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第5章 とあるメイドの初恋
第38話 そのメイド、招待される。
しおりを挟む「――私が王城に? ど、どうしてですか??」
ある日突然、私が在籍するキーパーメイド学校の寮に王城からの使者がやってきた。用件を訊ねると、なんでもこの国の王子が家に招待したいそうだ。最初は何かの間違いだと思って、もう一度使者の方に人違いじゃないのかと伝えたけれど、まったく聞き入れてもらえなかった。どうやら間違いではないようだ。
「ジークハルト様はメイド学校のアカーシャ様と仰っておりましたので」
「……ん? ジークハルト様って、ジークのことですか?」
「はい、そうなります」
「えぇ……。それじゃあ家って王城のこと!?」
こちとら根っからのド平民である。そんな私がどうして尊き血筋が住まう場所に行かなくちゃならないのだ。
そもそも私は貴族向けの対応しか学んでいないから、王族に対するマナーなんて全く知らない。もし何か粗相をしてしまったら……うぅ、想像しただけで胃が痛くなりそう。
「あの、何か失礼があっては申し訳がないので……」
使者の方々に全力でお断りをしようと口を開く。だけどそんな私を阻む人物が現れた。
「ちょっとお待ちになって、アカーシャさん」
「ルーシー?」
「失礼。ちょっとお耳を拝借しますわよ」
「え? え??」
たまたま隣で会話を聞いていたルームメイトのルーシーが、私の耳元に顔を寄せてきた。そして周りに聞こえないように小さな声で囁いてくる。
「なぜ断るんですの!」
「えぇ……?」
「はぁ。アカーシャさんは賢いはずなのに、どうしてこういう時に限って鈍いのでしょう」
ルーシー曰く、これはチャンスなのだと。
私達のような庶民にとって、国王陛下とお近づきになるチャンスなど一生に一度もないだろう。だからこそ、ここでしっかりと気に入られれば将来安泰間違いなし。
むしろこんな幸運を逃す手はない、ということだった。そして彼女は更にこう付け加えた。
――この機会を使って、ジーク様のハートを射止めなさい!と。
「ど、どうして私がジークを!!」
「いい加減認めたらどうなんですの? 外野の私が見ても一目瞭然だっていうのに、本人が一番鈍いって控えめに言ってウザいですわよ」
「ウザっ!? そんな、私は別に……」
反論しようとするものの、確かに思い当たる節がありすぎて言葉に詰まってしまう。
最近、私は彼に対して変な態度を取ってばかりいる。彼の前だと素直になれない。緊張して上手く喋れない。目が合うだけで心臓がドキドキする。
でも、これが恋心なのかなんて分からない。だって、初恋の経験すらないんだもの。だけどもし本当に、私が彼に恋をしているのなら――。
「(――嬉しい)」
胸が暖かくなって、幸せな気持ちになれる。復讐を糧に生きてきた私にとって、なんだかそれはとても素敵なことに思えた。
それにもし今回の誘いを断ってしまったら、もう二度と彼と会えない可能性もある。何せ相手は一国の王子様だ。公爵家の実習が終わってしまえば、次にいつ逢えるかなんて分からない。
もちろん、ジークと交際したいだなんて思っていない。さすがの私でも立場の違いぐらいは分かっている。
「(でもこの想いを告げずにサヨナラなんて、あまりにも悲しすぎるわ)」
一度自覚すると欲が湧いてくるもので、せっかくのこの感情を無駄にしたくないと思った。それにサクラお母さんの時みたいに、何も言えずに後悔するのは絶対に嫌。
……ならば答えは一つしかないわよね。
「分かりました。王城へ参ります」
「本当ですか!?」
「はい! ぜひ行かせてください!」
「ありがとうございます! それでは一週間後にまたお迎えに上がりますので」
こうして私は、人生初の王城訪問が決定した。
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