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一章
04 物語に抗う
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「あの身のほど知らずめが、よくも平民との間に作った子供を公爵家の跡取りにしようなどと言えたものだな。我が一族を侮辱しているとしか思えん」
美貌を歪めてひどく腹を立てているのは、見舞いにやってきてくれた叔父のベルトランだ。
僕は上半身を起こしているものの、いまだに医者から床払いを許されていない。叔父はそんな僕を労わりながらも忙しなく寝室を歩き回り、父への怒りを抑えきれない様子だった。
父はオーベルティエ公爵家の分家筋の出身ではあるものの、その血はかなり薄い。母の伴侶に選ばれたのも魔力の波長が合うというだけのこと。魔力の波長が合えば、より強力な魔力を持つ子供を授かる可能性が高くなる。公爵家に相応しい世継ぎを作るための政略結婚だった。
愛人を作ること自体は貴族社会の慣習として暗黙のうちに認められている。だがそれは当然ながら家門に面倒事を持ち込まないという大前提があってのこと。直系血族でもない父と愛人との間にできた子供を跡取りにするなど、オーベルティエの族親にも家臣団にも受け入れられるはずがない。流石の父もその程度のことは理解しているだろうけれど、光の加護を持つ子供を得たことで野心が芽生えたと思われる。
「下賤な平民の血の混ざった子供が高貴なる魔力を持っているだけでも度し難いというのに、光の加護など……まさか本当に……」
叔父はようやく椅子に腰を落ち着けたが、眉間には皺が寄ったままだ。
僕が寝込んでいる間に父と面会した叔父は、シグファリスを公爵家の後継にすると聞かされた。寝言を言っているのかと訝しみながらもシグファリスの魔力を確かめさせたところ、魔力を測定する水晶――輝星石が虹色のまばゆい光を放ったそうだ。輝星石は触れた者の潜在能力が高ければ高いほど強く輝く。だが通常であれば色彩を放つことはない。虹色に輝くのは、光の加護を持った者が触れた時だけ。
光の加護。光属性の魔力、神の祝福とも呼ばれるその力は、数多の伝承に登場する。最も有名なのは建国神話だ。この大陸はかつて魔王ディシフェルの支配下にあり、大地は瘴気に満ちていた。救いを求める人々の祈りに呼応し、天から現れた光の加護を持つ勇者によって魔王は魔界に退けられ、瘴気は祓われたのだという。
その他にも、光の加護を持つ勇者は悪魔の襲来や天変地異などの折に現れては人々を救ったという逸話が残され、演劇などの題材にもなっている。そんなお伽話めいた存在が本当に現れるなんて、実際に虹色の輝きを目の当たりにした叔父にも受け入れ難いのだろう。僕も『緋閃のグランシャリオ』の記憶がなければ信じられなかったはずだ。
とりあえずは、僕も光の加護など信じ難い、大した存在ではないと軽んじた態度を取っておくべきだろう。
「叔父上の仰る通り、度し難いことです。あれは庶子とすら認められません。光の加護だかなんだか知りませんが、所詮は平民の子供。愚父がいくら騒ぎ立てようと相手にする必要はないでしょう」
「あ、ああ……そうだな」
叔父は僕の落ち着いた態度に拍子抜けしたようだった。
僕と父の関係は極めて悪い。今までの僕だったら父の所業に腹を立て、激しい癇癪を起こしていたはずだ。叔父に父の首をねだることすらしていたかもしれない。シグファリスのことも逆恨みしていたに違いない。
でも今の僕は違う。シグファリスは父の思惑に振り回されているだけなのだから怒りを向けるのは間違っている。父のことも憎いと思うが、どれほど権力があろうとも軽率に他者を傷つけたり命を奪ったりしてはいけない。一応は家族なのだし。あんな愚か者が父だなんて吐き気がするけれど。婿養子の分際で母上を裏切り、公爵家を汚す小悪党め。平民の血が混ざった雑種がこの僕の弟だと? その上公爵家の後継の座を僕から奪おうなどと、企てるだけでも万死に値する。
「――アリスティド。そんなに力を入れたら手を傷つけてしまうよ」
叔父に優しく手を握られてはっと我に返る。無意識に握りしめていた拳を解くと、手のひらにくっきりと爪の跡が残っていた。
ごくごく自然に抱いた父への殺意に背筋が寒くなる。前世の記憶を思い出したことで自分を客観視できるようになったけれど、これまでこの世界で貴族として生きてきた価値観を急に手放せるものでもないらしい。
「無理に大人になろうとしなくてもいい。君は誰よりも色濃くオーベルティエの祝福を受けた特別な人間だ。高貴なる者は、なにひとつ我慢する必要などないのだよ」
「ありがとうございます、叔父上」
気遣わしげな眼差しを向ける叔父に微笑みかけると、叔父も口元を緩めて僕の頭を撫でてくれた。
血縁だけがある父とは違い、母の弟であるベルトランは僕の心強い味方だった。叔父というより歳の離れた兄のような存在で、外見も僕とよく似ている。魔術の才能のみならず剣術にも明るく、王妃殿下の側近として奉職している。母上の力を欠いた今でもオーベルティエの権威が揺るがないのは叔父の力によるところが大きい。
叔父こそがオーベルティエ公爵家の後継となってもおかしくないのに、母の死後は後見人として僕を支えてくれている。今日も忙しい中、僕が倒れたとの報告を受けて急遽王都から駆けつけてくれていた。母が亡くなった時にすら僕をかえりみなかった父よりもよほど近しい家族だ。
ベルトランは『緋閃のグランシャリオ』にキャラクターとして登場しない。だが屋敷の使用人や家臣たちは、悪魔の力を手に入れたアリスティドの手により自我のない魔物に変えられてしまう。
もしも僕が小説と同じように力に溺れ、悪魔の力を欲したなら――。
僕の頭を撫でる、叔父の温かな手のひらの感触に目を細める。この世界は、小説のキャラクターとして登場する人々だけのものではない。シグファリスだけではなく、アリスティドのせいで苦渋を味わうことになってしまうすべての人たちのためにも、絶対に物語の筋書きを変えなくてはならないと、僕は決意を新たにした。
美貌を歪めてひどく腹を立てているのは、見舞いにやってきてくれた叔父のベルトランだ。
僕は上半身を起こしているものの、いまだに医者から床払いを許されていない。叔父はそんな僕を労わりながらも忙しなく寝室を歩き回り、父への怒りを抑えきれない様子だった。
父はオーベルティエ公爵家の分家筋の出身ではあるものの、その血はかなり薄い。母の伴侶に選ばれたのも魔力の波長が合うというだけのこと。魔力の波長が合えば、より強力な魔力を持つ子供を授かる可能性が高くなる。公爵家に相応しい世継ぎを作るための政略結婚だった。
愛人を作ること自体は貴族社会の慣習として暗黙のうちに認められている。だがそれは当然ながら家門に面倒事を持ち込まないという大前提があってのこと。直系血族でもない父と愛人との間にできた子供を跡取りにするなど、オーベルティエの族親にも家臣団にも受け入れられるはずがない。流石の父もその程度のことは理解しているだろうけれど、光の加護を持つ子供を得たことで野心が芽生えたと思われる。
「下賤な平民の血の混ざった子供が高貴なる魔力を持っているだけでも度し難いというのに、光の加護など……まさか本当に……」
叔父はようやく椅子に腰を落ち着けたが、眉間には皺が寄ったままだ。
僕が寝込んでいる間に父と面会した叔父は、シグファリスを公爵家の後継にすると聞かされた。寝言を言っているのかと訝しみながらもシグファリスの魔力を確かめさせたところ、魔力を測定する水晶――輝星石が虹色のまばゆい光を放ったそうだ。輝星石は触れた者の潜在能力が高ければ高いほど強く輝く。だが通常であれば色彩を放つことはない。虹色に輝くのは、光の加護を持った者が触れた時だけ。
光の加護。光属性の魔力、神の祝福とも呼ばれるその力は、数多の伝承に登場する。最も有名なのは建国神話だ。この大陸はかつて魔王ディシフェルの支配下にあり、大地は瘴気に満ちていた。救いを求める人々の祈りに呼応し、天から現れた光の加護を持つ勇者によって魔王は魔界に退けられ、瘴気は祓われたのだという。
その他にも、光の加護を持つ勇者は悪魔の襲来や天変地異などの折に現れては人々を救ったという逸話が残され、演劇などの題材にもなっている。そんなお伽話めいた存在が本当に現れるなんて、実際に虹色の輝きを目の当たりにした叔父にも受け入れ難いのだろう。僕も『緋閃のグランシャリオ』の記憶がなければ信じられなかったはずだ。
とりあえずは、僕も光の加護など信じ難い、大した存在ではないと軽んじた態度を取っておくべきだろう。
「叔父上の仰る通り、度し難いことです。あれは庶子とすら認められません。光の加護だかなんだか知りませんが、所詮は平民の子供。愚父がいくら騒ぎ立てようと相手にする必要はないでしょう」
「あ、ああ……そうだな」
叔父は僕の落ち着いた態度に拍子抜けしたようだった。
僕と父の関係は極めて悪い。今までの僕だったら父の所業に腹を立て、激しい癇癪を起こしていたはずだ。叔父に父の首をねだることすらしていたかもしれない。シグファリスのことも逆恨みしていたに違いない。
でも今の僕は違う。シグファリスは父の思惑に振り回されているだけなのだから怒りを向けるのは間違っている。父のことも憎いと思うが、どれほど権力があろうとも軽率に他者を傷つけたり命を奪ったりしてはいけない。一応は家族なのだし。あんな愚か者が父だなんて吐き気がするけれど。婿養子の分際で母上を裏切り、公爵家を汚す小悪党め。平民の血が混ざった雑種がこの僕の弟だと? その上公爵家の後継の座を僕から奪おうなどと、企てるだけでも万死に値する。
「――アリスティド。そんなに力を入れたら手を傷つけてしまうよ」
叔父に優しく手を握られてはっと我に返る。無意識に握りしめていた拳を解くと、手のひらにくっきりと爪の跡が残っていた。
ごくごく自然に抱いた父への殺意に背筋が寒くなる。前世の記憶を思い出したことで自分を客観視できるようになったけれど、これまでこの世界で貴族として生きてきた価値観を急に手放せるものでもないらしい。
「無理に大人になろうとしなくてもいい。君は誰よりも色濃くオーベルティエの祝福を受けた特別な人間だ。高貴なる者は、なにひとつ我慢する必要などないのだよ」
「ありがとうございます、叔父上」
気遣わしげな眼差しを向ける叔父に微笑みかけると、叔父も口元を緩めて僕の頭を撫でてくれた。
血縁だけがある父とは違い、母の弟であるベルトランは僕の心強い味方だった。叔父というより歳の離れた兄のような存在で、外見も僕とよく似ている。魔術の才能のみならず剣術にも明るく、王妃殿下の側近として奉職している。母上の力を欠いた今でもオーベルティエの権威が揺るがないのは叔父の力によるところが大きい。
叔父こそがオーベルティエ公爵家の後継となってもおかしくないのに、母の死後は後見人として僕を支えてくれている。今日も忙しい中、僕が倒れたとの報告を受けて急遽王都から駆けつけてくれていた。母が亡くなった時にすら僕をかえりみなかった父よりもよほど近しい家族だ。
ベルトランは『緋閃のグランシャリオ』にキャラクターとして登場しない。だが屋敷の使用人や家臣たちは、悪魔の力を手に入れたアリスティドの手により自我のない魔物に変えられてしまう。
もしも僕が小説と同じように力に溺れ、悪魔の力を欲したなら――。
僕の頭を撫でる、叔父の温かな手のひらの感触に目を細める。この世界は、小説のキャラクターとして登場する人々だけのものではない。シグファリスだけではなく、アリスティドのせいで苦渋を味わうことになってしまうすべての人たちのためにも、絶対に物語の筋書きを変えなくてはならないと、僕は決意を新たにした。
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