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第3章 とあるメイドと王子様
第26話 そのメイド、こき使われる。
しおりを挟む「だから私は不審者なんかじゃないって、何度も言ったじゃないですかぁ……」
涙目になりながら頭を押さえてそう言うと、御婆さんは私を叩いていた杖をようやくおさめてくれた。
「ふん。勝手に他人の家に入ってくる方が悪い」
「いや、ノックは何度もしたんですけど……」
した。私は何度も玄関のドアノックを叩いた。そりゃあもう、バンバンと。
「この家にはあたしゃ居ないからね。年のせいで、耳が遠いんだよ」
「こっちは本気で心配したのに、このクソババア……(小声)」
「誰がババアだって!? この小娘が!」
「いっ、痛いです! 冗談ですから、杖で叩くのは止めてくださいってば!!」
嘘つき……やっぱり聞こえてるじゃないの……。
それにこの人、めっちゃ元気だ。腰の折れたちんまい御婆さんなのに、力が物凄く強い。
……って、あれ?
「この家に一人しかいないって、まさか……」
良く見ればこの御婆さん。一般市民みたいな質素な服ではなく、見るからに上等な質の服を着ている。煌びやかな宝石類は身に着けてはいないけれど、高貴なオーラが漂っていた。
「あたしがこの家の主だよ」
「ってことは、シルヴァリア公爵閣下!?」
「その呼び名は嫌いだよ。エミリー様とお呼び」
ほ、本当にこの人が公爵様だったの!?
ていうか私、とんでもないことを口走っちゃったじゃない!?
どうしよう。メイド学校を退学にされちゃったりするのかな!?
いや、貴族で一番トップの公爵様を怒らせたりなんかしちゃったんだ。捕まって牢屋行き、最悪は打ち首にされちゃうんじゃないの!?
「まぁ、アンタがあの子が言っていたメイド見習いだってのは分かったよ」
「それは……良かったです……」
「随分と生意気な小娘だってのもね」
「も、申し訳ありませんでした……」
はぁ、と溜め息を吐いたシルヴァリア公爵あらため、エミリー様。
良かった。どうやら私を殺したいほど怒っているわけじゃないみたい。
っていうかあの子って誰? キーパー理事長のこと? あの人とは同い年ぐらいらしいけれど、そんなに仲の良いご友人なのかしら。
「だけどあたしゃ一人でも生きていけるんだ。だから、ただのメイドは要らないよ」
「うっ……でも実務実習ができないと、私も困るんです!」
実習をクリアしないと、こっちは路頭に困るのだ。
許しを請うために、ペコペコと必死に頭を下げる。
「そんなこと、あたしにゃ関係無いさね」
「そ、そんなぁ!?」
「だけど、一度は引き受けちまったのは仕方がない。ここでアンタを追い返しちゃ、あたしが後で怒られちまうからね」
えっ!? それじゃあ……。
エミリー様は杖で床をコンコンと叩きながら、意地の悪い笑みを浮かべた。
「精々こき使ってやるから、覚悟するんだね」
「ひ、ひゃい……」
◇
そうしてその日から、シルヴァリア公爵家でのメイド実習が始まった……のは良いのだけれど。
~朝9時、業務開始~
「ほら、早く水を汲んできな! これじゃお茶も入れられないじゃないか!」
「はい!!」
「その後は薪割りだよ!」
「えぇ!?」
~業務開始1時間後~
「取り合えず、全部の部屋の掃除をしてもらおうかね」
「ぜっ、全部!? あの、部屋の間取り図なんかは……」
「あると思うかい?」
「……頑張ってメモして覚えます」
~業務開始3時間後~
「もう昼食の時間じゃないか。主人を腹ペコで殺す気かい?」
「えぇ? それも私が作るんですか」
「もう音を上げるのかい? やっぱり最近の小娘は、根性がないねぇ」
「やっ、やります!! けど……あの、御貴族様が食べるような食事なんて、私には作れないんですけど……」
「別にアンタにコース料理なんて期待なんかしちゃいないよ。ただもし、あたしが腹でも壊したりなんかしたら……あとは分かるね?」
「ひゃい……」
~お昼~
「まぁ見た目はともかく、味は良いだろう。ただ普通の貴族家だったら、即クビだろうけどね」
「ありがとうございます……? すみません、ミートボールなんか作って」
「別にモノは何でも構わないさね。夜もこんな感じで頼んだよ」
ひき肉を固めて作った私特製ミートボールをフォークで華麗に口へと運びながら、エミリー様はさも当然のように言った。
夜も私が作るんですか。たしかに文句は言われなかったから良かったけれど。平民の私が作れるレシピなんて、高が知れているのに。
「うぅ、プレッシャーがすごいよぅ」
正直、やりたくない。だけど、無理とは言えない。
私は分かりましたと言いながら、ガックリと頭を下げた。
「それより、何をボサっとしているんだい」
「え?」
自分の席であろうテーブルの上座についていたエミリー様が突然、私を叱りつけた。
「席はたくさん空いているだろう。アンタもさっさと喰っちまいな」
エミリー様は食堂の中をぐるっと見渡した。たしかにこの部屋にあるテーブルには、他にも数名座れるほどの席があった。
「メイドが主と食事なんてして、良いんですか!?」
「あたしゃ忙しいんだよ。食事が終わったら、庭の整備だ。しきたりなんて気にしてる暇なんて無いよ!」
ソ、ソウデスカ……。
~夜6時、業務終了時間~
「はぁ……つ、疲れた……今までの、どの家よりもハードだった……」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、私は玄関の床にベッタリと尻餅をついてしまう。
結局、庭木の剪定や落ち葉の掃除などをやる羽目になり。私の足腰はボロボロになり果てていた。
ねぇ、これって本当にメイドの仕事なの?
ある程度のメイド業については学校でも学んではきたけれど、ここまで多様な雑務をやることになるとは思ってもみなかった。
「ていうか、今までこの家の整備ってどうしていたんだろう」
今の私のように、派遣で仕事をしている人がいるのかとも思ったのだけれど。エミリー様が最初に言った通り、誰かが出入りしている様子はなかった。
「掃除用具や備品とかの場所はすべて、エミリー様が知っていたし。本当に独りでこの家で過ごしていたんだろうけど……何者なのよ、あの人」
その張本人であるエミリー様は疲れたとか言いながらも、一人で花壇の水やりを続けていた。
花壇だけは私には手を付けさせたくないらしく、おかげで私はこうして屋敷の玄関で一休みすることができているのだけれど。
正直言って、エミリー様は異常だ。若者の私よりも、よっぽど体力がある。
「こんな調子で、週に二度も実習ができるのかしら……」
私は今、七日ある一週間のうち、三か所の貴族家で実習している。各貴族家を二日ずつだ。つまり、今週はもう一度来なければならない。
今日だけでヘトヘト。それに他の家の実習もある。それらを考えると、思わず私はその場で頭を抱えてしまった。
「……? エミリー様、もう花壇の世話は終わりですか?」
私が絶望に染まっていると、床に一人分の影が差した。
――だけどおかしいな。エミリー様のものよりも、ずっと長い。
「あはは、やっぱりこうなっていたか」
「え?」
顔を上げると、思わず驚きの声を上げてしまった。
「やぁ、アカーシャ。キミとの再会を楽しみにしていたよ」
そこにはなんと、王都の花屋で出遭った騎士のジーク様が立っていた。
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