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第21話 泣き虫ドワーフ
しおりを挟む「ヴェルデちゃんはドワーフだけど、フルーツが好きなのね? 陛下くんも好きなのよ」
酸味のあるルビー色のフルーツが乗ったタルトを食べる私を見て、オーキオさんがそう言った。
「そうなのですか?」
「ええ。昔から果物には目がなくてね。食は細いのに、わざわざジャムやソースにして食べるぐらい好きなのよ」
あの子は昔から好き嫌いが多いから、食事には気を遣うのよね~と小声で付け加えるオーキオさん。いやそれ絶対私の前で言っちゃダメですよね?
「笑っちゃうでしょ? 皆の前じゃ大人ぶっているけど、まだまだ子供なのよ~」
「そ、そうですか? 王様としてしっかりお仕事をされていると思いますけど……」
「いや、あれは仕事っていうよりも……まぁいいわ」
オーキオさんはなぜか歯切れ悪くそう言うと、デザートの残りを全て口に含んだ。
それにしても、と私は自分のお腹をさすってみる。テーブルの上の料理はまだ沢山ある。けれど私のお腹はもう張り裂けてしまうほどに一杯だ。
「さてと、ヴェルデちゃん」
デザートを食べ終わり手を合わせたところで、オーキオさんが私に問いかけた。
「ヴェルデちゃんはこの先、この国でどうしたい?」
「え……?」
「色々と行き違いがあったけれど、私たちは貴女を歓迎するわ。でも一番は、ヴェルデちゃんがやりたいことを尊重してあげたいの。もしもドワーフの国に帰りたいというのであれば、それもできる限りサポートするしね」
「それは……」
彼女の口から放たれたそれは、意外な言葉だった。
(私は……どうしたいんだろう……?)
そんなの決まっているじゃない、とすぐに答えられるほど単純な性格だったらどんなに楽だろうと思う。
これまで地下牢獄で死ぬに死にきれず、ただ生きることを目的に生きてきた。もう一度両親に会いたいという願いも叶わなくなった今、自分のやりたいことというのがまるで無いことに気が付いてしまった。
私が黙り込んでいるとオーキオさんは困ったように苦笑した。
「いきなりこんなことを聞かれても困るわよね? ごめんなさい」
「いえ……」
「……でもね? 陛下くんは貴女のこともキチンと考えているわ。今まで辛いことばかりあったでしょうに、それでも必死で前を向いていた貴女のことをね」
「コルテ様が……?」
オーキオさんはもう一度私の手を握ると、優しい微笑みを浮かべながら話をつづけた。
「さっきは『やりたいことを尊重する』って言ったけれど、本当はね? 本当は……うちの陛下くんとヴェルデちゃんが夫婦になってくれたら嬉しいと思っているのよ」
「え!?」
「ヴェルデちゃんには酷な話かもしれないけど、貴女のような純粋な子が陛下くんを支えてあげてほしいの。だからもしも貴女が望んでくれるなら……私たちの家族になってくれないかしら?」
「……」
私の脳裏に不意に浮かんだのはコルテ様の微笑みだった。
「でもコルテ様には本命の方がいる……んですよね?」
「本命!?」
あれ、オーキオさんも知らなかったのだろうか。目を瞠ったままピシリと固まってしまった。
「はい。寝言でフィオレさんという名前を呟いてました……大事な方が居るって仰っていましたし、きっとその方と結ばれたかったはずなのに、私のお兄様のせいで無理やり婚姻をさせられて……私のこともきっと、本心では恨んでますよね」
「ちょ、ちょっと待って? 何か重大な誤解をしているわよ……って、ヴェルデちゃんどうしたの?」
自分でも気付かぬうちに瞳から涙がぽろり、とテーブルクロスに零れて黒いシミを作る。
私は罪人で、人に愛される資格なんてない。なのにずっと『いつか誰かが私を愛してくれる人が現れるのでは』という期待を手放せていなかった。
そこへエルフの国に来てからコルテ様と出逢った。
あの人はきっと、そう簡単には私を見捨てないだろう。こんな出来損ないの私に優しくしてくれるような、素敵な人なのだ。
だけど私が我が儘を言って甘えていいような人ではない。それはちゃんと分かっている。
「コルテ様の妻なんて贅沢なことは言いません。ですがこの国に置いてもらえないでしょうか……どんな仕事でも、頑張りますので……あの国にはもう帰りたくない……」
「だ、大丈夫だからそんな泣かないで……って今度は顔が真っ赤よ!?」
「あ、あれ?」
そういえば視界がぐるぐるしてきた……顔もポカポカしている。
喋っているうちに、急に頭がポワポワしてきたような? それに呂律が上手く回らないわ……。
「おかしいわね、ワインもグラスの半分しか飲んでいないわよ? ドワーフはお酒に強いはずなのに……」
「こりぇ、お酒だったんでしゅか? えっと……私ひゃ、飲んだことがにゃいので……」
顔を引き攣らせていたオーキオさんが「えっ」と言葉を詰まらせる。あれ、私また何かやっちゃいました……?
「……ジェルモ。またお願いできる?」
「わかった、俺がベッドに連れてくよ……まったく、随分と手の掛かる妹ができたな」
二人の苦笑いが聞こえる中、私の意識は遠のいていった。
気絶するの、二回目だよぉ……。
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