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二章

09 死にぞこないの魔王

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 寒い。体が重い。不快な痛みが全身を蝕んでいる。
 死んだのに感覚があるということは、地獄に落ちたということだろうか。地獄の業火で焼かれているにしては地味だな、などとぼんやり考えながら身を捩ると、胸に鋭い痛みが走った。
「い……っ!」
 まるで胸元が裂けているような――いや、ような、ではない。シグファリスに斬られた箇所が実際に裂けて痛みをもたらしている。
「うう……い、痛い……」
 苦痛に呻きながらまぶたを押し上げると、視界に薄闇が流れ込んできた。肌を刺す冷気。鼻につく湿ったカビの臭気。指を動かせば、ざらざらとした硬質な感触の床に爪先がひっかかる。僕を取り巻くすべてのものが、ここは地獄ではなく現世なのだと告げていた。
「……!? 生きて、る……?」
 僕の体を支配していたディシフェルはシグファリスに敗北した。胸元に受けた斬撃は致命傷のはず。それなのに僕は生きていて、その上自分の意思で体を動かすことができている。
 ディシフェルに体を奪われてからおよそ七年余り。これまで遮断されていた感覚を一斉に浴びて、しばらく呆然としてしまう。
 ――どうして今更、僕に主導権が戻ってきたのかわからないが、腑抜けている場合ではない。
 自分が置かれている状況を把握するために首を持ち上げてみる。たったそれだけの動きで傷がひどく痛んだが、奥歯を噛み締めて自分の姿を確認する。
 僕の全身は鎖でがんじがらめに拘束されているらしかった。何枚も貼られている紙片はおそらく魔封じの呪符。これでは魔術も使えない。それにこの身体中を侵す痛み。シグファリスとの一騎打ちからそれほど時間が経っていないと思われる。追い詰められて重傷を負った僕は虫の息。拘束されていなかったとしてもまともに動くことはできないだろう。
 それ以上体を動かすことは諦めて、周囲に視線を巡らせる。僕は石壁に囲まれた重苦しい空間に転がされていた。十人程なら余裕で入れる広さがあるが、いるのは僕ひとり。唯一の出入り口は錆びついた鉄扉。高い位置にある明かりとりの小さな窓からわずかに光が漏れている。辺りは静寂に沈み、水が滴るわずかな音だけが時折耳に届く。
 おそらく王城の地下牢に押し込められているのだと思う。居場所の見当はついたが、それ以外のことは依然として不明のまま。
 疑問は一旦脇に置き、蜘蛛の糸のように細く差し込む光に目で縋る。僕はこの世界で起こる惨劇を知っていたにも関わらず、防ぐことができなかった。シグファリスに殺されても文句はないし、地獄に落ちてもかまわない。それでも、この世界から光が失われていないのなら。僕はまだ、死ぬわけにはいかない。
 一刻も早くシグファリスにすべてを話さなくては。ただ転がっていることしかできないのが歯がゆいが、わざわざ魔王アリスティドを生け捕りにしているのだ。どういう意図があるにせよ、捕らえた張本人であるシグファリスは必ずやってくる。
 ディシフェルとの戦いでシグファリスも深手を負っているはずだ。すぐには対面できないだろうが、体を奪われ、無力な傍観者として過ごした七年間を思えば大した時間ではない。
 痛みに苛まれながらシグファリスの来訪を待つ。苦痛のあまり気絶と覚醒を幾度か繰り返した。時間の感覚は既にない。床にこびりついた泥のようにただただ身を横たえているうちに、その時はやってきた。
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