孤児メイドの下剋上。偽聖女に全てを奪われましたが、女嫌いの王子様に溺愛されまして。

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第1章 とあるメイドの旅立ち

第1話 そのメイド、復讐を誓う。

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 親のいない私にとって、この孤児院こそがすべてだった。

 壁や天井は穴だらけ。食事も満足に摂れず、鼻水垂れた子供たちと一緒に寒さに耐える日々。

 だけど私たちは院長のサクラお母さんが居てくれるだけで、毎日が楽しく……そして幸せだった。

 ――私がサクラお母さんを死なせてしまうまでは。


「アカーシャ、この袋に入った金貨……いったいどうしたの?」

 キッチンで夕飯の支度をしていたお母さんは、顔を青褪めさせながら私にそう訊ねた。

 一方の私は、庭で摘んだクローバーの花を片手に持ちながら、自慢げに説明する。


「すっごいでしょ!? あのね、それはお庭でみんなと遊んでいたら「アカーシャ!! この贋金は誰が渡したの!!」――えっ?」

 いつも優しい母の、見たこともない憤怒の形相。

 私はただ、お母さんに褒めてもらおうと思ったのに。


 怒られた理由が分からず、私の目に涙が溜まり始める。

 でもお母さんが怒るってことは、私がいけないことをしてしまったということ。

 それだけは馬鹿な私でも理解することができた。

 勝手に溢れ出る雫を両目からポロポロと流しながら、さっきあった出来事を正直に話すことにした。


「お庭でお花を摘んでいたら、とても綺麗なお姉さんがやって来たの。話を聞きたいっていうから、みんなでいろんな話を……私は少し料理のお話をしたら、ご褒美にお金をくれるって……それでお母さんを喜ばせてあげてって……」

 その日の私は、聖女を名乗る少女と出逢っていた。

 見た目はとっても綺麗で、まるでお姫様みたいにキラキラした女の子だった。

 初めて見る世界の住人との遭遇に私は浮かれてしまい、彼女の言うことを何もかも信じてしまった。

 そのクソ聖女が私の世界を壊しにきたのだと、ちっとも気付きもせずに。


「……怒鳴ってごめんね、アカーシャ。でもね。これは、私たちが持っていたらいけないお金なの。貴女の優しい気持ちは嬉しかったわ。でも……」
「うん、ごめんなしゃい……」

 いつまでも泣き続ける私を見て、サクラお母さんは冷静さを取り戻す。

 私の前にしゃがみ込むと、優しく私の頭を撫でてくれた。


(良かった、いつものお母さんだ……)

 だけどその時、お母さんはとても悲しい表情をしていた。

 その理由が分かったのは、その一時間後のことだった。


「この孤児院が贋金を隠し持っているという疑いが掛かっている。お前には取り調べに応じてもらおう」

 その日の夜のうちに、孤児院に鎧姿の男たちがやってきて、サクラお母さんを連れて行ってしまった。


「アカーシャ。貴女にこの手帳を預けます。決して、誰にも奪われてはなりませんよ」

 捕まる直前、お母さんは私に一冊の手帳を託してくれた。

 その後、お母さんは無実の訴えをすべて退けられ、贋金を所持したという罪で処刑された。

 泣き叫ぶ私たちを街の兵士たちは追い掛け回し、唯一の家だった孤児院には火を付けられた。


 私だけは運よく街を脱出することができたけど、持ち出せたのはお母さんの手帳と、没収される前にこっそり持ち出した一枚の偽金貨だけだった。


「許さない……私から全てを奪った偽物の聖女……アイツから奪われたもの、必ず全部奪い返してやる……!!」

 これが私が聖女を嫌いになった理由だ。

 あの日からずっと、私は復讐の為に生きてきた。


 ……そのはずだったのに。



 ◇

「アカーシャ。僕はキミを愛している」
「ジーク……?」

 王城の中庭で咲いていたクローバーの花を見て、私は遠い日のことを思い出していた。

 しばしぼうっとしていた私に、氷帝ジークは突然、愛の告白をした。


「キミが好きなんだ。王都で出逢ったあの日から、ずっと」

 騎士服姿の彼は私の手を取り、アイスブルーの瞳で真っ直ぐに見つめた。

 それだけで私は、彼の視界から逃れることができなくなってしまった。

 空白の時間に、彼の銀の髪が温かな風に吹かれてサラサラと流れていく。


「でも、私は……」

 言葉が次第に小さくしぼんでしまう。

 私はただのメイド。貴族でもなんでもない。

 決定的に彼とは釣り合わない。


「お互いの立場を気にしているなら、心配しないで。全てを捨ててでも、僕はアカーシャを必ず幸せにする。だから僕と結婚してほしい」

 ジークの笑顔が眩し過ぎて、私は彼から目を逸らすことができない。


「嬉しいです……でも、ごめんなさい」

 彼の手を放すと、私はその場から逃げようと駆け出そうとする。

 だけどジークは私を逃がさない。

 すぐに私を捕まえると、そっと頬に手を当て――


「もう、キミを逃さない」
「んっ……」

 言葉とは裏腹な、優しいキスをした。
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