孤児メイドの下剋上。偽聖女に全てを奪われましたが、女嫌いの王子様に溺愛されまして。

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第4章 とあるメイドと王家の波乱

第33話 そのメイド、知らないうちに王子を振る。

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「――すまない。今日はメイドのアカーシャは不在なのか?」

 屋敷の玄関を見渡してもアカーシャの姿はない。代わりに新顔とみられる青髪のメイドが立っていたので、彼女に事情を尋ねてみることにした。

 出逢った頃、アカーシャはこの家で週に二度ほど働いていると言っていた。俺の記憶違いでなければ、今日はいるはずの曜日だった。もしかしたら風邪でもひいたのだろうか。なら見舞いの品でも用意させて、様子を見に行かなくては――。


「あら、貴方がアカーシャさんが言っていた不真面目な騎士様ですか?」
「……俺のことを知っているのか」
「えぇ。彼女からお話は度々伺っておりますわ。なにより私とアカーシャさんは唯一無二の親友であり、掛け替えのない相棒ですので」

 ルーシーと名乗った彼女は何故か頬を赤らめながら、聞いてもいないのにアカーシャについて熱く語り始めた。何となく話が長くなりそうなので、俺たちはアカーシャといつも話し込んでいる花壇脇のベンチに移動することにした。


「ふむ。キミがアカーシャの友人だというのはよく分かった」
「ふふふ。それは良かったですわ」

 満足そうに微笑むルーシーの顔はまるで、恋する乙女のようだった。恐ろしいな、アカーシャは女性すらも魅了するのか……。だが、おかげで俺の知らない普段のアカーシャについて色々と知ることができた。


「話は変わるが、キミの顔をどこかで見たような……」

 アカーシャといつも話し込んでいる花壇脇のベンチに座りながら、俺はルーシーの顔を覗いた。
 まだ知り合ったばかりだが、俺はルーシーの姿にどこか既視感を覚えていた。さり気ない仕草からは上級貴族特有のオーラが出ているし、どこかのパーティで会ったことがあるのかもしれない。特に透き通るような美しいアイスブルーの髪は一度見たら忘れなさそうだ。


「……没落した家の娘を覚えているだなんて、殿は優れた記憶力の持ち主ですわね」
「ちょっと待て。殿下って……キミは俺の正体に気付いていたのか!?」
「えぇ。なぜ騎士の恰好をしているかは存じませんが、所作のひとつひとつがまったく騎士らしくありませんもの。中に入っていった御方は影武者ですわね?」
「まさかそれだけで俺が王子だと分かるなんて……」
「一度染み付いた所作を矯正するのは難しいんですのよ? それに女の直感を侮っていただいては困りますわ」

 直感だって!? たったそれだけで俺の正体がバレるなんて信じられない。まさかイクシオンの令嬢も本当は気付いているのか!?


「――というのもアカーシャさんから聞いた話を推察して、冗談半分で言ってみただけなのですけれどね」
「つまり、俺をハメたのか」
「あら、酷い言い方。初対面のわたくしを悪女みたいにおっしゃらないでください」

 実際にアカーシャさんは殿下の正体に全く気付いていない様子ですし、と補足しながらルーシーは口元を押さえて上品に笑う。アカーシャにバレていないことにホッとする一方で、ルーシーが聡明で観察眼に優れているということはよく分かった。まったく、侮れない女性だ。


「それで、そのアカーシャはどうしたんだ?」

 警戒心をやや高めながら、あらためて彼女が不在の理由を訊いた。


「彼女は今日、シルヴァリア公爵の家へ行っておりますわ」
「シルヴァリア家だって!? 何の用で彼女が公爵家へ……もしや実習地の一つなのか?」

 予想外の名前が出てきたせいで、つい素っ頓狂な声が出てしまった。
 シルヴァリア公爵家と言えば、ジークの祖母が当主を務めている家だ。アカーシャが他の貴族家でも実習をしているとは聞いてはいたが、まさかジークに由縁のある家に通っていたとは思いもよらなかった。


「なんでも、シルヴァリア閣下のお誕生日会があるとか何とか。屋敷で仲の良くなった殿方と一緒にお祝いをするって言っていましたわ」
「――ちょっと待て。その殿方とは……」
「間違いなくジークハルト殿下でしょうね」

 キッパリと告げられたセリフを訊いて、俺は思わず頭を抱えそうになる。

 そういえば最近、ジークの様子が変だと聞いていた。それは決して悪い方向ではなく、内向的で口数の少ないアイツが笑顔を良く見せるようになったと城内で評判になっていたのだ。
 中には氷の王子様が遂に恋をした、なんて囁く者までいたが……。


「ジークアカーシャに惚れていたのか……」

 まさか兄弟揃って同じ女性に好意を寄せていたとは。だが驚くと同時に、何故か納得もしてしまった。昔から俺たちは母のように明るく朗らかで、気を遣わずに傍にいることができる女性が好きだったから。

 だが――。


「アカーシャはジークを愛している。……そうなのだな?」

 彼女がここに居らず、ジークの元にいる。たったそれだけの事実なのだが、俺は何となくそう感じてしまった。


「さて、それはどうでしょうか。わたくしが思うに、アカーシャさんはまだ恋心なんてものは自覚していないように見えますが」
「だがあの二人はこうして……いや、すまない。こんな経験は初めてで、どう言葉にしたらいいのか分からないんだ」

 考えが上手くまとまらず、頭の中で色んな事がグルグルと渦巻いている。情けないことに、初対面であるはずのルーシーの前でうろたえてしまっていた。突然目の前で王子がこんな醜態をさらしていたら彼女も迷惑だろう。


わたくしでよければ、いくらでも話を聞きますわよ?」
「キミが……?」

 俯く俺の膝に、温かな手がそっと置かれた。隣を見上げると、ルーシーは慈愛に満ちた笑顔で俺の顔を見つめている。


「苦しい時は泣いたっていいし、怒ったって良いと思いますわよ? たとえ王子であろうと王様であろうと、結局は一人の人間なんですもの」
「……ふっ、良い言葉だな」
「ふふっ。今のは全て、アカーシャさんの受け売りなんですけれどね?」
「はは、なるほど。それは納得だ」

 アカーシャは良くも悪くも人に強い影響力を与えている。おそらく、俺と同じようにジークも彼女のおかげで大きく変わったのだろう。そして目の前にいる彼女も。


「すまないが、もう少しだけ話に付き合ってくれないか?」
「もちろん。わたくしもまだまだ話し足りませんもの」

 ルーシーはアカーシャとは違うタイプの女性だが、彼女との会話は不思議と楽しく――そして初めての失恋で痛む俺の心を癒してくれた。


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