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第4章 とあるメイドと王家の波乱
第32話 そのメイド、不在につき。
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~アモン王子視点~
俺はこの国の第一王子として生まれてから20年もの間、王になるための努力を日々重ねてきた。政治から法律、農業や商売。ありとあらゆる分野を学び、知識として身に着けた。
すべては我が国に住む民たちのため。飢えを少しでもなくし、生活をより豊かにする。決して冠を被って玉座で威張り散らすためなんかじゃない。
――だけど王となる道は、決して楽なモンじゃなかった。敬愛する父である現王の背中にどうにか追いつきたいと思っても、未熟な自分には足りないものがあまりにも多すぎた。だから普段はヘラヘラと気楽な王子様を演じつつも、裏では血の滲むような努力を続けてきた。
中には俺の表面だけを見て、ただのボンクラ王子だと思っている貴族もいる。だがそういう奴は勘違いさせておけばいい。だって次代の王たるものが臣民の前で涙を流すなんて、ちょっとカッコ悪いだろ?
それに他の王候補である弟二人は俺と違って……なんていうか、無愛想だったり変人だったりする。親しみやすい王子様というイメージの方が、官僚連中とやり取りがしやすい場合も多いしな。
「――なぁ、アモンよ」
「なんでしょうか、陛下」
「お前はもう20歳だろう。何だかんだ理由を付けて結婚の時期を引き延ばしてきたが、そろそろ婚約者は決まったのか?」
ある日の夜。俺は父上から執務室へ呼び出された。
いつもよりも疲れた表情を浮かべる父上は言葉こそ優し気だが、瞳には有無を言わせぬ威圧感が込められていた。あー、これはマズいな。いつもみたいに適当に流すのは難しそうだ。
「……お言葉ですが、陛下。貴方の跡を継ぐ者として、俺には足りない物が多すぎます。今の俺が妻を娶ったところで、制御できる自信がありません」
王家や貴族というのは決して華々しいだけの世界じゃない。
利権やより上の立場を少しでも得ようと、他の者を平気で蹴落とす奴らの集まりだ。事前にしっかりと地固めをしておかないと、王子であろうとも簡単に傀儡にされてしまう。
もはや呪われた血が流れていると言ってもいいだろう。それが俺にも流れていると考えると反吐が出そうだが。
「王候補としての自覚があるのは余も好ましいと思う。だが慎重すぎて弱腰になってしまっては、むしろ決断力に乏しいと思われても仕方がないぞ?」
「それは……」
「早々に騎士団に入り、次々と成果を出しているジークハルトを王に。そんな声も出ておる。お前が懸念することも尤もだが、同時に逆効果でもある」
父上は執務室の壁にかけられた肖像画へ視線を移す。そこには父上と俺の母上たち、そして三人の男児が描かれていた。つまり王としての立場だけではなく、家族として俺を心配してくれているのだろう。家族で争うのを見たくないだけかもしれないが――正直、俺はジークが王でも良いと思っている。
流麗な剣技を見せる銀髪の男の姿が頭に浮かぶ。アイツは正義感も強いし、俺と違って決断力にあふれている。言葉こそあまり発しないが、代わりに行動で示すタイプだ。兵たちがジークを慕うのもうなずける。
「まぁ相変わらずあやつは王座に興味が無さそうだがな。だが何がキッカケとなるかは分からんぞ?」
「それは俺も分かっております。婚約者の件も、本年度中には」
「そうか。余も早く孫の顔を見たい。期待しておるぞ」
用件はそれだけだったらしく退室して良いと言われ、頭を下げてから部屋を出た。
自分の部屋に戻る道すがら、俺は父上との会話を思い返して沈んだ気分になっていた。
「――はぁ。父上も母上を喪ったことで、相当な人間不信になっておられるな。そのうち自分の子供すら信じられないとか言い出しそうだ」
俺とジークの母上は何者かによって殺された。世間では、俺とジークのどちらを次の王にするかという後継者争いによる暗殺だと思われている。だが俺はそれを信じてなんかいない。何故ならば、俺とジークたちの母子は家族として互いに愛していたからだ。俺の母上も、ジークの母上も、心の底から俺たちに愛情を向けてくれていた。
だからといって、あの暗殺事件の真相は未だに究明できていない。真犯人は中々に慎重な奴のようで、ちっとも尻尾を出さないのだ。王子である俺の立場を最大限まで利用しても正体を掴めないとなると、かなりの大物であることは確かなのだが――。
それでも俺はなんとしてでも真犯人を探し出し、決着をつけたい。結婚なんて二の次だ。そもそも後宮で起きた闇を放っておけば、後に大きな問題になる――そんな予感がヒシヒシとする。幸か不幸か、俺の直感は良く当たってしまう。
「あー、嫌だ嫌だ。暗いことばっかり考えていたら、心から老けちまいそうだ」
眉間に寄ったシワを指でほぐしながら、気分を変えようと明るいことを考える。楽しかったこと、嬉しかったこと――少し前までなら、母上たちが生きていた頃を思い出していただろう。
だが俺の脳裏をよぎったのは、とある変わったメイドの笑顔だった。
その翌日。
俺の足は自然と婚約者候補であるイクシオン侯爵の家へと向かっていた。
いつものように従者を俺の影武者にして、馬車に揺られていく。だが目的はイクシオンの令嬢ではなく、アカーシャなのは明らかだった。とにかく彼女に会いたい。会って他愛もない話をして癒されたい。
しかし屋敷に着いた俺を迎えたのは、アカーシャではない別のメイドだった。
俺はこの国の第一王子として生まれてから20年もの間、王になるための努力を日々重ねてきた。政治から法律、農業や商売。ありとあらゆる分野を学び、知識として身に着けた。
すべては我が国に住む民たちのため。飢えを少しでもなくし、生活をより豊かにする。決して冠を被って玉座で威張り散らすためなんかじゃない。
――だけど王となる道は、決して楽なモンじゃなかった。敬愛する父である現王の背中にどうにか追いつきたいと思っても、未熟な自分には足りないものがあまりにも多すぎた。だから普段はヘラヘラと気楽な王子様を演じつつも、裏では血の滲むような努力を続けてきた。
中には俺の表面だけを見て、ただのボンクラ王子だと思っている貴族もいる。だがそういう奴は勘違いさせておけばいい。だって次代の王たるものが臣民の前で涙を流すなんて、ちょっとカッコ悪いだろ?
それに他の王候補である弟二人は俺と違って……なんていうか、無愛想だったり変人だったりする。親しみやすい王子様というイメージの方が、官僚連中とやり取りがしやすい場合も多いしな。
「――なぁ、アモンよ」
「なんでしょうか、陛下」
「お前はもう20歳だろう。何だかんだ理由を付けて結婚の時期を引き延ばしてきたが、そろそろ婚約者は決まったのか?」
ある日の夜。俺は父上から執務室へ呼び出された。
いつもよりも疲れた表情を浮かべる父上は言葉こそ優し気だが、瞳には有無を言わせぬ威圧感が込められていた。あー、これはマズいな。いつもみたいに適当に流すのは難しそうだ。
「……お言葉ですが、陛下。貴方の跡を継ぐ者として、俺には足りない物が多すぎます。今の俺が妻を娶ったところで、制御できる自信がありません」
王家や貴族というのは決して華々しいだけの世界じゃない。
利権やより上の立場を少しでも得ようと、他の者を平気で蹴落とす奴らの集まりだ。事前にしっかりと地固めをしておかないと、王子であろうとも簡単に傀儡にされてしまう。
もはや呪われた血が流れていると言ってもいいだろう。それが俺にも流れていると考えると反吐が出そうだが。
「王候補としての自覚があるのは余も好ましいと思う。だが慎重すぎて弱腰になってしまっては、むしろ決断力に乏しいと思われても仕方がないぞ?」
「それは……」
「早々に騎士団に入り、次々と成果を出しているジークハルトを王に。そんな声も出ておる。お前が懸念することも尤もだが、同時に逆効果でもある」
父上は執務室の壁にかけられた肖像画へ視線を移す。そこには父上と俺の母上たち、そして三人の男児が描かれていた。つまり王としての立場だけではなく、家族として俺を心配してくれているのだろう。家族で争うのを見たくないだけかもしれないが――正直、俺はジークが王でも良いと思っている。
流麗な剣技を見せる銀髪の男の姿が頭に浮かぶ。アイツは正義感も強いし、俺と違って決断力にあふれている。言葉こそあまり発しないが、代わりに行動で示すタイプだ。兵たちがジークを慕うのもうなずける。
「まぁ相変わらずあやつは王座に興味が無さそうだがな。だが何がキッカケとなるかは分からんぞ?」
「それは俺も分かっております。婚約者の件も、本年度中には」
「そうか。余も早く孫の顔を見たい。期待しておるぞ」
用件はそれだけだったらしく退室して良いと言われ、頭を下げてから部屋を出た。
自分の部屋に戻る道すがら、俺は父上との会話を思い返して沈んだ気分になっていた。
「――はぁ。父上も母上を喪ったことで、相当な人間不信になっておられるな。そのうち自分の子供すら信じられないとか言い出しそうだ」
俺とジークの母上は何者かによって殺された。世間では、俺とジークのどちらを次の王にするかという後継者争いによる暗殺だと思われている。だが俺はそれを信じてなんかいない。何故ならば、俺とジークたちの母子は家族として互いに愛していたからだ。俺の母上も、ジークの母上も、心の底から俺たちに愛情を向けてくれていた。
だからといって、あの暗殺事件の真相は未だに究明できていない。真犯人は中々に慎重な奴のようで、ちっとも尻尾を出さないのだ。王子である俺の立場を最大限まで利用しても正体を掴めないとなると、かなりの大物であることは確かなのだが――。
それでも俺はなんとしてでも真犯人を探し出し、決着をつけたい。結婚なんて二の次だ。そもそも後宮で起きた闇を放っておけば、後に大きな問題になる――そんな予感がヒシヒシとする。幸か不幸か、俺の直感は良く当たってしまう。
「あー、嫌だ嫌だ。暗いことばっかり考えていたら、心から老けちまいそうだ」
眉間に寄ったシワを指でほぐしながら、気分を変えようと明るいことを考える。楽しかったこと、嬉しかったこと――少し前までなら、母上たちが生きていた頃を思い出していただろう。
だが俺の脳裏をよぎったのは、とある変わったメイドの笑顔だった。
その翌日。
俺の足は自然と婚約者候補であるイクシオン侯爵の家へと向かっていた。
いつものように従者を俺の影武者にして、馬車に揺られていく。だが目的はイクシオンの令嬢ではなく、アカーシャなのは明らかだった。とにかく彼女に会いたい。会って他愛もない話をして癒されたい。
しかし屋敷に着いた俺を迎えたのは、アカーシャではない別のメイドだった。
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