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第12話 魔王の過去
しおりを挟む魔王ゾディアスはコースを頼んだらしく、先に出てきた日本酒を飲みながら待つことにした。
運ばれてきたのは前菜の盛り合わせ。和食や懐石料理だと先付けっていうんだったかしら?
小鉢に入った白身魚の昆布締めや、色とりどりの野菜を使ったゼリー寄せは見た目も綺麗で、とても美味しかった。すいすいとお酒が進む。普段は自分一人じゃ来れないお店の料理だし、つい夢中になって食べているとゾディアスが私をジッと見つめていることに気付いた。
箸を止めてゾディアスの顔を見ると、彼は優しい眼差しで私を見つめていた。そして私の視線に気付き、嬉しそうな表情を浮かべる。
「な、なによ?」
「いや、お前が楽しげに食べている姿を見ていると幸せな気持ちになれると思ってな」
「……」
「どうした?」
「べ、別になんでもないわよ! それより貴方の分もあるんだから、冷めないうちに食べなさいよ!」
私は恥ずかしさを誤魔化すためにゾディアスの取り皿に料理を盛り始めた。
その間、彼は苦笑しながら私のお猪口にお酒を注いでくれた。
私は慌てて自分のお猪口を引っ込めて、ゾディアスの手を掴む。
「ちょっ、待ちなさいよ。今度はこっちが魔王サマの杯を満たしてあげるわ」
「……ふっ。そうか、分かった」
魔王は少しだけ考える仕草をして、すぐに納得してくれた。
私はお酒の徳利を手に取ってゆっくりとお酌をする。
「これでいいのかしら」
「ああ、ありがとう」
ゾディアスは私の注いだお酒を口に含むと、満足そうに微笑んだ。
私も一安心して、徳利をテーブルに置く。そして再び料理を食べ始める。
「ところで千鶴。俺が何故この世界にやって来たのか、理由を聞きたいと言っていたな」
「……そうね。教えてくれる?」
私は料理に夢中ですっかり忘れていたことを思い出した。ゾディアスも私と同じように食事をしながら話し始めた。
「俺はある世界を管理する神によって召喚されたのだ」
「へぇ、神様が魔王をねぇ」
「正確には勇者としてだがな。まあ、それはどうでもいい。問題は俺が魔王になったことだ」
「そうね。どうして正義のミカタである勇者が、あんな傍若無人な独裁者みたいなヤツになるのよ」
私は日本酒を注ごうとして徳利が空になっていたことに気付いた。次は何にしようかしら。あら、メニューに飲みたかったお酒があるわ。この芋焼酎にしてみようかしら。
私が不真面目な相槌を打っていると、彼は困ったように眉を下げた。
あれ、もしかして私ってばゾディアスを傷つけるようなこと言っちゃったかな? でも本当のことでしょ。だって魔王はたくさんの人間を殺しちゃったわけなんだし。
「千鶴が怒るのは当然だ。俺も後悔している。あの時は冷静さを失っていたからな。今にして思えば、もう少しやりようがあったのではないかと反省している」
「……」
ゾディアスは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
私はなんだか悪いことをしてしまった気分になり、それ以上何も言うことができなかった。
「あの頃の俺は神の言いなりだった。魔王は諸悪の根源だという言葉を妄信していた。勇者として人間どもを導き、モンスターを倒し……そして当時の魔王を殺した。だがそれで終わりではなかった」
「ん? また別の魔王が現れたってこと?」
「そうだ。神は次なる地で、魔王を殺せと俺に言った。俺は……それに従うしかなかった」
ゾディアスは悲痛な面持ちで語っていた。
私は黙って彼の話を聞くことにした。きっとこれは彼にとっても辛い過去なんだろう。
「それからというもの、俺は世界を回り、人を助け、何度も魔王を倒した。その度に新しい魔王が誕生し、俺の前に現れた」
「まさに勇者そのものじゃない。それでどうして貴方が魔王になっちゃったのよ?」
ゾディアスはしばらく沈黙した。
やがて決心がついたのか、ゆっくりと語り出した
どうやらゾディアスが魔王になった原因は、彼の恋人にあるらしい。その恋人とは自分と同じく、異世界から召喚された聖女だったという。
聖女は勇者だったゾディアスに恋をした。二人は魔王を倒す旅を放棄し、愛し合い、そして結ばれた。血なまぐさい殺伐とした生活は終わりを迎えたのだ。
だけどある日、突然聖女は姿を消したという。
「彼女は俺の前から消えた。魔王を倒すという使命も忘れ、俺は彼女を探し回った。しかし見つからず、途方に暮れていた時に新たな魔王と出会った……変わり果てた姿となった彼女だった」
「そんなまさか……」
「そうだ。神は勇者だけでなく、魔王も作り出していたのだ。理由は分からん。闘争を生むことが人類の発展を促すとでも思っていたのかもしれんな。だが俺たちにはどうでも良かった。ただ一つ言えることは、俺の愛した女はもういないということだった」
ゾディアスは泣き出しそうな顔になっていた。
私は何も言えず、お猪口に入った焼酎の水面を眺めることしかできなかった。
「彼女をこの手で殺めたとき。気付けば俺も魔王になっていた。神は俺を見限り、世界は俺の敵になったんだ」
「そんな……酷すぎるわ!」
「ああ、酷い話だ。散々助けてきた人間たちですら牙をむいてきた。だが何より許せないのが神だ。俺から愛する女を奪ったのだからな」
ゾディアスの言葉からは確かな殺意を感じた。だがそれも一瞬で霧散する。
そして御猪口に入っていたお酒をグビリと飲みながら「美味いな」と口角を上げた。
「しかし彼女は再び俺の前に現れた。彼女の魂は輪廻転生を繰り返し、再び俺の前に戻ってきたのだ」
「え、それってもしかして私!?」
「そうだ。千鶴は間違いなく、何度も転生を繰り返している」
そんな……。私、実は凄く大変な人生を歩んでいたみたいね。
でも待って。じゃあキリクが助けに行ったときに魔王が聖女を溺愛していた理由って……。
「戦場で生まれ変わったお前を見たときは驚いた。思わず向かってきた勇者候補を本気で蹴散らしてしまうほどに、な」
「ふ、不憫な……」
「戦争とはそんなもんさ。第一、向こうから仕掛けてきたんだしな。ともかく、俺は再び聖女を手に入れた」
ジッと私の目を見ていたゾディアスは、テーブルを超えて不意に手を伸ばしてきた。
頬に触れられた私は、思わずビクっと震えてしまう。ゾディアスは私の反応を見て、ハッとした表情を浮かべた。
「そういえば私のこの頬の傷も千鶴が付けたのだぞ。今みたいにお前に触れようとして、思いっきりナイフで刺されたんだ」
「何やってるのよ私!?」
身に覚えのない蛮行に驚きつつも、恍惚な顔で傷を撫でる変態魔王にドン引きするのであった。
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