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第10話 孵化

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「ふぅ、これで最後だな」

 トオルたちは、ヴォーパルバニーを連れて2nd.ユニバース内で救助活動をしていた。
 探索中に生存者を発見し、怪異とみられるモンスターを撃破。

 そして今、仮想現実から脱出するために、救助隊の待つ鳥居へと向かっている。

「トオルさん、私……」

「大丈夫だって。きっと無事に帰れるよ」

「……」

 ミコトはずっと元気がない。
 無理もない。彼女は、自分の友人であるシオンとタクミを亡くしてしまったのだから。

 王城での戦いのあと、二人とも安全地帯に留まることはしなかった。他の要救助者を助けるためにトオルたちと戦い、そして犠牲となった。

「それに元凶とみられる怪異は俺たちがあらかた倒しただろ? ログアウト処理がキチンと終了すれば、タクミたちも帰ってくるさ」

「……そうですね」

「ほら、笑顔を見せないと。せっかくの美人が台無しだぞ?」

 トオルは冗談交じりに笑いかける。本当は、トオル自身も辛いはずだ。しかし、それを表に出さずに明るく振舞っていた。



「ん? なんだ……?」

 そうして鳥居の姿が見えてきたころ。トオルは異変に気が付いた。
 妙に人の気配がない。だがどこかへ移動したとの連絡は受けていないはず。嫌な予感が彼の脳裏をよぎる。

「いや大丈夫、あとは帰るだけじゃないか……」

 そう自分に言い聞かせながら、セーフティポイントへ慎重に近付いていく。
 だがそこでトオルたちを待っていたのは、助けたはずの救難者や救助隊たちの無残な姿だった。

「なっ……どうして……?」

 ふらつく足取りでひとつひとつのテントを確認していく……が、どこも酷い有様だ。全身が焼け焦げた死体や下半身が無い遺体など、およそ生きているとは思えない状態の人々ばかりだった。

「う、うそ……なんで……なんでこんなことに……?」

 ミコトの目から大粒の涙が流れ落ちる。
 その様子を見て、トオルの表情も険しさを増した。ここまでの努力がすべて水の泡となってしまった。いったいなぜ、という感情が溢れ出る。

「……クソッ! なんでだよ!!」

 地面を蹴りつけ、怒りをぶつける。トマトちゃんねるを視聴していた人々も絶望のコメントを寄せ、実況用のスレッドは阿鼻叫喚となっていた。

「俺が、俺がちゃんとしていれば、こうはならなかったはずなのに……!」

「……トオルさん、アレ! まだ生きている人がいるみたいです」

「え……?」

 ミコトが指さす先に、確かに呼吸をしている人影があった。

「待ってろ、すぐに連れてくる!」

 そう言うなり、トオルは駆け出した。

「おい! しっかりしろ! 一体ここで何があったんだ!?」

 通信用の機器に寄り掛かるようにグッタリとしている男性がいた。
 その人物は傷だらけで、身体中が血まみれになってしまっている。トオルの呼びかけに反応するが、顔を上げる気力も残っていないようだった。

「……その声は……トオルなのか?」

「あぁ、そうだ! もう帰れる一歩前なんだ、頼むからこんなところで死ぬんじゃない!」

「違う……俺たちは騙されていたんだ……すべては最初から仕組まれて……」

 そう言うなり、彼はガクリと力なく項垂れてしまう。

「おいっ!?」

 慌てて脈を計るが、すでに事切れていた。

「くそっ! 怪異はすべて倒したはずなのに、どうしてこんなことに……?」

 それに彼が最後に言いかけていた謎の言葉が妙に引っかかった。『彼女』とは誰のことを指しているのだろうか? 疑問が尽きないが、今は考えている暇はない。

「とりあえず、ミコトを連れて鳥居へ急ごう」

 慣れない手つきでナギへの緊急通信を掛けながら、急いで鳥居へと向かう。

 数時間前に行った最後の連絡では、現実世界側の鳥居に第二次救助隊が待機していると言っていた。原因が分からない今、これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。

「おい、ミコト? さっきから無言だが、大丈夫か――」

「悪いけど、貴方たちを元の世界に帰すわけにはいかないわ」

 返事をする代わりに、ミコトとは違う女性の澄んだ声が響いた。

「お、お前は……」

 背後を振り返り、トオルは驚きに目を見開く。
 その人物は背後からミコトの首筋に刃物を突き付け、トオルのことを真っすぐに見つめていた。

「その分厚い眼鏡に洒落っ気のない三つ編みは……もしや糸野いとの真由まゆか?」

「久しぶりね、トオル。こうして直接会ったのは十年ぶりかしら……私のことを覚えていてくれて嬉しいわ」

 そう言ってマユと呼ばれた女性は片方の口角を上げた。だがその言葉と態度とは裏腹に、彼女の表情は強張っていた。心から彼との再会を喜んでいるようには見えない。

「と、トオルさん。この人は……」

「……俺の、古い友人だ」

 彼女はかつて、ゲームを通して仲良くなった高校時代の友人だった。二人とも大のゲーム好きで、ライバルとして幾度となく戦いあい、そして時には背中を預け合った。

 就職後はゲームの開発に携わっており、デバッガーとして彼を度々雇ったのも彼女である。技術と知識の両方を持ち合わせた彼は、実況配信でも輝かしい活躍を見せることとなった。

 デバッガー時代の経歴からチート行為を疑われ、実況界から離れることになるのだが……。

「まさかお前が、こっちの世界に来ていたなんてな」

「そういう貴方こそ……私ね、ずっと謝りたいと思っていたの。あの事件のとき、トオルの味方になってあげられなかったから……」

「あぁ、そのことなら気にするな。俺は別に恨んじゃいない」

「でも、私は……!」

「いいんだよ」

「……」

 トオルの言葉に、真由は黙ってしまう。そんな彼女を安心させるために、トオルは笑みを浮かべた。

 だが内心は穏やかではない。目の前にいる女性が本当に自分の知る人物なのかという疑念が沸き起こっていた。

 まず、雰囲気が違う。明るく人懐っこい性格をしていたが、今の彼女はやつれて服もボロボロだ。最後に会ってから何年も経っているので、当然といえばそうなのだが……。

「なぁ、それよりもどうしてミコトにそんな物騒なモンを向けているんだ? 彼女も要救助者の一人なんだぞ?」

「それは……貴方たちが怪異に侵食されている可能性が高いからよ」

「どういうことだ?」

 トオルの問いかけに対し、彼女はゆっくりと語り始めた。

「私は『アゲハプロジェクト』開発チームの一員として、貴方たちの前に派遣された調査隊に参加していたの。救助が終わったと連絡を受けて、ここに帰還したんだけど……」

「怪物が襲ってきたのか?」

「……いいえ。救助隊を襲ったのは、助けたはずのプレイヤーたちだったわ」

「なんだって!?」

 真由の話によると、救出した人々がまるでゾンビのように蘇ったのだという。そしてそのまま、救助隊の面々を襲い、次々と殺していったらしい。
 狙われたのは真由たちも例外ではなく、散り散りになって必死に逃げていたようだ。

「一人、また一人と倒れ、結局は私一人になってしまったわ」

 そして今、怪物に見つからないように鳥居へ向かおうと様子を窺っていたところで、トオルたちを発見したという。


 話を聞き終えたトオルは、険しい顔をして考え込む。

「それじゃあ俺たちのことも、その怪物化したプレイヤーと同じだと疑っているのか?」

「そうよ」

 真由は遠慮もなく即答するが、トオルは納得できなかった。とはいえ言い返すこともできない。
 仮に本当に怪異による浸食を受けていたとしても、トオルたちにはそれを証明する手段がないからだ。

「トオルさん、私は……」

「心配するなミコト。俺がどうにか説得するから――」

 どうやって穏便な方法を旧友に取らせようかと必死に頭を巡らせていると、右手に持っていたスマホに連絡が入った。

「――ガガッ、ガッ」

「ナギさん!? 聞こえていますか?」

 良かった。上司である彼女であれば、マユに話をつけてくれるかもしれない。だがナギからの返答はなく、ノイズだけが延々と流れ続けている。

「ナギと繋がっているのか?」

「それがなんだか、通信が安定しないみたいで……もしもし!?」

 これまで音声が乱れることは無かったはずなのに。セーフティポイントが襲われた影響だろうか。
 トオルは不安に襲われつつも、もう一度呼びかけた。すると今度は途切れ途切れの声が辛うじて聞き取れた。

「――くん?」

「ナギさん、トオルです! こっちはほぼ壊滅状態……マユと合流しましたが、ミコトを人質にとっていて――」

「ッガガ……トオル君、今すぐに逃げてくれ……コトという子は初めから……ガガッ、要救助者リストに無かっ……んだ……」

「え?」

 一瞬、何を言われたのか分からず、呆然と立ち尽くす。

「……ナギ、さん?」

「警察から連絡ガガッ……怪異が起きる前にミコ……ガッ、自宅で死亡していたんだ……ガガ……ッ!」

「ちょっと、それってどういう……」

 だがそれ以上トオルの呼びかけに答えることなく、再び砂嵐のような音しか聞こえなくなる。

「現実世界のミコトが死んでいた? な、なんで……?」

「トオル! 今の話、本当なの!?」

「お、おいミコト! お前……」

 困惑しているトオルたちとは対照的に、首に刃物を突き付けられたままのミコトは無表情で佇んでいた。その瞳は冷たく、一切の感情が読み取れない。

「ごめんなさい。でもこうしないと、トオルさんは私をここに連れて来てくれないと思ったんです」

「ミコト!?」

 その言葉を聞いて、トオルはようやくミコトが別人になったかのような錯覚に陥った理由を理解した。

「お前は、ミコトじゃないのか!?」

 その指摘を受け、ミコトの身体を借りた何かは、楽しそうに口元を歪ませた。
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