死にぞこないの魔王は奇跡を待たない

ましろはるき

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三章

24 悪魔の尻尾

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『緋閃のグランシャリオ』には、勇者シグファリスを支える頼もしい仲間たちが登場する。
 ――聖女エステル。
 ――魔術師ジュリアン。
 ――吟遊詩人フロレンツ。
 ――鍛治師カグヤ。
 ――王国騎士トリスタン。
 ――薬師マリー。
 彼らは魔王アリスティドによって愛する者を失い、故郷を滅ぼされてしまう。エステルは命さえも奪われた。そんな中で唯一、魔王アリスティドと直接の因縁がない人物がジュリアンだった。祖国を滅亡に追いやられるという被害を受けてはいるが、ジュリアンに愛国心などない。勇者シグファリスの仲間になったのは脱獄して魔術研究に打ち込みたかったからであり、魔王軍との戦いは魔素蓄積型の魔術具の研究成果を発揮できる良い機会だった。
 だから、ジュリアンが魔王アリスティドを――僕を解剖したいというのは、恨みでもなく、義務でもなく、単純に好奇心によるものだ。
「……うう……嫌すぎる……」
 弱音が口をつく。前世で小説を読んでいたときは、ジュリアンのことを面白いキャラクターだと思っていた。マッドサイエンティスト的な危うさも魅力的に感じられたけれど、こうして同じ世界に存在して接点を持つとなると最悪でしかない。
 膝から力が抜けて、へなへなとしゃがみ込んで自分の体を抱きしめる。僕に恨みを持つ者たちから責められるのは構わない。当然の報いだ。でもジュリアンに面白半分に弄られるのは生理的に嫌だ。嫌だけれど僕にはどうすることもできない。
 膝を抱えて丸まったまま耳を澄ませる。すぐにでもシグファリスがジュリアンを引き連れてやってくるかもしれない。もしかしたら他の仲間たちも。
「……シグファリス以外に、触られるのは……嫌だな……」
 シグファリスに痛めつけられるのだって怖いけれど、彼は僕にとって特別な存在だ。物語においても、悪役であるアリスティドは主人公に倒されるために存在しているといえる。主人公の、シグファリスのために。
 ――必ずこの手でお前を殺す。
 不意にシグファリスの言葉が脳裏に蘇る。
 これから誰にどのようなことをされても、きっと最後はシグファリスが殺してくれる。そう思ったら不思議と震えがおさまった。殺害予告に安堵するなんておかしな話だけれど。
 拷問でもなんでもすればいい。どんな責苦にも涼しい顔で耐えてやる。すぐに教えてしまっては信憑性がないから、耐えて、耐えて、耐え抜いて――正気を失う手前まで耐えてから術式解除の方法を白状しよう。
 牢獄を訪う者が現れたのは、そう決意を固めた五日後だった。

 廊下から響いてくる足音は一人分。錆びた音を立てて鉄扉が開くと、そこにはいつにも増して不機嫌そうなシグファリスがいた。
「もう食事の時間か。自ら食われにくる家畜というのも悪くはないな」
 他の仲間が一緒ではなくて正直ほっとしたが、そんな心の内を表に出さないよう尊大に振る舞う。尻尾も丸まらないようにピンと伸ばす。ジュリアンが欲しがっていたから、この尻尾とも今日でお別れだ。
 虚勢を張る僕の元まで、シグファリスが大股で接近する。殴られる、と思ったのに、いきなり口を塞がれた。
「んっ! んう……っ!?」
 あらかじめ傷をつけてきたのか、左手から滴る血が僕の唇に擦り付けられる。
 芳醇な血の香りを知覚した途端、泥酔したように頭が回らなくなって、体から力が抜ける。へにゃりとその場に倒れ込みそうになったけれど、シグファリスがもう片方の手で首輪を掴んだ。
「う……っ、んう……!」
 つま先立ちになって、首が締まって苦しいのに、血を啜るのをやめられない。息を荒くしながら浅ましく傷口に下を這わせる。尻尾が勝手に動いて、ねだるようにシグファリスの腰に絡みつく。
 ああ、もしかして、血に酔って大人しくしている間に尻尾を切り落とすつもりなのだろうか。今の僕は喉にこぼれ落ちる甘美な熱にばかりに夢中になって、ほとんど痛みを感じない。だから拷問としては成立しないのだけれど。
 シグファリスの手が首輪から離れ、地面に落とされる。無様に転がった僕の傍にしゃがみ込んだシグファリスが、僕の尻尾の先を掴んだ。
「――ッ!」
 反射的に体がびくりと震えた。どこを切り落とすのか吟味しているのか、シグファリスは僕の尻尾の先から根元の方まで指を滑らせていく。魔素を集積するために存在する角と違って、尻尾はなんのためにあるのかいまいちわからないが、触れられるとこそばゆい。
「んっ、や、やらぁ……」
 やだではない。傲然と「触るな」と命じるべきなのに、血を与えられたせいでふにゃふにゃだ。先ほど傷口を口元に押し当てられた時に血を飲みすぎた。頭がくらくらして酩酊状態に近くなる。この状態のまま尻尾を切り落とされても気がつかないだろうな。
 こんな尻尾など惜しくはない。そもそも僕のものではないし、あっても虫や小さな魔物たちを追い払うのに使える程度のものだ。切断するならさっさとやればいい――それが僕が気を失う寸前まで考えていたことだった。

 ふと我に返ると、シグファリスの姿はすでに牢獄から消えていた。 
「――? 尻尾は……!?」
 のろのろと上半身を起こして手を腰に当てる。長い尻尾は、気を失う前と同じ状態で僕の体にくっついていた。
「あ、あれ……?」
 尻尾は無事だし、その他外傷もない。気を失っている間に殴られたり蹴られたりしたのかもしれないが、痛みはまったく残っていない。それどころか血を与えられたおかげで身体中に魔素が行き渡って、力が有り余っている感じすらする。
 この五日間、いつシグファリスが仲間を引き連れてやってくるのかと気を張って過ごしていたから、拷問されない上に尻尾を切断されずに済むなんて、あまりにも肩透かしだった。一気に力が抜けて、僕はころりと石床に転がった。
「……どういうことなんだ……?」
 今回はたまたまシグファリスの興が乗らなかっただけで、次こそは拷問されるかもしれない。もしかしたら、こうして焦らすことでじわじわと精神的に責めるつもりなのだろうか。いや、シグファリスは玉座の間で仲間たちと話していた内容を僕に盗み聞きされていたことを知らないのだから、それはない。
 理由は不明だが、次にまたシグファリスが来るまで数日の猶予があると考えていいだろう。僕は上半身を起こし、闇に向かってしもべの名を呼んだ。
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