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五章

48 共鳴

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「魔力だけじゃなくて、光の加護も。クソおや……父さんは、お前には光の加護があるんだから奇跡を起こせるんだってうるせえけど、どういうもんなのかよくわからねえし……」
 父に繰り返し「光の加護は奇跡を起こす力だ」と言い聞かせられているのだろう。『緋閃のグランシャリオ』ではその言葉を励みにアリスティドによる虐待を耐えていたが、しつこく何度も繰り返して言われるのは煩わしい。励みになるどころか、余計なプレッシャーを受けるだけだ。
 小説では十二歳の時に光の加護が発現する。悪魔の力を得たアリスティドに殺されかけたことがきっかけだ。命の危機に陥れば自ずと発現する、もしくは十二歳という年齢が重要なのかもしれない。
 僕は小説を読んでいるからこそ、シグファリスがいずれ魔術も剣術も極めるのだと確信しているが、何もわからない今のシグファリスは不安だろう。普通は未来などわからない。
 僕は安楽椅子から立ち上がり、シグファリスの前に進み出た。
「手を出しなさい」
「えっ」
 唐突な命令に怯むシグファリスの前に、僕は両手を差し伸べる。しばらく迷った様子を見せたシグファリスは、やがて犬がお手でもするようにそっと両手を僕の手のひらの上に乗せた。
 既に僕よりも大きく、剣だこのできた手をそっと握る。これからまだまだ大きく成長するんだぞ、と主張しているような、力強さを秘めた手だった。頬を緩めてしまいそうになるのを耐えて、僕は目を閉じた。
 重ねた手のひらに意識を集中させる。
「どうだ。何か感じるだろう?」
「は! はい! すべすべで、いいにおいがします!」
「そういうことじゃない」
 尚も続けて意識を集中させる。魔力を操って体内の魔素を循環させているうちに、シグファリスが何かに気づいたようにはっと息を呑んだようだった。
 体の奥底で、澄んだ音が鳴り響く。けして耳には聞こえない。でも魔力を持つものにはわかる。やがて僕の音に引っ張られるようにして、シグファリスの魔力が響き始める。
 ――魔力の共鳴だ。
 魔力を持つ者は、母の胎内でこの音を聞きながら育つのだと言われている。赤子が寝返りを打ち、這うようになり、やがて歩けるようになるのと同じように、成長するにつれてごく自然に魔術を使えるようになるもの、この共鳴が作用しているのだという。しかしシグファリスは魔力を持たない平民の母から生まれた。体内に流れる魔素や魔力を感覚として掴めていないのかもしれない。
 母子間だけではなく、肉親であれば魔力を共鳴させることができる。片親が違うとはいえ、僕とシグファリスは間違いなく兄弟なのだということだ。なんだか感慨深い。
 ちなみに肉親以外で共鳴する者とは魔力の波長が合うとされており、婚姻の条件になる。社交界ではダンスの時にさりげなく共鳴を試し、結婚相手を探すのが常だ。
 それはそれとして。
「今のでわかっただろう、貴様には魔力がある。体の中から鳴り響いていた音がその証明だ」
「……は……はい……」
 目を開けると、シグファリスはなぜか顔を真っ赤にしていた。
「魔力を共鳴させるのは初めてだったのか?」
 こくこくと頷く。
 本当に困った愚父だ。シグファリスにただ魔術式や理論ばかり教えて基礎を怠っていたのだろう。
 でもこれでシグファリスも自分の内側に存在する魔力の感覚を掴めたはずだ。もしかしてこれがきっかけで魔術を使えるようになるかもしれないが、焦りは禁物だ。
「まあ、貴様は魔術を使えなくともかまわない。少なくとも魔法陣の基本的な構成と各属性の魔術式だけ頭に入れておけ」
 そう言い捨てて手を離そうとするが、がしりと掴まれていてままならない。
「……? もういい、手を離せ」
「あ! はい! ごめんなさい!」
 慌てて手を離したシグファリスは、なぜだか残念そうな顔をしている。
 もしかして、「魔術を使えなくていい」と伝えたことで逆にシグファリスを悲しませてしまっただろうか。貴様になど期待していない――そう言われたのだと思ったのだとしたら。
 光の加護は魔法陣を必要としないので、無理に魔術を使えるようになろうとしなくていい。ただ魔術師と戦闘になった場合、魔法陣に記された魔術式を読み取ることでどのような攻撃が来るのか予測することができるから、基礎程度は覚えておいた方がいい。そう丁寧に伝えてやりたいが、部屋の扉は開け放ったままで、廊下で待機している侍従も僕たちの会話を聞いている。
 あからさまに優しい言葉をかけることはできないし、どうして僕が光の加護について詳しく知っているのか説明することはできない。であれば、遠回しに励ますしかない。
「――光の加護は奇跡を起こす力だと言われているが、確かに貴様のような弱虫には荷が重いだろうな」
 僕が鼻で笑ってやると、ただでさえ不安そうにしていたシグファリスは、さらにしゅんと視線を落としてしまった。
「奇跡を起こすのは光の加護ではない。貴様次第だ。何のために、何を願い、何を成すか。その想いのために持てる力の全てを注ぎ込む。その結果が奇跡となって表れる」
 うつむいていたシグファリスが顔を上げる。金色の瞳とぶつかる。
 シグファリス自身にはわからなくても、僕は知っている。シグファリスが誰よりも勇敢で、人の悲しみに寄り添える優しさを持っていることを。その奇跡の力で愛すべき人々を救えることを。
「光の加護を活かすも殺すも、今後の貴様の努力次第だ。焦らず鍛錬するといい。それに、貴様は公爵邸の庭師になりたいのではなかったか? 魔術が使えない程度で弱音を吐いている平民にはとても任せられんな。せいぜい能力を磨くといい」
「――! 庭師になりたいの……覚えててくれた……!」
 以前セルジュ殿下に語っていた夢を引き合いに出すと、シグファリスは俄然目を輝かせた。
 魔王がいなくても、この世界にはあらゆる危機が存在する。辺境には魔物が跋扈しているが、多くの人々が見捨てられている。政情も安定しているとは言い難い。革命の火種は燻っている。現在の体制が崩れることもあるだろう。
 そんな世界で、シグファリスが授かった光の加護は人々を救う大きな力になる。強い絆で結ばれた仲間たちとも、形は違えどいずれ出会うことになる。
「ありがとうございます小公爵様! 俺、がんばります!」
 目を輝かせるシグファリスについ頬が緩んでしまう。何も勇者にこだわらなくてもいい。本人がやりたいのだから庭師を目指すのもいいだろう。
 僕が微笑むと、シグファリスは何故かさらに顔を赤くして、言葉を重ねた。
「あの……俺が大人になって、小公爵様のお役に立てるようになったら……その時は、俺のこと、名前で呼んでくれませんか」
「は? 調子に乗るな。もう下がれ」
 冷たく言い放ってシグファリスをひと睨みする。それでもシグファリスはいつになく笑顔で、侍従に促されて退出していった。

 小さな背中を見送って、少し考える。
 半分とはいえ血のつながった兄弟だ。非公式な場で名前を呼んでやるぐらいのことは許されるだろう。
 この調子で順調に運命を変えることができたら。小説とは違う結末を迎えることができたなら。――その時は、シグファリスの望む通りにしよう。
 執務室の窓から降り注ぐ暖かな日差しの中で、僕はそんな未来を待ち望んでいた。
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