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08 解呪の方法
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治療院への襲撃は瞬く間に世間に知れ渡った。
騎士の活躍により聖女は無傷。犯行の動機は聖女への逆恨み。
――それが公式の発表であったが実態は異なる。
老人の正体は裏社会で暗躍する呪術師だった。体に流れる生気を操作して平民に偽装する事のできる、高度な使い手である。マレルダが王家に嫁ぐことをよく思わない立場の者が呪術師を雇い、妨害を企てた。それ以上の情報はエアネストにも開示されなかった。
首謀者は高貴な身分の者だと推測できる。上層部で取引が成され、首謀者は何らかの形で制裁を受けたはずだが、表立って裁かれる事はない。陰謀渦巻く世界へ嫁いでいかねばならないマレルダの心境を思うと、エアネストは歯がゆい思いがした。
襲撃を受けたマレルダの身柄は本来の予定よりも早く、警備の厳重な王宮へ移される事になった。
秘密裏に移送される寸前、エアネストはマレルダたっての希望で目通りが叶った。
「ああ、エアネスト……こんな形で別れを迎えるなんて……」
自分の身代わりになってエアネストが死に至る呪いを受けた事を、マレルダは気に病んでいた。
エアネストが気を失っている間に何度も治癒を試みてくれたそうなのだが、呪術は聖女の力とは相性が悪い。下手をすれば呪いがマレルダの身にも降りかかってしまう。それではエアネストが体を張った意味がない。
「ご安心ください、総長が腕の良い祈祷師を手配してくれました。こんな呪いなどすぐに解呪できます」
「でも……」
エアネストの手を握り、いつまでも離れようとしないマレルダに、従者たちが困惑している。エアネストは跪き、今にも涙をこぼしそうなマレルダを見つめた。
「マレルダ様。貴方の盾になれた事は、私の生涯における輝かしい名誉です。どうかこれからも、私の誇りでいて下さい」
人々の希望の光である聖女を護る事ができたのだから、例え命を失ったとしても後悔はない。
嘘偽りのない眼差しに打たれたマレルダは口を開きかけたが、言葉を発する事はできなかった。
「心より、貴方の幸せを祈っています」
エアネストがそう告げると、マレルダは深く息を吐き、毅然と笑みを浮かべた。そうする事がエアネストへの何よりの報いになると知っているように。
「ありがとう、わたくしの騎士」
従者に「お早く」と促され、マレルダは最後まで涙を見せる事無く、颯爽と馬車に乗り込んだ。
遠ざかる馬車が見えなくなるまで、エアネストはマレルダを見送った。
マレルダに嘘は言っていないが、すべてを話したわけではなかった。
――詳らかになど、できるはずがない。
聖女と王太子の結婚を妨害するための呪い。それは「次の満月までに男と交わらないと死ぬ」というものだった。
王族の婚姻は複雑で、古式ゆかしく執り行われなければならない。全ての儀式や式典を最短で行ったとしても三か月はかかる。どれ一つ省くことはできないし、いかなる理由があろうとも婚儀の前に純潔を失えば王家に嫁ぐことは不可能になる。悪質で下劣な妨害工作だった。
低俗な呪いに聖女が汚されずに済んで幸いだったが、問題は身代わりに呪いを受けたエアネストである。
呪いを解析した祈祷師が言うには、術者が死亡した為、呪いを成就させる以外には解呪の術がない。
つまりエアネストは、男性と性交しない限り、生き残ることができない。
この事を知っているのは総長と祈祷師、それにエアネストを介抱したウォルフのみ。
――満月まではあと十五日。
エアネストに選択の余地はなかった。
騎士の活躍により聖女は無傷。犯行の動機は聖女への逆恨み。
――それが公式の発表であったが実態は異なる。
老人の正体は裏社会で暗躍する呪術師だった。体に流れる生気を操作して平民に偽装する事のできる、高度な使い手である。マレルダが王家に嫁ぐことをよく思わない立場の者が呪術師を雇い、妨害を企てた。それ以上の情報はエアネストにも開示されなかった。
首謀者は高貴な身分の者だと推測できる。上層部で取引が成され、首謀者は何らかの形で制裁を受けたはずだが、表立って裁かれる事はない。陰謀渦巻く世界へ嫁いでいかねばならないマレルダの心境を思うと、エアネストは歯がゆい思いがした。
襲撃を受けたマレルダの身柄は本来の予定よりも早く、警備の厳重な王宮へ移される事になった。
秘密裏に移送される寸前、エアネストはマレルダたっての希望で目通りが叶った。
「ああ、エアネスト……こんな形で別れを迎えるなんて……」
自分の身代わりになってエアネストが死に至る呪いを受けた事を、マレルダは気に病んでいた。
エアネストが気を失っている間に何度も治癒を試みてくれたそうなのだが、呪術は聖女の力とは相性が悪い。下手をすれば呪いがマレルダの身にも降りかかってしまう。それではエアネストが体を張った意味がない。
「ご安心ください、総長が腕の良い祈祷師を手配してくれました。こんな呪いなどすぐに解呪できます」
「でも……」
エアネストの手を握り、いつまでも離れようとしないマレルダに、従者たちが困惑している。エアネストは跪き、今にも涙をこぼしそうなマレルダを見つめた。
「マレルダ様。貴方の盾になれた事は、私の生涯における輝かしい名誉です。どうかこれからも、私の誇りでいて下さい」
人々の希望の光である聖女を護る事ができたのだから、例え命を失ったとしても後悔はない。
嘘偽りのない眼差しに打たれたマレルダは口を開きかけたが、言葉を発する事はできなかった。
「心より、貴方の幸せを祈っています」
エアネストがそう告げると、マレルダは深く息を吐き、毅然と笑みを浮かべた。そうする事がエアネストへの何よりの報いになると知っているように。
「ありがとう、わたくしの騎士」
従者に「お早く」と促され、マレルダは最後まで涙を見せる事無く、颯爽と馬車に乗り込んだ。
遠ざかる馬車が見えなくなるまで、エアネストはマレルダを見送った。
マレルダに嘘は言っていないが、すべてを話したわけではなかった。
――詳らかになど、できるはずがない。
聖女と王太子の結婚を妨害するための呪い。それは「次の満月までに男と交わらないと死ぬ」というものだった。
王族の婚姻は複雑で、古式ゆかしく執り行われなければならない。全ての儀式や式典を最短で行ったとしても三か月はかかる。どれ一つ省くことはできないし、いかなる理由があろうとも婚儀の前に純潔を失えば王家に嫁ぐことは不可能になる。悪質で下劣な妨害工作だった。
低俗な呪いに聖女が汚されずに済んで幸いだったが、問題は身代わりに呪いを受けたエアネストである。
呪いを解析した祈祷師が言うには、術者が死亡した為、呪いを成就させる以外には解呪の術がない。
つまりエアネストは、男性と性交しない限り、生き残ることができない。
この事を知っているのは総長と祈祷師、それにエアネストを介抱したウォルフのみ。
――満月まではあと十五日。
エアネストに選択の余地はなかった。
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