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第10話 聖女の過去
しおりを挟む翠色の瞳に強い意志が宿る。
そこにはかつての弱いキリクはどこにもいなかった。
「だけど僕は間に合わなかった。僕が勇者として戦場に送り出される前に、貴女は魔王に攫われてしまった」
「魔王に!? 私が!?」
「彼は自身を消し去る恐れのある存在を、いつまでも野放しにできないと判断したようですね。護衛をしていた他の勇者候補たちを皆殺しにし、聖女イーグレットを自身の城に連れ去ったのです」
キリクの声音は悲痛なものへと変わる。
その手は強く握り締められ、血が出そうなほど震えていた。
(あの猫大好き魔王がそんな悪逆非道なことを!? ちょっと信じられないけど。でも夢の中で見ていたアイツは、まさにそんなイメージだった……)
魔法で破壊の限りを尽くす魔王の姿は、今とはまるで違う印象だった。
私はそっとキリクに向かって手を伸ばした。だけど触れる直前で躊躇してしまう。
果たして触れても大丈夫だろうか? そんな不安に駆られていると、キリクの方から私を抱き寄せてきた。
いきなりの出来事に驚くも、すぐに我に返って離れようとする。しかしキリクは放してくれなかった。それどころかさらに力を込められてしまう。
「お願いです。どうかこのまま聞いてください」
「わ、わかったわよ」
仕方なくそのままの状態で耳を傾ける。
密着しているせいか、キリクの体温が伝わってきてドキドキしてきた。
「許せなかった。僕の聖女を奪うなんて断じて認めない。彼女は僕だけのモノじゃないといけないのに……」
「ちょ、ちょっとキリク? 貴方なにを言って……」
「聖女イーグレット様は体を張って、僕を献身的に慰めてくれた。あの夜の温もりは僕の凍てついた心を――「はい、そこまで!! 話がズレてるわよ!」おっと、そうでしたか。えっと何の話でしたっけ?」
キリクはハッとした表情を浮かべた後、申し訳なさそうに俯いた。そしてぽつりと呟くように謝罪を口にする
……危うく変な方向に持っていかれるところだった。慌てて軌道修正する。まったく、油断ならないわねこの色ボケ勇者は。
「魔王に連れ去られた貴女を助け出すため、僕は単身で魔王城に乗り込みました。苦労してようやく見つけたものの――既に手遅れだった」
「お、遅かった? まさか魔王に殺されちゃっていたとか?」
恐る恐る尋ねると、キリクは大きく首を横に振った。どうやら無事だったみたいだ。
ほっとしたのも束の間。キリクがとんでもない事実を口にする。
「殺されたか、酷い凌辱をされているかと心配していたのですが……その、なんて言いますか。聖女イーグレットは何故か、魔王ゾディアスに溺愛されていました」
「……へ? 溺愛??」
デキアイってアレよね? スーパーで売ってる出来合いのお惣菜のことじゃないわよね?
「僕が魔王の城に駆け付けるまで、聖女様が連れ去られてから一か月が経っていました。その間にいったい何があったのかは分かりませんが……魔王は人が変わったかのように、聖女様にベッタリ甘えている様子でした。どんな手段を使ってでも手元に置いておきたいくらいに」
キリクはそこで言葉を切った。そしてとても真剣な眼差しで私の顔を覗き込む。
え、なに……? いや、そんな顔されても本当に記憶が無いんですけれど。それって本当に前世の私なの?
これまでの人生じゃ恋人がいたことがないし、男性に告白されたこともない。キスどころか、手を繋ぐことすら未経験だし。処女なのは間違いないし、恋愛偏差値が低い自覚はあるわ。
こうしてキリクみたいなイケメンの腕の中にいること自体が、私の人生の中でぶっちぎりのピークなんですけど?
いくらなんでも傾国しすぎで、魂レベルで人違いなんじゃないのって感じ。私、そんな男を操るような悪女じゃないし。 仕事終わりに一人寂しくビールを飲むような女なんですけど?
ていうかその聖女も魔王に何をしたのよ……。
「その光景を見た瞬間、僕は震えました。僕の聖女様は、幾万の兵でも倒すことができない最強の魔王を殺さずとも無力化してみせた。魔王すら傅かせるあのお姿こそ、まさに僕が憧れた聖女様だと――!」
「いや、貴方も何を言い出すのよ。そこは素直に勇者が魔王を倒して、攫われた聖女を救出するところなんじゃなの?」
呆れて思わずツッコミを入れてしまう。
するとキリクはハッとなって慌てていた。まるで今気付いたかのような反応だ。
自分のことなのに気が付いていなかったんかい! つい心の中で突っ込んだ。
二人がイチャつく光景を見たキリクは魔王に見つかり、彼からある提案を受けたそうだ。
「魔王いわく『聖女イーグレットが望まぬことはしない。彼女が自由を望むのなら喜んで解放する』と。そう言われてしまった以上、僕にはどうすることもできなかった。僕は向けていた剣を下げました」
なんでよ!? どうしてそこで魔王の言うことなんて信じちゃうわけ!?
「僕の目的は聖女様の隣にいることだったので。別に魔王の命なんてどうでも良かったんです」
「いや、そこ普通は魔王を倒すところでしょ?」
「はい、魔王を倒せるなら倒していました。だけど彼は強い。それに何より千鶴様が彼の傍にいることを望むのならば、僕が口を挟むことではないと思ったんです。それに僕も彼と同じ気持ちでしたので……」
「同じ気持ち?」
首を傾げると、キリクは恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「はい。彼が千鶴様のことを大事にしているということは一目瞭然でした。僕は彼に共感したんです。だって千鶴様はあまりにも美しくて、可愛らしくて、可憐で、清楚で、優しかった。そして何よりも素晴らしい女性です。こんなにも魅力的な女性が近くにいるのに、手を出さないなんて信じられない。魔王は聖女様の魅力を理解する目と頭がある」
「うっ、すごいベタ褒めね……」
「なにより聖女様自身が魔王を受け入れている。むしろ彼女から求めている節もある。これはもう二人はそういう関係だと確信していました」
キリクの言葉に私は愕然とする。
ちょ、ちょっと待って。なにこの人、勝手に妄想して勘違いして、挙句の果てに魔王と聖女の仲を認めているんだけど。
っていうか、キリクの中の私のイメージって一体どうなっているの?
「そして僕と魔王は話し合い、和平を結ぼうということになりました。かの有名な百年の戦争を終わらせる、聖女協定でした」
ええー……? なんかいきなり話が大きくなってるんですけど。
さも知っていて当然、みたいに言われましても。
それにしても、一か月の間に何があったんだろう。
魔王が惚れるような何かをしたのかしら? 魔王と聖女がラブコメしている場面なんて想像できない。
いやまぁ、それで平和が訪れたんなら良いのかしら?
だけどキリクは私を見て悲しげな表情をする。
「……誰もが平和を望んでいた。聖女様がそう望んでいた。僕も魔王も馬鹿でした。一番の悪は人間の欲だったんです。聖女を中心とした協定の場で、貴女は殺されたのです。――他でもない、人間の手で」
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