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第5章 とあるメイドの初恋
第40話 そのメイド、王子の腕に抱かれる。①
しおりを挟む「どうしてアモンさんがここに!?」
謁見の間に突如現れた彼の姿を見て、私は目を丸くする。しかも私の聞き間違いでなければ、アモンさんは目の前にいる国王陛下のことを『父上』と言っていた。
冷や汗を垂らしながら隣にいるジークに視線を移すと、彼は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「あ、あの……アモン様?」
「ん? なんだアカーシャ、急に様付けなんてして」
「あ、貴方様はもしかして、もしかしなくとも……未来の国王様だったり?」
私の言葉を聞いて、アモン様の眉間にシワが寄る。
あっ、やっぱりそうなのね。ていうかこれ、相当マズいんじゃないの!?
今までしでかしてきた無礼の数々が走馬灯のように蘇ってきた私は、思わずその場で土下座をした。
(やばいやばいやばい!! どうしよう!!! 私、王子様に向かっておサボり騎士とか失礼なことを言っちゃった!? メイド学校を退学? ううん、それだけじゃ済まないかも……!!)
せっかく苦労して念願のメイドになれそうだったのに……。
絶望感に打ち拉がれ、遂には犬の服従のポーズをしていると、頭上からアモンさんの楽しげな声が聞こえてきた。
「ククッ……あはははっ」
「――え?」
恐る恐る顔をあげると、そこには満面の笑みを浮かべているアモンさんの姿がある。
……あれ? 怒ってはいないのかしら? 私はキョトンとした表情のまま彼を見つめていると、アモンさんがニヤリと口角を上げた。そして突然、私の身体が宙に浮く。
「えっ、ちょっ!? きゃああぁぁぁーー!!」
「おい暴れるなって。淑女が床に這いつくばるもんじゃないぜ」
一体何が起きたのかと慌てる暇もなく、気付くと私はアモンさんの腕の中にいた。ただしお姫様抱っこというよりも、これは釣り上げられたばかりの大魚みたいな恰好になっている。
「ぷっ……ドレスも相まって、人魚みたいだね」
「ジーク!? 貴方も笑っていないで、私のことを助けてよ!!」
「ふふっ、ごめん。でも国王陛下の前でこんなことをするなんて、あまりにもおかしすぎて……ふふふっ」
「なっ……!?」
アモンさんと私のやり取りを見て、堪えきれないと笑いだすジーク。その笑顔はとても綺麗で可愛くて……。不覚にもドキッとしてしまった自分が恥ずかしい。
「これ、アモン。そろそろ彼女を下ろしてあげなさい。女性を辱めるなんて紳士失格だよ」
「おっと、失礼。立てますか、アカーシャ嬢?」
「……この恨み、死んでも忘れませんからね」
ようやく床に足をつくことができた私は、恨みがましい目でアモンさんを睨みつけた。
そして陛下? 笑いを堪えているせいで口元がヒクついているのがバレバレですよ??
「あはは、やっぱりキミは今の調子の方が似合っているよ。ま、これで無礼はおあいこってことで。俺のことは今まで通りに接してくれると嬉しいな」
アモンさんは爽やかな笑顔を浮かべると、私に向かって手を差し出してくる。確かにさっきまでの態度はあまりにも失礼過ぎたものね。仕方がないから許して差し上げましょう。
そんなことを考えながら手を握り返すと、アモンさんはありがとうと言って微笑んだ。
……あれ? もしかしてアモンさん、私のヤラカシを帳消しにするためにこんな茶番をしてくれたのかしら? だとしたら意外といい人なのかも。
「油断しないでよ、アカーシャ。アモン兄上はこう見えて、かなり意地の悪い策士なんだから」
私の考えを見透かしたかのように、ジークは呆れたように溜息を吐き捨てた。するとアモンさんは不服そうに頬を膨らませる。
えっ、嘘でしょう!? だってあんなに優しそうな顔をしていたのに。
アモンさんに対する評価を180度回転させた私が疑いの目を向けると、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「おいおい、酷い言い方はよせよジーク」
「そもそも今のだって、兄上が最初から王子だって明かしておけば、アカーシャだって勘違いしなかったんだし。だから兄上が全部悪い」
「うむ。たしかにそれはアモンが悪いな」
「ちょっ、二人とも俺の味方じゃないのかよ!?」
ジークの言葉に国王陛下も同意したことで、アモンさんは悲痛の声を上げる。その姿からは先程までの王子らしい威厳は一切感じられなかった。
「ふふ。みなさん、仲がとても良いのですね」
私は改めて彼らの優しさに感謝しながら、言い争いを続ける三人の姿を見つめていた。
「さて、アモンのせいで話が途中だったな。ジークとアカーシャ嬢の婚約についてなのだが」
「こ、婚約っ!?」
アモンさんの登場で緊張が解けたところで、陛下から再び不穏な言葉が飛び出した。というより、そろそろ私もこの状況を何となく察してしまった。
(もしかして、ジークは私のことが好きだったり……?)
だから陛下は婚約なんて言い出したのよね?
さっきは私のことを将来の娘なんて言っていたし、ここ最近のジークの様子を見る限りそうとしか思えない。私が王城に呼び出されたのも、それに関係しているんじゃないかしら。
……だけどちょっと待って欲しい。
(私、本人から告白されていないんですけど??)
思わず固まってしまっていると、何かを察した陛下が申し訳なさそうに頭を掻いた。そしてそのままジークの方へと視線を移す。
「――ジーク。お主まさか、アカーシャ嬢に想いを伝えていないのではあるまいな?」
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