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三章
23 拷問しよう
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食事という名の強制給餌が終わると、三人は玉座の間の片隅に腰を落ち着けた。絨毯が敷いてあり、端には寝袋らしきものがまとめられている。ジュリアンはここで寝泊まりしているようだった。
「あーあ、せっかく集中してたのに。せめて声をかけるとかしてくれないかな」
「声ならかけたんだけどね」
フロレンツは苦笑いをしながらも、文句をたれるジュリアンの口元を拭いてやる。お茶を飲ませたり、横になって体を休めるようにと促したりと甲斐甲斐しく世話を焼く。
「何かわかったか?」
一方のシグファリスは、ジュリアンが生きて働いてさえいれば構わないらしい。要件だけを単刀直入に切り出したシグファリスに、片肘をついて寝転がっていたジュリアンは跳ね起きて目を輝かせた。
「それがね! すごいんだよこの魔法陣は! 並の魔術師には理解できないよ、複雑に入り組んでいる上に暗号化されてて僕はかろうじて読み取れるけど本当に見事としか言いようがない、アリスティドは間違い無く天才だよ」
宿敵を褒め称えるかのような発言に、これまで和やかな表情を崩さなかったフロレンツも流石に眉を顰めた。
小説でもジュリアンは空気の読めない性格だった。少し、いや、かなり人格に問題がある。悪気はないのだが、魔術が絡んだ途端に周囲が見えなくなる。魔王アリスティドのせいで数万もの人々が死んだ。それでも素直に魔法陣の出来栄を讃えてしまうほどに。
シグファリスはジュリアンのそんな性格にも慣れているのか、顔色ひとつ変えずに尋ねる。
「それで。いつ解除できる?」
「え~とそうだなあ、最短で十年後ぐらいには解析が完了すると思う」
「そんなにかかるの!?」
ジュリアンの返答にフロレンツが悲鳴まじりの声を上げた。僕もつい「は!?」と声を漏らしてしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。僕の声が彼らに直接届くことはないが、視界と意識を共有しているヴリュソールを驚かせてしまう。ヴリュソールは僕の声に驚いて身体をすくませたらしく、視界が一瞬ぶれた。
ヴリュソールに「申し訳ない」と内心で謝りながらも腕組みしてしまう。まさか十年後だなんて。想定していたよりも時間がかかりすぎる。しかし当のジュリアンは危機感もなく、はしゃいだ声を上げた。
「解析が完了するより先にシグファリスがうっかり死んじゃって魔界召喚の術式が発動しちゃったりしてね、あははは」
「笑い事じゃないよ! 何か手段を講じないと……他の魔術師に協力要請するのはどうかな」
「僕があと十人ぐらいいたらもっと早く解析できるけど、馬鹿が何人集まってもかえって邪魔なだけだよ」
ジュリアンとフロレンツがかけ合う様子を画面越しに見ながら、僕は立ったまま気絶しそうだった。
なぜか魔王である僕が生存している今の状況は、小説通りの展開から逃れる好機だと考えていた。しかしこの状況で万が一にもシグファリスが不慮の事故で命を落としてしまった場合、唯一悪魔に対抗する力を持った勇者を欠いた状態で魔界召喚が成されてしまう。そうなってしまえば、待ち受けるのは小説よりも最悪な結末――世界の滅亡だ。
「こうなったら、アリスティドに直接聞くというのはどうだろうか。今は地下牢に閉じ込めていると言っていたね?」
フロレンツの口から僕の名が出て我に返る。
それまで押し黙っていたシグファリスは重々しく首を縦に振ったようだったが、それよりも先にジュリアンの場違いに明るい声が響いた。
「それいいね! 僕もアリスティドにこの魔法陣について色々聞いてみたいと思ってたんだよね! まあ簡単に口を割るはずがないから拷問することになるんだろうけど、研究材料に悪魔の尻尾が欲しかったからちょうどいいな! 尻尾も角と同じく結晶化するはずだし! あとはちょっとずつ手足を先端から切り落としていって、自分の体が小さくなってくのを見せつければ素直に話す気分になってくれるんじゃないかな? 魔素さえあれば身体的な欠損を回復できる悪魔にとっては大して効かないかもしれないけど、アリスティドだって元々は人間なんだし、多少は精神にダメージを与えられるかも」
不機嫌に押し黙るシグファリスとは対照的に、ジュリアンは溌剌とした笑顔でとんでもないことをのたまった。そんなジュリアンにフロレンツが顔を引き攣らせる。
「アリスティドに同情の余地はないけど、君も大概悪魔だな」
「いや~それほどでもないよ、僕なんて悪魔に比べたら全然大したことない。悪魔はすごいよねえ、魔素不足にさえ気をつければ滅多なことじゃ死なないし、思う存分拷問できると思うとワクワクするなあ。あ、そうだ、解剖したい! 悪魔って死ぬと灰になるじゃん? 稀に角と尻尾だけ残るけど、生きたまま解剖できれば悪魔についてより詳しいことがわかるかもしれないね! わあ~やる気が出てきたなあ!」
「うん……そうかい……それはよかった……」
フロレンツは頷きながらも、さりげなくジュリアンから距離をとった。僕も思わず画面から一歩離れる。
――生きたまま解剖。そんなことをされて正気を保てる自信がない。
恐る恐るシグファリスの顔色を伺う。僕に恨みを抱いているシグファリスが同意しないはずがない。それなのにシグファリスは沈黙を保っていた。わずかに俯いて仲間たちから顔を背けているせいで、ヴリュソールのいる場所からは表情が見えない。
シグファリスはジュリアンになんと答えるのか――固唾を飲んで見守っていると、画像が不意にぼやけた。遅れてヴリュソールの思念が伝わってくる。
〈もうむり〉
「何!? ちょっと待て……!」
もう少しだけ、と声を上げる前に、目の前の映像がかき消えて闇に溶けた。
爪を与えた分の魔素が尽きて、活動限界が訪れたらしい。気配をたぐっても、名前を呼んでみても、ヴリュソールは姿を表さなかった。
静寂がより深く、重くのしかかる。何をどうすることもできず、僕はただその場に立ち尽くした。
「あーあ、せっかく集中してたのに。せめて声をかけるとかしてくれないかな」
「声ならかけたんだけどね」
フロレンツは苦笑いをしながらも、文句をたれるジュリアンの口元を拭いてやる。お茶を飲ませたり、横になって体を休めるようにと促したりと甲斐甲斐しく世話を焼く。
「何かわかったか?」
一方のシグファリスは、ジュリアンが生きて働いてさえいれば構わないらしい。要件だけを単刀直入に切り出したシグファリスに、片肘をついて寝転がっていたジュリアンは跳ね起きて目を輝かせた。
「それがね! すごいんだよこの魔法陣は! 並の魔術師には理解できないよ、複雑に入り組んでいる上に暗号化されてて僕はかろうじて読み取れるけど本当に見事としか言いようがない、アリスティドは間違い無く天才だよ」
宿敵を褒め称えるかのような発言に、これまで和やかな表情を崩さなかったフロレンツも流石に眉を顰めた。
小説でもジュリアンは空気の読めない性格だった。少し、いや、かなり人格に問題がある。悪気はないのだが、魔術が絡んだ途端に周囲が見えなくなる。魔王アリスティドのせいで数万もの人々が死んだ。それでも素直に魔法陣の出来栄を讃えてしまうほどに。
シグファリスはジュリアンのそんな性格にも慣れているのか、顔色ひとつ変えずに尋ねる。
「それで。いつ解除できる?」
「え~とそうだなあ、最短で十年後ぐらいには解析が完了すると思う」
「そんなにかかるの!?」
ジュリアンの返答にフロレンツが悲鳴まじりの声を上げた。僕もつい「は!?」と声を漏らしてしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。僕の声が彼らに直接届くことはないが、視界と意識を共有しているヴリュソールを驚かせてしまう。ヴリュソールは僕の声に驚いて身体をすくませたらしく、視界が一瞬ぶれた。
ヴリュソールに「申し訳ない」と内心で謝りながらも腕組みしてしまう。まさか十年後だなんて。想定していたよりも時間がかかりすぎる。しかし当のジュリアンは危機感もなく、はしゃいだ声を上げた。
「解析が完了するより先にシグファリスがうっかり死んじゃって魔界召喚の術式が発動しちゃったりしてね、あははは」
「笑い事じゃないよ! 何か手段を講じないと……他の魔術師に協力要請するのはどうかな」
「僕があと十人ぐらいいたらもっと早く解析できるけど、馬鹿が何人集まってもかえって邪魔なだけだよ」
ジュリアンとフロレンツがかけ合う様子を画面越しに見ながら、僕は立ったまま気絶しそうだった。
なぜか魔王である僕が生存している今の状況は、小説通りの展開から逃れる好機だと考えていた。しかしこの状況で万が一にもシグファリスが不慮の事故で命を落としてしまった場合、唯一悪魔に対抗する力を持った勇者を欠いた状態で魔界召喚が成されてしまう。そうなってしまえば、待ち受けるのは小説よりも最悪な結末――世界の滅亡だ。
「こうなったら、アリスティドに直接聞くというのはどうだろうか。今は地下牢に閉じ込めていると言っていたね?」
フロレンツの口から僕の名が出て我に返る。
それまで押し黙っていたシグファリスは重々しく首を縦に振ったようだったが、それよりも先にジュリアンの場違いに明るい声が響いた。
「それいいね! 僕もアリスティドにこの魔法陣について色々聞いてみたいと思ってたんだよね! まあ簡単に口を割るはずがないから拷問することになるんだろうけど、研究材料に悪魔の尻尾が欲しかったからちょうどいいな! 尻尾も角と同じく結晶化するはずだし! あとはちょっとずつ手足を先端から切り落としていって、自分の体が小さくなってくのを見せつければ素直に話す気分になってくれるんじゃないかな? 魔素さえあれば身体的な欠損を回復できる悪魔にとっては大して効かないかもしれないけど、アリスティドだって元々は人間なんだし、多少は精神にダメージを与えられるかも」
不機嫌に押し黙るシグファリスとは対照的に、ジュリアンは溌剌とした笑顔でとんでもないことをのたまった。そんなジュリアンにフロレンツが顔を引き攣らせる。
「アリスティドに同情の余地はないけど、君も大概悪魔だな」
「いや~それほどでもないよ、僕なんて悪魔に比べたら全然大したことない。悪魔はすごいよねえ、魔素不足にさえ気をつければ滅多なことじゃ死なないし、思う存分拷問できると思うとワクワクするなあ。あ、そうだ、解剖したい! 悪魔って死ぬと灰になるじゃん? 稀に角と尻尾だけ残るけど、生きたまま解剖できれば悪魔についてより詳しいことがわかるかもしれないね! わあ~やる気が出てきたなあ!」
「うん……そうかい……それはよかった……」
フロレンツは頷きながらも、さりげなくジュリアンから距離をとった。僕も思わず画面から一歩離れる。
――生きたまま解剖。そんなことをされて正気を保てる自信がない。
恐る恐るシグファリスの顔色を伺う。僕に恨みを抱いているシグファリスが同意しないはずがない。それなのにシグファリスは沈黙を保っていた。わずかに俯いて仲間たちから顔を背けているせいで、ヴリュソールのいる場所からは表情が見えない。
シグファリスはジュリアンになんと答えるのか――固唾を飲んで見守っていると、画像が不意にぼやけた。遅れてヴリュソールの思念が伝わってくる。
〈もうむり〉
「何!? ちょっと待て……!」
もう少しだけ、と声を上げる前に、目の前の映像がかき消えて闇に溶けた。
爪を与えた分の魔素が尽きて、活動限界が訪れたらしい。気配をたぐっても、名前を呼んでみても、ヴリュソールは姿を表さなかった。
静寂がより深く、重くのしかかる。何をどうすることもできず、僕はただその場に立ち尽くした。
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