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一章

02 異世界転生

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 僕は美しい。自惚れではなく、揺るぎない事実として。
 きらめく白銀の髪と紫色の瞳はオーベルティエ公爵家の直系血族である証。白皙の美貌は母譲り。周囲から賞賛されるのは当たり前のことだし、先祖から受け継いだ容貌を誇りに思っている。それなのに、心の片隅にはいつも「こんな容姿はありえない」という相反する感情がちらついていた。
 その不可解な感覚の正体が判明したのは僕が八歳のとき。三歳年下の異母弟とはじめて対面したことがきっかけだった。

「私の妻として迎え入れたエリアーヌだ。そしてこれがお前の弟、シグファリス」
 愛人と婚外子を堂々と屋敷に連れ込んだ父に言葉を失う。母上が亡くなってからひと月もたっていないというのに、なんという恥知らずな振る舞いだろう。
 そしてそれ以上に僕を愕然とさせたのは、シグファリスという名を聞いた瞬間に溢れ出した、遠い異世界の記憶だった。
 魔物がいない。魔術も存在しない。文明は高度に発達しており、貧富の差はあっても身分の差はほとんどない。完全ではないにせよ平和を尊ぶ社会。そんな世界で、僕は凡庸な学生として暮らしていた。
 覚えているのは大まかなことだけで、自分自身の名前や顔などは思い出せない。でも、彼のことは――シグファリスのことは、わかる。
 朝焼けを思わせる赤髪に、太陽の光を凝縮した黄金の瞳。母親のスカートの影に隠れて周囲の様子を伺っているが、口元は少しの弱みも見せまいと決意しているかのように固く引結ばれている。
 面差しはまだ幼いけれど、間違いない。彼は僕が愛読していたライトノベル『緋閃のグランシャリオ』の主人公、シグファリスだ。
 記憶が一気に蘇った衝撃でふらりとよろめく。背後に控えていた使用人が支えてくれなかったらそのまま気絶していたかもしれない。
 なおも言葉を失ったままでいると、普段は僕の顔色を伺っているだけの侍従が敢然と前に進み出た。
「小公爵閣下、どうか静養なさってください。客人の対応は私どもがいたしますので」
「使用人如きがでしゃばるな! この私の妻と息子だぞ! 客人ではなく夫人と子息として迎え入れるべきだろう!」
 父が僕の侍従を叱りつける。しかしこの場に集まった使用人たちは父の方に冷ややかな視線を向けていた。
 オーベルティエ公爵家の前当主は母上であり、後継者は僕。父はただの入婿にすぎず、公爵家に関して何の権利も有していない。にもかかわらず愛人と不義の子を当主の家族として敬えと要求しているのだから厚かましいにもほどがある。公爵家に忠誠を誓う使用人たちの反感を買うのは当たり前だった。
「お静かに、御令婿。私は有事の際に代理人を務める権限を小公爵様よりいただいております。どうぞ客間へ」
「くっ、私に触るな! アリスティド! 父に対してこの非情な扱い、今に後悔するぞ!」
 父は僕に向かって捨て台詞を残し、護衛兵に引きずられるようにして広間を後にした。母上の死をこれ幸いと、愛人と私生児を連れ込み家族として扱えなどと要求する方がよほど非情じゃないかと思いはしたが、混乱しすぎて反論する余裕もない。従僕に付き添われて自室へ戻るだけで精一杯だった。

 寝台に横たわって安静にしていても、頭の中は騒然としていた。
 公爵家の子息、アリスティド・エル・オーベルティエとして生きてきた八年間の記憶と、遠い異世界の記憶がぶつかり合い、嵐のように心をかき乱す。それでもかろうじて体裁を保つことができたのは、前世というものの存在を無意識に感じ取っていたからだと思う。
 漠然とした違和感はいくつもあった。たとえば、自分の美しさを不思議に思う気持ち。神秘的な紫色の瞳も、星屑を散りばめたような白銀の髪も、前世ではありえない容姿だ。あまりに整いすぎた顔立ちだって、物語の登場人物だと言われた方が納得がいく。
 魔術についても同じだ。貴族であれば魔術の心得があって当然であるはずなのに、行使するたび「お伽話みたいだ」と感動する気持ちがなぜかあった。
 それでも戸惑いは大きい。この記憶を前世だと断ずる根拠はないし、物語の世界に生まれるなんて荒唐無稽な話、到底信じられない。誰かに相談しようものなら発狂したのかと疑われてしまうだろう。
 ――でも。これがいわゆる異世界転生というもので、この先『緋閃のグランシャリオ』と同じことが起こるのだとしたら。
「僕は……シグファリスに殺されるのか……!?」
 主人公であるシグファリスは勇者となり、仲間たちと共に魔王を倒す。その魔王というのが、主人公の兄であるアリスティド。つまり、僕だ。
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