32 / 62
四章
32 呪いの双剣
しおりを挟む
ヴリュソールは双剣に視線を注いだまま動かないが、この声と軽薄な物言いは吟遊詩人のフロレンツに違いない。玉座の間にいないと思ったらこちらの方に来ていたようだ。
カグヤはにこりともせず、黙って双剣の片割れを手にして掲げてみせた。
「これはまた……凶悪な」
「いい意味でも悪い意味でも、うちの最高傑作さね」
未だ柄などの装飾が施されていない剥き身の剣。カグヤは一度だけ素振りのような仕草をしただけで、すぐに台の上に戻した。たったそれだけの動作なのに、カグヤの額には玉の汗が浮かんでいた。
「駄目だわな。悪鬼の気配が強すぎる。気を抜いたら精神を持っていかれちまう」
「そんなものをよく鍛え上げられましたね……」
「まあ、その辺は気合いでな。ほれ坊主、水を出しな」
「麗しきレディのためでしたらばいくらでも」
シグファリスにはぶちぶちと文句を言っていたが、女性のためならば喜んで用意するらしい。フロレンツはうきうきとカグヤのお世話に勤しみ、汗を拭こうとして「そこまでせんでええわい」と止められた。
鼻の下を伸ばしていたフロレンツが、不意に真顔になる。
「この剣は、やはりシグファリスに?」
「ああ。扱いは難しいが、シグ坊やなら使いこなすだろうよ。ジュリ坊やがヘマをしでかして魔界召喚が成就したとしても、こいつがあれば百人力さね」
「しかし……憎い敵の一部を使って錬成された剣を、使いたがるでしょうか」
「いらんかったら封印だわな。まあ、うちとしては満足のいく獲物を打ててよかったわい。命をかけた甲斐があったさね」
「――え? ちょっと待ってください、命をかけたってどういうことです? 角の形状のままだと瘴気を撒き散らして保管に苦労するから剣の素材として錬成した方がいいって話じゃありませんでした? 危険性も少ないって……」
「おっと。口が滑ったわえ」
豪快に笑うカグヤに、フロレンツは絶句した。その後我に返ったフロレンツが怒涛の説教を始めるが、カグヤはどこ吹く風。「終わったことに文句を言うな」と逆に説教される羽目になった。
ジュリアンといい、カグヤといい、問題児だらけだ。フロレンツに同情を寄せつつ、腕組みをして呪いの双剣を眺める。フロレンツとカグヤがやりとりしている間も、ヴリュソールの視界は呪いの双剣に固定されたままだった。
カグヤは扱いが難しいと評していたが、そんな生やさしいものではない。悪魔に対して無敵の力を誇るこの剣は、振えば振るうほど瘴気を撒き散らす。光の加護を持つシグファリスは瘴気への完全耐性があるが、周囲はそうはいかない。悪魔との戦いの中でシグファリスは濃い瘴気を纏うようになり、孤立を深めていく。
小説では必要に駆られて仕方なく鍛え上げられた呪いの双剣だったが、この世界では鍛治師としての自負がカグヤを突き動かしたらしい。言うなればただの趣味。物騒なものを作り出してくれたものだ。
だが使う機会がないのだから問題はない。魔界召喚陣が解除され、僕が死ねば、シグファリスが呪いの双剣を振るうこともない。
「ヴリュソール、そろそろ他の場所に移動してくれ」
カグヤも勘が鋭い方だ。長居すればヴリュソールの気配に気づいてしまうかもしれない。しかしヴリュソールは僕が促してもその場から動かなかった。視界はずっと双剣に注がれている。
「……あれが欲しいのか?」
ヴリュソールが「いいにおい」と言っていたのは、双剣に宿った僕の魔素のことだろう。
〈あれが、あれば。お前の力、戻る〉
――その通りだ。僕自身に剣技の心得はないが、元々は僕の体の一部。悪魔の力が圧縮された角から錬成されたあの剣を僕が手にしたら、完全とはいかないまでも、相当の力を取り戻せるはずだ。
まさか、ヴリュソールは僕を魔王として復活させようと考えているのだろうか。食いしん坊のチビ竜だと思ってすっかり油断してしまっていたが、かつては悪魔ディシフェルに仕えていた邪悪な竜。人にあだなす目論見があって然るべきだ。
〈お前、げんきになる。そうしたら、お前の爪、もっと食べれる〉
「…………まあ、そうだな」
脱力して腕組みを解く。確かに僕があの剣を手にすれば力が戻り、爪ぐらいいくらでも再生できるが。
ヴリュソールは一貫して食欲に忠実なようだった。警戒して損した。もしかしたらヴリュソールはディシフェルに使役されていただけで、本性はそれほど邪悪ではないのかもしれない。――いやでもお腹が空いたら人間なんて普通に食べてしまうだろう。いくら愛らしい姿で僕の言うことを素直に聞いていると思えても、人類とは相容れない存在だということを忘れてはならない。
僕は咳払いをしてヴリュソールを宥めにかかった。
「取り戻すのは無理だ。いくら何でもあの剣をここまで運ぶことはできないだろう?」
〈我、かしこいので。やれる〉
「うーん……確かにヴリュソールは賢いが……」
僕が過剰に褒め称えすぎたせいか、ヴリュソールの自尊心がカンストしてしまったようだった。
結局ヴリュソールは活動限界が訪れるまで呪いの双剣に釘付けになっていた。
カグヤはにこりともせず、黙って双剣の片割れを手にして掲げてみせた。
「これはまた……凶悪な」
「いい意味でも悪い意味でも、うちの最高傑作さね」
未だ柄などの装飾が施されていない剥き身の剣。カグヤは一度だけ素振りのような仕草をしただけで、すぐに台の上に戻した。たったそれだけの動作なのに、カグヤの額には玉の汗が浮かんでいた。
「駄目だわな。悪鬼の気配が強すぎる。気を抜いたら精神を持っていかれちまう」
「そんなものをよく鍛え上げられましたね……」
「まあ、その辺は気合いでな。ほれ坊主、水を出しな」
「麗しきレディのためでしたらばいくらでも」
シグファリスにはぶちぶちと文句を言っていたが、女性のためならば喜んで用意するらしい。フロレンツはうきうきとカグヤのお世話に勤しみ、汗を拭こうとして「そこまでせんでええわい」と止められた。
鼻の下を伸ばしていたフロレンツが、不意に真顔になる。
「この剣は、やはりシグファリスに?」
「ああ。扱いは難しいが、シグ坊やなら使いこなすだろうよ。ジュリ坊やがヘマをしでかして魔界召喚が成就したとしても、こいつがあれば百人力さね」
「しかし……憎い敵の一部を使って錬成された剣を、使いたがるでしょうか」
「いらんかったら封印だわな。まあ、うちとしては満足のいく獲物を打ててよかったわい。命をかけた甲斐があったさね」
「――え? ちょっと待ってください、命をかけたってどういうことです? 角の形状のままだと瘴気を撒き散らして保管に苦労するから剣の素材として錬成した方がいいって話じゃありませんでした? 危険性も少ないって……」
「おっと。口が滑ったわえ」
豪快に笑うカグヤに、フロレンツは絶句した。その後我に返ったフロレンツが怒涛の説教を始めるが、カグヤはどこ吹く風。「終わったことに文句を言うな」と逆に説教される羽目になった。
ジュリアンといい、カグヤといい、問題児だらけだ。フロレンツに同情を寄せつつ、腕組みをして呪いの双剣を眺める。フロレンツとカグヤがやりとりしている間も、ヴリュソールの視界は呪いの双剣に固定されたままだった。
カグヤは扱いが難しいと評していたが、そんな生やさしいものではない。悪魔に対して無敵の力を誇るこの剣は、振えば振るうほど瘴気を撒き散らす。光の加護を持つシグファリスは瘴気への完全耐性があるが、周囲はそうはいかない。悪魔との戦いの中でシグファリスは濃い瘴気を纏うようになり、孤立を深めていく。
小説では必要に駆られて仕方なく鍛え上げられた呪いの双剣だったが、この世界では鍛治師としての自負がカグヤを突き動かしたらしい。言うなればただの趣味。物騒なものを作り出してくれたものだ。
だが使う機会がないのだから問題はない。魔界召喚陣が解除され、僕が死ねば、シグファリスが呪いの双剣を振るうこともない。
「ヴリュソール、そろそろ他の場所に移動してくれ」
カグヤも勘が鋭い方だ。長居すればヴリュソールの気配に気づいてしまうかもしれない。しかしヴリュソールは僕が促してもその場から動かなかった。視界はずっと双剣に注がれている。
「……あれが欲しいのか?」
ヴリュソールが「いいにおい」と言っていたのは、双剣に宿った僕の魔素のことだろう。
〈あれが、あれば。お前の力、戻る〉
――その通りだ。僕自身に剣技の心得はないが、元々は僕の体の一部。悪魔の力が圧縮された角から錬成されたあの剣を僕が手にしたら、完全とはいかないまでも、相当の力を取り戻せるはずだ。
まさか、ヴリュソールは僕を魔王として復活させようと考えているのだろうか。食いしん坊のチビ竜だと思ってすっかり油断してしまっていたが、かつては悪魔ディシフェルに仕えていた邪悪な竜。人にあだなす目論見があって然るべきだ。
〈お前、げんきになる。そうしたら、お前の爪、もっと食べれる〉
「…………まあ、そうだな」
脱力して腕組みを解く。確かに僕があの剣を手にすれば力が戻り、爪ぐらいいくらでも再生できるが。
ヴリュソールは一貫して食欲に忠実なようだった。警戒して損した。もしかしたらヴリュソールはディシフェルに使役されていただけで、本性はそれほど邪悪ではないのかもしれない。――いやでもお腹が空いたら人間なんて普通に食べてしまうだろう。いくら愛らしい姿で僕の言うことを素直に聞いていると思えても、人類とは相容れない存在だということを忘れてはならない。
僕は咳払いをしてヴリュソールを宥めにかかった。
「取り戻すのは無理だ。いくら何でもあの剣をここまで運ぶことはできないだろう?」
〈我、かしこいので。やれる〉
「うーん……確かにヴリュソールは賢いが……」
僕が過剰に褒め称えすぎたせいか、ヴリュソールの自尊心がカンストしてしまったようだった。
結局ヴリュソールは活動限界が訪れるまで呪いの双剣に釘付けになっていた。
78
お気に入りに追加
282
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!
ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて
素の性格がリスナー全員にバレてしまう
しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて…
■
□
■
歌い手配信者(中身は腹黒)
×
晒し系配信者(中身は不憫系男子)
保険でR15付けてます
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
【完】ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが
咲
BL
俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。
ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。
「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」
モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?
重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。
※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。
※第三者×兄(弟)描写があります。
※ヤンデレの闇属性でビッチです。
※兄の方が優位です。
※男性向けの表現を含みます。
※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。
お気に入り登録、感想などはお気軽にしていただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる