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四章
32 呪いの双剣
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ヴリュソールは双剣に視線を注いだまま動かないが、この声と軽薄な物言いは吟遊詩人のフロレンツに違いない。玉座の間にいないと思ったらこちらの方に来ていたようだ。
カグヤはにこりともせず、黙って双剣の片割れを手にして掲げてみせた。
「これはまた……凶悪な」
「いい意味でも悪い意味でも、うちの最高傑作さね」
未だ柄などの装飾が施されていない剥き身の剣。カグヤは一度だけ素振りのような仕草をしただけで、すぐに台の上に戻した。たったそれだけの動作なのに、カグヤの額には玉の汗が浮かんでいた。
「駄目だわな。悪鬼の気配が強すぎる。気を抜いたら精神を持っていかれちまう」
「そんなものをよく鍛え上げられましたね……」
「まあ、その辺は気合いでな。ほれ坊主、水を出しな」
「麗しきレディのためでしたらばいくらでも」
シグファリスにはぶちぶちと文句を言っていたが、女性のためならば喜んで用意するらしい。フロレンツはうきうきとカグヤのお世話に勤しみ、汗を拭こうとして「そこまでせんでええわい」と止められた。
鼻の下を伸ばしていたフロレンツが、不意に真顔になる。
「この剣は、やはりシグファリスに?」
「ああ。扱いは難しいが、シグ坊やなら使いこなすだろうよ。ジュリ坊やがヘマをしでかして魔界召喚が成就したとしても、こいつがあれば百人力さね」
「しかし……憎い敵の一部を使って錬成された剣を、使いたがるでしょうか」
「いらんかったら封印だわな。まあ、うちとしては満足のいく獲物を打ててよかったわい。命をかけた甲斐があったさね」
「――え? ちょっと待ってください、命をかけたってどういうことです? 角の形状のままだと瘴気を撒き散らして保管に苦労するから剣の素材として錬成した方がいいって話じゃありませんでした? 危険性も少ないって……」
「おっと。口が滑ったわえ」
豪快に笑うカグヤに、フロレンツは絶句した。その後我に返ったフロレンツが怒涛の説教を始めるが、カグヤはどこ吹く風。「終わったことに文句を言うな」と逆に説教される羽目になった。
ジュリアンといい、カグヤといい、問題児だらけだ。フロレンツに同情を寄せつつ、腕組みをして呪いの双剣を眺める。フロレンツとカグヤがやりとりしている間も、ヴリュソールの視界は呪いの双剣に固定されたままだった。
カグヤは扱いが難しいと評していたが、そんな生やさしいものではない。悪魔に対して無敵の力を誇るこの剣は、振えば振るうほど瘴気を撒き散らす。光の加護を持つシグファリスは瘴気への完全耐性があるが、周囲はそうはいかない。悪魔との戦いの中でシグファリスは濃い瘴気を纏うようになり、孤立を深めていく。
小説では必要に駆られて仕方なく鍛え上げられた呪いの双剣だったが、この世界では鍛治師としての自負がカグヤを突き動かしたらしい。言うなればただの趣味。物騒なものを作り出してくれたものだ。
だが使う機会がないのだから問題はない。魔界召喚陣が解除され、僕が死ねば、シグファリスが呪いの双剣を振るうこともない。
「ヴリュソール、そろそろ他の場所に移動してくれ」
カグヤも勘が鋭い方だ。長居すればヴリュソールの気配に気づいてしまうかもしれない。しかしヴリュソールは僕が促してもその場から動かなかった。視界はずっと双剣に注がれている。
「……あれが欲しいのか?」
ヴリュソールが「いいにおい」と言っていたのは、双剣に宿った僕の魔素のことだろう。
〈あれが、あれば。お前の力、戻る〉
――その通りだ。僕自身に剣技の心得はないが、元々は僕の体の一部。悪魔の力が圧縮された角から錬成されたあの剣を僕が手にしたら、完全とはいかないまでも、相当の力を取り戻せるはずだ。
まさか、ヴリュソールは僕を魔王として復活させようと考えているのだろうか。食いしん坊のチビ竜だと思ってすっかり油断してしまっていたが、かつては悪魔ディシフェルに仕えていた邪悪な竜。人にあだなす目論見があって然るべきだ。
〈お前、げんきになる。そうしたら、お前の爪、もっと食べれる〉
「…………まあ、そうだな」
脱力して腕組みを解く。確かに僕があの剣を手にすれば力が戻り、爪ぐらいいくらでも再生できるが。
ヴリュソールは一貫して食欲に忠実なようだった。警戒して損した。もしかしたらヴリュソールはディシフェルに使役されていただけで、本性はそれほど邪悪ではないのかもしれない。――いやでもお腹が空いたら人間なんて普通に食べてしまうだろう。いくら愛らしい姿で僕の言うことを素直に聞いていると思えても、人類とは相容れない存在だということを忘れてはならない。
僕は咳払いをしてヴリュソールを宥めにかかった。
「取り戻すのは無理だ。いくら何でもあの剣をここまで運ぶことはできないだろう?」
〈我、かしこいので。やれる〉
「うーん……確かにヴリュソールは賢いが……」
僕が過剰に褒め称えすぎたせいか、ヴリュソールの自尊心がカンストしてしまったようだった。
結局ヴリュソールは活動限界が訪れるまで呪いの双剣に釘付けになっていた。
カグヤはにこりともせず、黙って双剣の片割れを手にして掲げてみせた。
「これはまた……凶悪な」
「いい意味でも悪い意味でも、うちの最高傑作さね」
未だ柄などの装飾が施されていない剥き身の剣。カグヤは一度だけ素振りのような仕草をしただけで、すぐに台の上に戻した。たったそれだけの動作なのに、カグヤの額には玉の汗が浮かんでいた。
「駄目だわな。悪鬼の気配が強すぎる。気を抜いたら精神を持っていかれちまう」
「そんなものをよく鍛え上げられましたね……」
「まあ、その辺は気合いでな。ほれ坊主、水を出しな」
「麗しきレディのためでしたらばいくらでも」
シグファリスにはぶちぶちと文句を言っていたが、女性のためならば喜んで用意するらしい。フロレンツはうきうきとカグヤのお世話に勤しみ、汗を拭こうとして「そこまでせんでええわい」と止められた。
鼻の下を伸ばしていたフロレンツが、不意に真顔になる。
「この剣は、やはりシグファリスに?」
「ああ。扱いは難しいが、シグ坊やなら使いこなすだろうよ。ジュリ坊やがヘマをしでかして魔界召喚が成就したとしても、こいつがあれば百人力さね」
「しかし……憎い敵の一部を使って錬成された剣を、使いたがるでしょうか」
「いらんかったら封印だわな。まあ、うちとしては満足のいく獲物を打ててよかったわい。命をかけた甲斐があったさね」
「――え? ちょっと待ってください、命をかけたってどういうことです? 角の形状のままだと瘴気を撒き散らして保管に苦労するから剣の素材として錬成した方がいいって話じゃありませんでした? 危険性も少ないって……」
「おっと。口が滑ったわえ」
豪快に笑うカグヤに、フロレンツは絶句した。その後我に返ったフロレンツが怒涛の説教を始めるが、カグヤはどこ吹く風。「終わったことに文句を言うな」と逆に説教される羽目になった。
ジュリアンといい、カグヤといい、問題児だらけだ。フロレンツに同情を寄せつつ、腕組みをして呪いの双剣を眺める。フロレンツとカグヤがやりとりしている間も、ヴリュソールの視界は呪いの双剣に固定されたままだった。
カグヤは扱いが難しいと評していたが、そんな生やさしいものではない。悪魔に対して無敵の力を誇るこの剣は、振えば振るうほど瘴気を撒き散らす。光の加護を持つシグファリスは瘴気への完全耐性があるが、周囲はそうはいかない。悪魔との戦いの中でシグファリスは濃い瘴気を纏うようになり、孤立を深めていく。
小説では必要に駆られて仕方なく鍛え上げられた呪いの双剣だったが、この世界では鍛治師としての自負がカグヤを突き動かしたらしい。言うなればただの趣味。物騒なものを作り出してくれたものだ。
だが使う機会がないのだから問題はない。魔界召喚陣が解除され、僕が死ねば、シグファリスが呪いの双剣を振るうこともない。
「ヴリュソール、そろそろ他の場所に移動してくれ」
カグヤも勘が鋭い方だ。長居すればヴリュソールの気配に気づいてしまうかもしれない。しかしヴリュソールは僕が促してもその場から動かなかった。視界はずっと双剣に注がれている。
「……あれが欲しいのか?」
ヴリュソールが「いいにおい」と言っていたのは、双剣に宿った僕の魔素のことだろう。
〈あれが、あれば。お前の力、戻る〉
――その通りだ。僕自身に剣技の心得はないが、元々は僕の体の一部。悪魔の力が圧縮された角から錬成されたあの剣を僕が手にしたら、完全とはいかないまでも、相当の力を取り戻せるはずだ。
まさか、ヴリュソールは僕を魔王として復活させようと考えているのだろうか。食いしん坊のチビ竜だと思ってすっかり油断してしまっていたが、かつては悪魔ディシフェルに仕えていた邪悪な竜。人にあだなす目論見があって然るべきだ。
〈お前、げんきになる。そうしたら、お前の爪、もっと食べれる〉
「…………まあ、そうだな」
脱力して腕組みを解く。確かに僕があの剣を手にすれば力が戻り、爪ぐらいいくらでも再生できるが。
ヴリュソールは一貫して食欲に忠実なようだった。警戒して損した。もしかしたらヴリュソールはディシフェルに使役されていただけで、本性はそれほど邪悪ではないのかもしれない。――いやでもお腹が空いたら人間なんて普通に食べてしまうだろう。いくら愛らしい姿で僕の言うことを素直に聞いていると思えても、人類とは相容れない存在だということを忘れてはならない。
僕は咳払いをしてヴリュソールを宥めにかかった。
「取り戻すのは無理だ。いくら何でもあの剣をここまで運ぶことはできないだろう?」
〈我、かしこいので。やれる〉
「うーん……確かにヴリュソールは賢いが……」
僕が過剰に褒め称えすぎたせいか、ヴリュソールの自尊心がカンストしてしまったようだった。
結局ヴリュソールは活動限界が訪れるまで呪いの双剣に釘付けになっていた。
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