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06 コーラ公爵
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俺の実年齢については結構曖昧だ。
悪魔になった時、悪魔先輩ことサタンに「たった百年で悪魔にまで進化した魔物は君が初めてだと思うよ」と言われたから百歳だったはずだ。そこからベルゼオールが建国されるまではさらに百年ぐらい、だと思う。人間基準の暦とかわかんないし数えてられないからかなり大雑把だ。
ベルゼオールが建国されてからは歴史編纂の専門家が爆誕したので正確な月日がわかる。今年で建国三百年。つまり俺は大体五百歳ぐらいということになる。
「魔王陛下に拝謁致します」
「ガハハハ! 我こそは魔王ベルゼビュートである! さあ我に挑むものは誰だ!」
俺は王座から立ち上がってマントを翻し、アルビオンからの使節団に向かって大仰に叫んだ。使節団の面々は一瞬怯んだ様子を見せたが、再び俺に首を垂れた。
「この度は誠におめでとうございます。建国三百年という大いなる歴史の節目に立ち会えたこと、光栄の至りでございますれば」
「慈悲深き魔王陛下の元で素晴らしき治世を学ばせていただきたく存じます」
それぞれ丁寧に挨拶をしては、口々に祝辞を述べる。俺の悪者ムーブは鮮やかにスルーである。
礼儀正しい彼らの眼差しに、敬意や畏怖はあっても敵意はない。ましてや殺意など微塵も感じられない。アーサー王になる資格を得るため俺に挑む者もこの使節団の中にいるはずなのだが。
「ハイ! 挨拶はもういいから! ちょっと歴史を振り返ってみようか!」
使節団の面々は顔を見合わせたが、特に異議を申し立てることもなく聞く姿勢に入った。
代表者は壮年の男だが、使節団の過半数は年若い少年少女である。七代目アーサー王候補が五名、その他にも留学生が二十人ほど。子供たちは建国祭が終わった後もベルゼオールに長期滞在する予定になっている。我が国、俺の知らないうちに大学とか研究機関とかバカスカ設立されてるからな。いずれの分野においても、トップレベルの技術を学ぶにはベルゼオールに留学するのが一番、ということらしい。
そんな彼らに知っておいてもらわねばならないことは、ただ一つ。
「え~、いいですか諸君。基本的に俺たち魔物は人間を食い物とみなしております」
俺は挨拶がわりに、これまでいかに人間たちを残虐に踊り喰いしてきたかを熱く語った。
悪魔に進化した経緯。エーテルの質を高めるための残虐な実験。そして完成した人間牧場。見せかけは幸福であったとしても国民には人権がございません。他国民の貴様らも家畜同然です。
俺の説明を一通り聞いた子供たちは、それぞれに深く頷いた。
「――つまり、魔王陛下は人権以外のすべてを国民に与えたということですね」
「人としての権利……それは私たち自身の手で勝ち取るべきものであると」
「私たちの行く末を案じて下さるとは、なんと慈悲深きお方だ」
「ちっげ~よ! お前らは家畜のひよこちゃんだって言ってんだよ! 悔しかったら俺に抗え!」
あまりに和やかな空気をぶち壊すべく俺は吠えたが、七代目アーサー王候補のひとりが「確かに、我らはまだまだひよっこですね」と答えると、使節団の面々にも穏やか笑みが蔓延した。あーもー。やっぱ言って聞かせたところで体験が伴ってないとダメなんだよな。俺はクソデカため息をついて使節団を下がらせた。
人間のみの力で統治するアルビオンと、悪魔を国家元首と仰ぐベルゼオールは敵対関係にある。現在も休戦中ということになっているが、それも形骸化して久しい。
アルビオンが建国された時点ではそれなりに緊張状態が続いていた。しかし世代交代し、実際に俺や配下の魔物たちに襲撃されて親兄弟を殺された者はもはや寿命を迎えた。俺が魔物の軍を指揮して人間を狩りまくっていた頃の出来事は遥か過去。祖先の恨みを晴らす、といってもやはり世代が遠いと実感も薄まるらしい。
あとは俺がうっかり人道支援をしてしまったことで決定的に風向きが変わってしまった。
ベルゼオールから程近い火山が大噴火した時、俺は気合いで火砕流を食い止めた。流石に無理かと思ったけど全力出したらできたよやったね。
ベルゼオールの建物は耐震基準がしっかりしていたので、噴火に伴う地震にも耐えた。だがアルビオンはそうもいかない。ほとんどの建物は倒壊。国民の半数が死傷する甚大な被害を被った。
俺の大事な第二の人間牧場が大ピンチである。このままでは将来ニコチキに育つであろうひよこたちが絶滅してしまう。焦った俺はすぐさま緊急援助隊を派遣するよう命じた。前世では地震大国に住んでたもんで、災害救助のノウハウなら一通り知っている。
ほんでそれがスムーズに行きすぎたんだよな。弱り果てている時に優しく手を差し伸べられたら敵対心も薄れてしまう。気づいた時には遅かった。彼らは魔物を敵対視しつつも恩義を感じ、結果エーテルの味から脂っこさが失われていった。
振り返ると、三代目アーサー王が一番ニコチキに近かった。鶏胸肉の焼き鳥ぐらいには脂が乗っていた。だがそこからは味が落ちる一方。由々しき事態だった。
§
「魔王陛下、僭越ながら私がそばにおります。どうかお気を落とされずに」
アーサー王の味が年々落ちていると嘆く俺を励ましてくれるのは、ベルゼオールで最もおいしい人間。人間牧場の最高傑作、コーラ公爵だ。
従順に跪くコーラ公爵を王座から見下ろし、ため息をつく。
「まあ、お前には満足してるんだけどね……」
この世に生まれ落ちてから望んでいたもののひとつ、コーラっぽい味わいのエーテルを宿す人間がようやく現れたのだ。俺は狂喜乱舞してコーラ公爵の名を授け、以来大切にしてきたのだが。
俺はおもむろに立ち上がり、コーラ公爵を足蹴にした。
「ああっ!」
コーラ公爵は悲鳴をあげて床に倒れ伏す。その声にも表情にも、ありありと喜びの色が浮かんでいる。
「魔王陛下、どうか顔を! 顔を容赦なくお願いいたします!」
いや容赦しなかったら人間の頭なんかトマトみたいに潰れちゃうから。そう思いながらも、俺はきちんと力をセーブしつつ、人間が耐えられるギリギリの圧で責めてやった。
「んんんんん! 魔王陛下の御御足ぃイイッ!」
コーラ公爵は四十代の壮年男性。政治に秀でており、ベルゼオールの首相を務めている。そして個人的な趣味として、美少年に踏まれるのが何よりも好きなのだという。それが黒髪で赤い瞳で、少年期と青年期の狭間にある危うげな美貌の悪魔的存在だと言うことない。つまり俺。
食べ物を粗末にするのは俺の主義に反する。本当なら大切なごはんを足蹴になんてしたくないけれど、それが彼の幸せだというなら満たしてやらねばなるまい。
「力加減はどうだ?」
「んんんっ! もっと強くお願いします」
「はいはい。おいしくなあれ。おいしくなあれ」
「はあああんっ! ありがたき! ありがたきしあわせぇえええッ♡」
求められるがまま、幸福感に打ち震えるコーラ公爵をさらにふみふみする。俺が爵位を授けた選りすぐりの人間たちの中でも、かなりクセのある部類である。幸せにしてやればエーテルも美味しくなる。足蹴にするのは本意ではないが、料理の下ごしらえだと思うしかない。
政治家としては才能があるし人望にも厚い。でもこんな姿を国民に見られたらさすがに支持率が下がっちゃうな、と心配した矢先に視線を感じた。
さりげなく気配を探ると、柱の影で金色の髪が揺れていた。
――七代目アーサー王候補のひとり。確かフィンレーという名前だったかな。初代アーサーの直系の子孫だと聞いているが、エーテルの味は必ずしも血縁に左右されない。入国の際に血液検査と称した味見も特筆するところのない凡庸な味だった。
何の用でここまで来たのかは知らないが、お子様にこんな生臭い場面を見せられない。一時中断しようと思ったのだけれど。俺は悪魔なので邪悪な発想を得た。
ここで悪魔の恐ろしい一面を目撃させておけば、敵対心が高まってフィンレーのエーテルもこってり濃厚なおいしい仕上がりになるのでは?
俄然やる気が出てきた。
「コーラ公爵。今日は特別に裸足で踏んでやろうか」
「お、おお……よろしいのですか……!」
普段は惰性でふみふみしているだけの俺が提案すると、俄然コーラ公爵の目が輝いた。
「もちろん、俺のかわいいコーラ公爵のためだ。ブーツを脱がせることを許可してやる」
「ありがたき幸せ!」
コーラ公爵は素早い身のこなしで起き上がり、せっせと俺の編み上げブーツを脱がしにかかった。素足になるなり頭を踏みつけてやると、コーラ公爵はバリトンボイスで歓喜の悲鳴をあげた。
「はあああっ! こんな! すばらしき! ありがとうございます! ありがとうございますぅううっ!!!!」
「おや? いつまで人間のつもりでいるんだ? 豚は豚らしくブヒブヒ鳴きなさい」
「うひょ~! ブヒブヒ! ブヒブヒ~ッ!」
さらに言葉責めのオプションもサービスしてやる。大盤振る舞いに感極まったコーラ公爵はもはや失禁寸前。マジで漏らされたら嫌だなと思いながらも足の力は緩めず、ちらりとフィンレーの様子を伺う。
フィンレーはすでに隠れることをやめていた。愕然とした様子で、俺たちの姿にただただ見入っている。
「コーラ公爵。首元を直接かじってやろう」
「そ、それはなんたる光栄!」
コーラ公爵は跳ね起きながらクラバットをむしり取り、姿勢を正して喉元を晒した。
普段ならコーラ公爵が感極まったタイミングで看護師を呼び、採血する。注射器が開発されて以来、人間の負担は大幅に減った。魔物が人間を直接かじることもない。人間の恐怖感が薄れればエーテルも美味しくなる。ついでに注射器以外の医療器具も次々と開発され、医療技術も向上した。魔物にとっても人間にとってもいいことしかない。
だから、こうして俺が直接人間をかじるのは、かなり久しぶりだ。あらわになった首元に牙を食い込ませると、謁見の間にコーラ公爵の野太い悲鳴が響き渡った。
「ハァアアアアアアア~ンッ♡♡♡」
口いっぱいに溢れる鉄錆の味。そんな雑味をいとも簡単に吹き飛ばしてしまうほど、コーラ公爵のエーテルはおいしかった。炭酸の如く刺激的で、それでいて爽やかな喉越し。たっぷりいじめてやった成果もあって、味に深みが出ている。
じっくりと味わい、顔を上げると、フィンレーの眼差しとぶつかった。
俺はさぞかし邪悪な悪魔に見えていることだろう。口元を血で塗らせたままにっこりと微笑んでやると、フィンレーは弾かれたようにその場から逃げ出した。入れ替わるように看護師と医師が現れて、コーラ公爵の手当てに取り掛かる。
これだけ邪悪で放埒な場面を見せつけてやったのだ。フィンレーの敵対心もさぞかし高まったことだろう。やはりキリッと炭酸のきいたコーラには、カリッとした歯応えのジューシーでスパイシーなチキンが欲しい。そこまでいかなくても焼き鳥ぐらいまで味が良くなってくれるといいのだが。
「ああっ! 治癒魔術は使わないでくれ! 名誉ある傷跡が消えてしまう!」
「心得ております。止血に留めておきましょう」
「直接噛んでいただけてよかったですね」
コーラ公爵と医師たちが和やかに歓談するのを聞き流しながら、俺はどっかりと王座に鎮座してほくそ笑んだ。
悪魔になった時、悪魔先輩ことサタンに「たった百年で悪魔にまで進化した魔物は君が初めてだと思うよ」と言われたから百歳だったはずだ。そこからベルゼオールが建国されるまではさらに百年ぐらい、だと思う。人間基準の暦とかわかんないし数えてられないからかなり大雑把だ。
ベルゼオールが建国されてからは歴史編纂の専門家が爆誕したので正確な月日がわかる。今年で建国三百年。つまり俺は大体五百歳ぐらいということになる。
「魔王陛下に拝謁致します」
「ガハハハ! 我こそは魔王ベルゼビュートである! さあ我に挑むものは誰だ!」
俺は王座から立ち上がってマントを翻し、アルビオンからの使節団に向かって大仰に叫んだ。使節団の面々は一瞬怯んだ様子を見せたが、再び俺に首を垂れた。
「この度は誠におめでとうございます。建国三百年という大いなる歴史の節目に立ち会えたこと、光栄の至りでございますれば」
「慈悲深き魔王陛下の元で素晴らしき治世を学ばせていただきたく存じます」
それぞれ丁寧に挨拶をしては、口々に祝辞を述べる。俺の悪者ムーブは鮮やかにスルーである。
礼儀正しい彼らの眼差しに、敬意や畏怖はあっても敵意はない。ましてや殺意など微塵も感じられない。アーサー王になる資格を得るため俺に挑む者もこの使節団の中にいるはずなのだが。
「ハイ! 挨拶はもういいから! ちょっと歴史を振り返ってみようか!」
使節団の面々は顔を見合わせたが、特に異議を申し立てることもなく聞く姿勢に入った。
代表者は壮年の男だが、使節団の過半数は年若い少年少女である。七代目アーサー王候補が五名、その他にも留学生が二十人ほど。子供たちは建国祭が終わった後もベルゼオールに長期滞在する予定になっている。我が国、俺の知らないうちに大学とか研究機関とかバカスカ設立されてるからな。いずれの分野においても、トップレベルの技術を学ぶにはベルゼオールに留学するのが一番、ということらしい。
そんな彼らに知っておいてもらわねばならないことは、ただ一つ。
「え~、いいですか諸君。基本的に俺たち魔物は人間を食い物とみなしております」
俺は挨拶がわりに、これまでいかに人間たちを残虐に踊り喰いしてきたかを熱く語った。
悪魔に進化した経緯。エーテルの質を高めるための残虐な実験。そして完成した人間牧場。見せかけは幸福であったとしても国民には人権がございません。他国民の貴様らも家畜同然です。
俺の説明を一通り聞いた子供たちは、それぞれに深く頷いた。
「――つまり、魔王陛下は人権以外のすべてを国民に与えたということですね」
「人としての権利……それは私たち自身の手で勝ち取るべきものであると」
「私たちの行く末を案じて下さるとは、なんと慈悲深きお方だ」
「ちっげ~よ! お前らは家畜のひよこちゃんだって言ってんだよ! 悔しかったら俺に抗え!」
あまりに和やかな空気をぶち壊すべく俺は吠えたが、七代目アーサー王候補のひとりが「確かに、我らはまだまだひよっこですね」と答えると、使節団の面々にも穏やか笑みが蔓延した。あーもー。やっぱ言って聞かせたところで体験が伴ってないとダメなんだよな。俺はクソデカため息をついて使節団を下がらせた。
人間のみの力で統治するアルビオンと、悪魔を国家元首と仰ぐベルゼオールは敵対関係にある。現在も休戦中ということになっているが、それも形骸化して久しい。
アルビオンが建国された時点ではそれなりに緊張状態が続いていた。しかし世代交代し、実際に俺や配下の魔物たちに襲撃されて親兄弟を殺された者はもはや寿命を迎えた。俺が魔物の軍を指揮して人間を狩りまくっていた頃の出来事は遥か過去。祖先の恨みを晴らす、といってもやはり世代が遠いと実感も薄まるらしい。
あとは俺がうっかり人道支援をしてしまったことで決定的に風向きが変わってしまった。
ベルゼオールから程近い火山が大噴火した時、俺は気合いで火砕流を食い止めた。流石に無理かと思ったけど全力出したらできたよやったね。
ベルゼオールの建物は耐震基準がしっかりしていたので、噴火に伴う地震にも耐えた。だがアルビオンはそうもいかない。ほとんどの建物は倒壊。国民の半数が死傷する甚大な被害を被った。
俺の大事な第二の人間牧場が大ピンチである。このままでは将来ニコチキに育つであろうひよこたちが絶滅してしまう。焦った俺はすぐさま緊急援助隊を派遣するよう命じた。前世では地震大国に住んでたもんで、災害救助のノウハウなら一通り知っている。
ほんでそれがスムーズに行きすぎたんだよな。弱り果てている時に優しく手を差し伸べられたら敵対心も薄れてしまう。気づいた時には遅かった。彼らは魔物を敵対視しつつも恩義を感じ、結果エーテルの味から脂っこさが失われていった。
振り返ると、三代目アーサー王が一番ニコチキに近かった。鶏胸肉の焼き鳥ぐらいには脂が乗っていた。だがそこからは味が落ちる一方。由々しき事態だった。
§
「魔王陛下、僭越ながら私がそばにおります。どうかお気を落とされずに」
アーサー王の味が年々落ちていると嘆く俺を励ましてくれるのは、ベルゼオールで最もおいしい人間。人間牧場の最高傑作、コーラ公爵だ。
従順に跪くコーラ公爵を王座から見下ろし、ため息をつく。
「まあ、お前には満足してるんだけどね……」
この世に生まれ落ちてから望んでいたもののひとつ、コーラっぽい味わいのエーテルを宿す人間がようやく現れたのだ。俺は狂喜乱舞してコーラ公爵の名を授け、以来大切にしてきたのだが。
俺はおもむろに立ち上がり、コーラ公爵を足蹴にした。
「ああっ!」
コーラ公爵は悲鳴をあげて床に倒れ伏す。その声にも表情にも、ありありと喜びの色が浮かんでいる。
「魔王陛下、どうか顔を! 顔を容赦なくお願いいたします!」
いや容赦しなかったら人間の頭なんかトマトみたいに潰れちゃうから。そう思いながらも、俺はきちんと力をセーブしつつ、人間が耐えられるギリギリの圧で責めてやった。
「んんんんん! 魔王陛下の御御足ぃイイッ!」
コーラ公爵は四十代の壮年男性。政治に秀でており、ベルゼオールの首相を務めている。そして個人的な趣味として、美少年に踏まれるのが何よりも好きなのだという。それが黒髪で赤い瞳で、少年期と青年期の狭間にある危うげな美貌の悪魔的存在だと言うことない。つまり俺。
食べ物を粗末にするのは俺の主義に反する。本当なら大切なごはんを足蹴になんてしたくないけれど、それが彼の幸せだというなら満たしてやらねばなるまい。
「力加減はどうだ?」
「んんんっ! もっと強くお願いします」
「はいはい。おいしくなあれ。おいしくなあれ」
「はあああんっ! ありがたき! ありがたきしあわせぇえええッ♡」
求められるがまま、幸福感に打ち震えるコーラ公爵をさらにふみふみする。俺が爵位を授けた選りすぐりの人間たちの中でも、かなりクセのある部類である。幸せにしてやればエーテルも美味しくなる。足蹴にするのは本意ではないが、料理の下ごしらえだと思うしかない。
政治家としては才能があるし人望にも厚い。でもこんな姿を国民に見られたらさすがに支持率が下がっちゃうな、と心配した矢先に視線を感じた。
さりげなく気配を探ると、柱の影で金色の髪が揺れていた。
――七代目アーサー王候補のひとり。確かフィンレーという名前だったかな。初代アーサーの直系の子孫だと聞いているが、エーテルの味は必ずしも血縁に左右されない。入国の際に血液検査と称した味見も特筆するところのない凡庸な味だった。
何の用でここまで来たのかは知らないが、お子様にこんな生臭い場面を見せられない。一時中断しようと思ったのだけれど。俺は悪魔なので邪悪な発想を得た。
ここで悪魔の恐ろしい一面を目撃させておけば、敵対心が高まってフィンレーのエーテルもこってり濃厚なおいしい仕上がりになるのでは?
俄然やる気が出てきた。
「コーラ公爵。今日は特別に裸足で踏んでやろうか」
「お、おお……よろしいのですか……!」
普段は惰性でふみふみしているだけの俺が提案すると、俄然コーラ公爵の目が輝いた。
「もちろん、俺のかわいいコーラ公爵のためだ。ブーツを脱がせることを許可してやる」
「ありがたき幸せ!」
コーラ公爵は素早い身のこなしで起き上がり、せっせと俺の編み上げブーツを脱がしにかかった。素足になるなり頭を踏みつけてやると、コーラ公爵はバリトンボイスで歓喜の悲鳴をあげた。
「はあああっ! こんな! すばらしき! ありがとうございます! ありがとうございますぅううっ!!!!」
「おや? いつまで人間のつもりでいるんだ? 豚は豚らしくブヒブヒ鳴きなさい」
「うひょ~! ブヒブヒ! ブヒブヒ~ッ!」
さらに言葉責めのオプションもサービスしてやる。大盤振る舞いに感極まったコーラ公爵はもはや失禁寸前。マジで漏らされたら嫌だなと思いながらも足の力は緩めず、ちらりとフィンレーの様子を伺う。
フィンレーはすでに隠れることをやめていた。愕然とした様子で、俺たちの姿にただただ見入っている。
「コーラ公爵。首元を直接かじってやろう」
「そ、それはなんたる光栄!」
コーラ公爵は跳ね起きながらクラバットをむしり取り、姿勢を正して喉元を晒した。
普段ならコーラ公爵が感極まったタイミングで看護師を呼び、採血する。注射器が開発されて以来、人間の負担は大幅に減った。魔物が人間を直接かじることもない。人間の恐怖感が薄れればエーテルも美味しくなる。ついでに注射器以外の医療器具も次々と開発され、医療技術も向上した。魔物にとっても人間にとってもいいことしかない。
だから、こうして俺が直接人間をかじるのは、かなり久しぶりだ。あらわになった首元に牙を食い込ませると、謁見の間にコーラ公爵の野太い悲鳴が響き渡った。
「ハァアアアアアアア~ンッ♡♡♡」
口いっぱいに溢れる鉄錆の味。そんな雑味をいとも簡単に吹き飛ばしてしまうほど、コーラ公爵のエーテルはおいしかった。炭酸の如く刺激的で、それでいて爽やかな喉越し。たっぷりいじめてやった成果もあって、味に深みが出ている。
じっくりと味わい、顔を上げると、フィンレーの眼差しとぶつかった。
俺はさぞかし邪悪な悪魔に見えていることだろう。口元を血で塗らせたままにっこりと微笑んでやると、フィンレーは弾かれたようにその場から逃げ出した。入れ替わるように看護師と医師が現れて、コーラ公爵の手当てに取り掛かる。
これだけ邪悪で放埒な場面を見せつけてやったのだ。フィンレーの敵対心もさぞかし高まったことだろう。やはりキリッと炭酸のきいたコーラには、カリッとした歯応えのジューシーでスパイシーなチキンが欲しい。そこまでいかなくても焼き鳥ぐらいまで味が良くなってくれるといいのだが。
「ああっ! 治癒魔術は使わないでくれ! 名誉ある傷跡が消えてしまう!」
「心得ております。止血に留めておきましょう」
「直接噛んでいただけてよかったですね」
コーラ公爵と医師たちが和やかに歓談するのを聞き流しながら、俺はどっかりと王座に鎮座してほくそ笑んだ。
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