振り絞った。
心臓は高鳴りすぎて爆発してしまいそうだわ。握られている手に汗をかいていないかしらとか、変な顔をしていないかなとか色々心配になってくる。
だけどジークは、そんなことは全く気にならならないみたい。彼はまるで夢を見るような瞳でこちらを見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「嬉しいよ、アカーシャ。僕のお嫁さんになってくれる?」
「――っ!!」
一瞬にして全身の血が沸騰するかのような感覚に襲われ、顔から火が出そうになった。
あぁもう! 恥ずかしくて死んじゃう!! だけど彼のプロポーズの言葉を聞いた途端、さっきまでの悩みや恐怖が全て吹き飛んだ気がした。
答えはもちろん決まっている。
「もちろんです。よろしくお願いします」
「ありがとう! 絶対に幸せにするよ」
「わぷ!」
返事をしたと同時に、ジークの腕の中に閉じ込められてしまった。
そしてそのまま強く抱きしめられる。苦しいけれど、それ以上に喜びの方が大きい。
「ねぇアカーシャ」
「ん?」
腕の中から解放されると、今度は頬に手を添えられて上を向かされる。そして私の視界いっぱいに広がるジークの顔。
「ねぇ……もう一度キスしても、いいかな?」
「……うん」
優しく問いかけられて、私は素直に目を閉じた。
少ししてから唇に触れる温かい感触。二度目の口付けはとても甘くて幸せな味がした。こうして私たち二人は、晴れて恋人同士になった。
「でもただの孤児だった私が、こうして王子様と一緒にお城にいるなんて信じられないわ」
しばらく庭園のベンチで余韻に浸りながら、ジークとの談笑を楽しむ。
今日は天気も良いし暖かいので、ここでお茶会でもできたら最高よね。なんてことを考えていると、急にジークが難しい顔になった。
どうかしたの?と聞くと、彼は言いづらそうにしながらもポツリと呟く。
「僕、アカーシャがどんな生活を送ってきたのか知らなかったと思って」
「そういえば話していなかったかも……」
もう半年ほどの付き合いだけど、自分の過去についてはあまり語っていなかったかもしれない。
だけど今更改めて話すとなると、なんだか照れ臭いというか気まずいわね。
私が苦笑いをしていると、ジークは眉根を寄せて難しい表情のまま俯いた。
「ごめん、僕がもっと早く君のことを知ろうとしていたら良かったんだけど」
「ジークが悪いわけじゃないわ」
あえて言う必要もなかったし、私たちは出会ってまだ間もないのだから。これからゆっくり時間をかけて知っていけば良いと思っていた。だけどジークはそれが不満らしい。
「僕は君のことが知りたいし、それに出来れば一緒に乗り越えていきたかったんだ」
そう言って悲しげな眼差しを向けるジークを見て、胸の奥がきゅっと締め付けられるような痛みを感じた。
彼がそこまで私を大切に思ってくれているとは思ってもいなかったのだ。
「……」
私はそっと立ち上がり、彼の前に回り込むとその手を取る。そして両手でギュッと握りしめ、真っ直ぐに見上げた。
「私だって同じ気持ちよ」
ジークは驚いたように目を見開いた後、嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
その表情を見ただけで、今まで抱えていた不安が嘘のように消えていった。
「じゃあ、お互いに話し合うってことでどう?」
「いいけど、私の話は面白くないわよ?」
「それでも僕はアカーシャのことを沢山知りたいんだ」
ジークは子供のような無邪気な笑みを浮かべる。
こういうところは本当に可愛いと思うのよね。普段は格好良く見えるのに不思議だわ。
そうして私達は時間を忘れて、沢山の話をした。
家族の事、故郷の村の事、学校であったこと。他にも色々なことを話したけど、ジークは私の話を真剣な表情で聞いてくれた。
「そういうわけで私はサクラお母さんと孤児院の家族を命を奪った女狐を許さないし、復讐したいと思っているの」
話が一段落ついたところで、私は一番伝えたかったことを彼に告げた。
あの時の光景を思い出す度に怒りが湧き上がる。そして何より悔しくて堪らない。どうして家族の命を奪われなければならなかったのか。どうして誰も助けてくれなかったのか。
もしこの世に神様がいるとしたら、絶対に恨んでやるわ。
「だから私は全然良い女なんかじゃないの。もしこの話を聞いて、ジークが私に幻滅しても仕方ないわ」
自分で言っていて悲しくなってきた。思わず涙が出そうになるのを必死に耐えて唇を強く噛み締める。
だけど次の瞬間、身体を引き寄せられ強く抱きしめられた。驚いて見上げると、そこには優しい微笑みをたたえる彼の姿があった。そして耳元で囁かれる言葉。
「アカーシャは素敵な女性だよ」
「えっ……」
「僕の大好きな人だ」
突然の言葉に思考回路が完全に停止する。
だけどすぐに理解できて顔中に熱が集まり始めた。きっと今の私は茹でダコみたいに真っ赤になっているに違いない。
恥ずかしすぎて彼の胸に額を押し当てると、トクントクンという心臓の音が直接聞こえてきた。
(なんだか落ち着く……)
その心地良さに身を委ねるように瞳を閉じる。こんなにも穏やかな気分になったのは久々かもしれない。ずっとこのままで居たいと思えるほど幸せを感じていた。
いつの間にか彼の腕の中で泣いていた私は、落ち着くまで頭を撫でてもらい続けたのだった――。
「でもこうして今はジークと出逢えたし、メイド学校にも通うこともできた。もしかしたらこの幸運の金貨のおかげかもしれないわ」
私は胸元にある金貨をあしらったネックレスを握りしめた。
「それってお婆様のブローチ作りの時に作っていたもの?」
「そうよ。私とサクラお母さんを嵌めた女が渡した偽金貨を使ったの」
私があの女狐への復讐を忘れないために、ずっと手放さなかった偽金貨だ。最初こそ恨みしかなかったけれど、今ではこの硬貨は私に幸運をもたらしてくれている気がする。
ジークは私の首にかかるネックレスを手に取りじっと見つめた後、そっと手を伸ばした。
すると不思議なことに金貨の模様が浮かび上がり、光を放ったように見えた。
「え……? どうして?」
私が困惑している間も輝き続ける模様。その様子を見ていたジークが剣呑な表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「アカーシャ。もしかしたら君の仇が誰か分かったかもしれない」
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