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プロローグ
01 落城
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王城では激戦が繰り広げられていた。
この国を魔王の支配から解放するため、勇者とその仲間たちが攻勢をかける。行く手をはばむ凶悪な魔物たちとの死闘の末、魔王のもとまでたどり着くことができたのは勇者ただひとりだけだった。
「――矮小な虫ケラの分際で、この私の前に姿を晒すとはな。よほど死にたいと見える」
「死ぬのはお前の方だ。お前を殺して、すべてを終わらせる」
嘲笑う魔王に勇者は剣先を向けた。淡々と紡がれる声音に滲むのは深い憎悪。荒んだ面差しと黒一色の装備は、勇者というよりも暗殺者を連想させる。
でも僕は知っている。彼は間違いなく、光の加護を授かり、悪を滅ぼすという宿命を負った勇者。だから――僕のことも、彼が殺してくれる。
「この私に勝てるとでも? その思い上がりごと地獄の業火に焼かれるがいい」
魔王に召喚された邪悪な竜が闇の焔を吐き出す。容赦のない攻撃にも怯まず、勇者は果敢に挑みかかる。光と闇がぶつかり合い、斬り結ぶたびに大気が震え、かつて栄華を誇った美しい王城が崩壊していく。
その激しい戦いを、僕はただ見ていた。
勇者に向けて魔法を放つのは僕の手。呪詛を吐いているのも僕の口。だけれど僕の意思ではない。僕の体を乗っ取った魔王が、世界の支配を目論んで勇者を殺そうとしている。
体を奪われた僕は、意識だけがある状態で惨劇を目の当たりにしてきた。いくつもの国が滅び、罪のない多くの人々が犠牲になった。勇者の家族も、大切な想い人も、無惨に殺されてしまった。
僕はこの最悪な未来を知っていたのに、阻止することができなかった。
幼い頃に前世の記憶を思い出して、この世界が『緋閃のグランシャリオ』という小説と同じなのだと気づき、僕こそがいずれ魔王になる悪役なのだと確信してからは、未来を変えようと必死になった。できうる限りの手を尽くしたつもりだったのに、結局は小説の筋書きに逆らえなかった。
だから。勇者が僕を殺しにきてくれるのをずっと待っていた。
「――無垢なる魂を喰らいし深淵よ、骨髄を腐食ならしめる蟲たちよ、地獄の門より出て我が命を聞け!」
死闘の末、追い詰められた魔王が禁呪の詠唱を始める。その瞬間を狙っていた勇者は闇の焔に灼かれながらも魔王の懐に飛び込む。
光の刃が僕を切り裂く。痛みはない。胸に広がるのは深い安堵。
「これで、お前は――」
仰向けに倒れた僕の喉に、勇者が剣を突きつける。語られた言葉を聞き取ることはできなかったけれど、金色の瞳には言葉よりも明白な殺意が宿っていた。
これでようやく、この世界での僕の生は終わる。ただ傍観するだけの、無意味で無力な日々が。
――もう二度と生まれ変わったりしませんように。
最後にそう祈って、笑ってしまった。魔王である僕の願いを神様が聞き入れてくれるはずがないのに。
縋るものもなく、僕の意識は閉じた。
この国を魔王の支配から解放するため、勇者とその仲間たちが攻勢をかける。行く手をはばむ凶悪な魔物たちとの死闘の末、魔王のもとまでたどり着くことができたのは勇者ただひとりだけだった。
「――矮小な虫ケラの分際で、この私の前に姿を晒すとはな。よほど死にたいと見える」
「死ぬのはお前の方だ。お前を殺して、すべてを終わらせる」
嘲笑う魔王に勇者は剣先を向けた。淡々と紡がれる声音に滲むのは深い憎悪。荒んだ面差しと黒一色の装備は、勇者というよりも暗殺者を連想させる。
でも僕は知っている。彼は間違いなく、光の加護を授かり、悪を滅ぼすという宿命を負った勇者。だから――僕のことも、彼が殺してくれる。
「この私に勝てるとでも? その思い上がりごと地獄の業火に焼かれるがいい」
魔王に召喚された邪悪な竜が闇の焔を吐き出す。容赦のない攻撃にも怯まず、勇者は果敢に挑みかかる。光と闇がぶつかり合い、斬り結ぶたびに大気が震え、かつて栄華を誇った美しい王城が崩壊していく。
その激しい戦いを、僕はただ見ていた。
勇者に向けて魔法を放つのは僕の手。呪詛を吐いているのも僕の口。だけれど僕の意思ではない。僕の体を乗っ取った魔王が、世界の支配を目論んで勇者を殺そうとしている。
体を奪われた僕は、意識だけがある状態で惨劇を目の当たりにしてきた。いくつもの国が滅び、罪のない多くの人々が犠牲になった。勇者の家族も、大切な想い人も、無惨に殺されてしまった。
僕はこの最悪な未来を知っていたのに、阻止することができなかった。
幼い頃に前世の記憶を思い出して、この世界が『緋閃のグランシャリオ』という小説と同じなのだと気づき、僕こそがいずれ魔王になる悪役なのだと確信してからは、未来を変えようと必死になった。できうる限りの手を尽くしたつもりだったのに、結局は小説の筋書きに逆らえなかった。
だから。勇者が僕を殺しにきてくれるのをずっと待っていた。
「――無垢なる魂を喰らいし深淵よ、骨髄を腐食ならしめる蟲たちよ、地獄の門より出て我が命を聞け!」
死闘の末、追い詰められた魔王が禁呪の詠唱を始める。その瞬間を狙っていた勇者は闇の焔に灼かれながらも魔王の懐に飛び込む。
光の刃が僕を切り裂く。痛みはない。胸に広がるのは深い安堵。
「これで、お前は――」
仰向けに倒れた僕の喉に、勇者が剣を突きつける。語られた言葉を聞き取ることはできなかったけれど、金色の瞳には言葉よりも明白な殺意が宿っていた。
これでようやく、この世界での僕の生は終わる。ただ傍観するだけの、無意味で無力な日々が。
――もう二度と生まれ変わったりしませんように。
最後にそう祈って、笑ってしまった。魔王である僕の願いを神様が聞き入れてくれるはずがないのに。
縋るものもなく、僕の意識は閉じた。
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