8 / 21
08 解呪の方法
しおりを挟む
治療院への襲撃は瞬く間に世間に知れ渡った。
騎士の活躍により聖女は無傷。犯行の動機は聖女への逆恨み。
――それが公式の発表であったが実態は異なる。
老人の正体は裏社会で暗躍する呪術師だった。体に流れる生気を操作して平民に偽装する事のできる、高度な使い手である。マレルダが王家に嫁ぐことをよく思わない立場の者が呪術師を雇い、妨害を企てた。それ以上の情報はエアネストにも開示されなかった。
首謀者は高貴な身分の者だと推測できる。上層部で取引が成され、首謀者は何らかの形で制裁を受けたはずだが、表立って裁かれる事はない。陰謀渦巻く世界へ嫁いでいかねばならないマレルダの心境を思うと、エアネストは歯がゆい思いがした。
襲撃を受けたマレルダの身柄は本来の予定よりも早く、警備の厳重な王宮へ移される事になった。
秘密裏に移送される寸前、エアネストはマレルダたっての希望で目通りが叶った。
「ああ、エアネスト……こんな形で別れを迎えるなんて……」
自分の身代わりになってエアネストが死に至る呪いを受けた事を、マレルダは気に病んでいた。
エアネストが気を失っている間に何度も治癒を試みてくれたそうなのだが、呪術は聖女の力とは相性が悪い。下手をすれば呪いがマレルダの身にも降りかかってしまう。それではエアネストが体を張った意味がない。
「ご安心ください、総長が腕の良い祈祷師を手配してくれました。こんな呪いなどすぐに解呪できます」
「でも……」
エアネストの手を握り、いつまでも離れようとしないマレルダに、従者たちが困惑している。エアネストは跪き、今にも涙をこぼしそうなマレルダを見つめた。
「マレルダ様。貴方の盾になれた事は、私の生涯における輝かしい名誉です。どうかこれからも、私の誇りでいて下さい」
人々の希望の光である聖女を護る事ができたのだから、例え命を失ったとしても後悔はない。
嘘偽りのない眼差しに打たれたマレルダは口を開きかけたが、言葉を発する事はできなかった。
「心より、貴方の幸せを祈っています」
エアネストがそう告げると、マレルダは深く息を吐き、毅然と笑みを浮かべた。そうする事がエアネストへの何よりの報いになると知っているように。
「ありがとう、わたくしの騎士」
従者に「お早く」と促され、マレルダは最後まで涙を見せる事無く、颯爽と馬車に乗り込んだ。
遠ざかる馬車が見えなくなるまで、エアネストはマレルダを見送った。
マレルダに嘘は言っていないが、すべてを話したわけではなかった。
――詳らかになど、できるはずがない。
聖女と王太子の結婚を妨害するための呪い。それは「次の満月までに男と交わらないと死ぬ」というものだった。
王族の婚姻は複雑で、古式ゆかしく執り行われなければならない。全ての儀式や式典を最短で行ったとしても三か月はかかる。どれ一つ省くことはできないし、いかなる理由があろうとも婚儀の前に純潔を失えば王家に嫁ぐことは不可能になる。悪質で下劣な妨害工作だった。
低俗な呪いに聖女が汚されずに済んで幸いだったが、問題は身代わりに呪いを受けたエアネストである。
呪いを解析した祈祷師が言うには、術者が死亡した為、呪いを成就させる以外には解呪の術がない。
つまりエアネストは、男性と性交しない限り、生き残ることができない。
この事を知っているのは総長と祈祷師、それにエアネストを介抱したウォルフのみ。
――満月まではあと十五日。
エアネストに選択の余地はなかった。
騎士の活躍により聖女は無傷。犯行の動機は聖女への逆恨み。
――それが公式の発表であったが実態は異なる。
老人の正体は裏社会で暗躍する呪術師だった。体に流れる生気を操作して平民に偽装する事のできる、高度な使い手である。マレルダが王家に嫁ぐことをよく思わない立場の者が呪術師を雇い、妨害を企てた。それ以上の情報はエアネストにも開示されなかった。
首謀者は高貴な身分の者だと推測できる。上層部で取引が成され、首謀者は何らかの形で制裁を受けたはずだが、表立って裁かれる事はない。陰謀渦巻く世界へ嫁いでいかねばならないマレルダの心境を思うと、エアネストは歯がゆい思いがした。
襲撃を受けたマレルダの身柄は本来の予定よりも早く、警備の厳重な王宮へ移される事になった。
秘密裏に移送される寸前、エアネストはマレルダたっての希望で目通りが叶った。
「ああ、エアネスト……こんな形で別れを迎えるなんて……」
自分の身代わりになってエアネストが死に至る呪いを受けた事を、マレルダは気に病んでいた。
エアネストが気を失っている間に何度も治癒を試みてくれたそうなのだが、呪術は聖女の力とは相性が悪い。下手をすれば呪いがマレルダの身にも降りかかってしまう。それではエアネストが体を張った意味がない。
「ご安心ください、総長が腕の良い祈祷師を手配してくれました。こんな呪いなどすぐに解呪できます」
「でも……」
エアネストの手を握り、いつまでも離れようとしないマレルダに、従者たちが困惑している。エアネストは跪き、今にも涙をこぼしそうなマレルダを見つめた。
「マレルダ様。貴方の盾になれた事は、私の生涯における輝かしい名誉です。どうかこれからも、私の誇りでいて下さい」
人々の希望の光である聖女を護る事ができたのだから、例え命を失ったとしても後悔はない。
嘘偽りのない眼差しに打たれたマレルダは口を開きかけたが、言葉を発する事はできなかった。
「心より、貴方の幸せを祈っています」
エアネストがそう告げると、マレルダは深く息を吐き、毅然と笑みを浮かべた。そうする事がエアネストへの何よりの報いになると知っているように。
「ありがとう、わたくしの騎士」
従者に「お早く」と促され、マレルダは最後まで涙を見せる事無く、颯爽と馬車に乗り込んだ。
遠ざかる馬車が見えなくなるまで、エアネストはマレルダを見送った。
マレルダに嘘は言っていないが、すべてを話したわけではなかった。
――詳らかになど、できるはずがない。
聖女と王太子の結婚を妨害するための呪い。それは「次の満月までに男と交わらないと死ぬ」というものだった。
王族の婚姻は複雑で、古式ゆかしく執り行われなければならない。全ての儀式や式典を最短で行ったとしても三か月はかかる。どれ一つ省くことはできないし、いかなる理由があろうとも婚儀の前に純潔を失えば王家に嫁ぐことは不可能になる。悪質で下劣な妨害工作だった。
低俗な呪いに聖女が汚されずに済んで幸いだったが、問題は身代わりに呪いを受けたエアネストである。
呪いを解析した祈祷師が言うには、術者が死亡した為、呪いを成就させる以外には解呪の術がない。
つまりエアネストは、男性と性交しない限り、生き残ることができない。
この事を知っているのは総長と祈祷師、それにエアネストを介抱したウォルフのみ。
――満月まではあと十五日。
エアネストに選択の余地はなかった。
40
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~
トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。
しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。
貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。
虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。
そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる?
エブリスタにも掲載しています。
【完結】守銭奴ポーション販売員ですが、イケメン騎士団長に溺愛されてます!?
古井重箱
BL
【あらすじ】 異世界に転生して、俺は守銭奴になった。病気の妹を助けるために、カネが必要だからだ。商都ゲルトシュタットで俺はポーション会社の販売員になった。そして黄金騎士団に営業をかけたところ、イケメン騎士団長に気に入られてしまい━━!? 「俺はノンケですから!」「みんな最初はそう言うらしいよ。大丈夫。怖くない、怖くない」「あんたのその、無駄にポジティブなところが苦手だーっ!」 今日もまた、全力疾走で逃げる俺と、それでも懲りない騎士団長の追いかけっこが繰り広げられる。
【補足】 イケメン×フツメン。スパダリ攻×毒舌受。同性間の婚姻は認められているけれども、男性妊娠はない世界です。アルファポリスとムーンライトノベルズに掲載しています。性描写がある回には*印をつけております。
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
僕が再婚するまでの話
ゆい
BL
旦那様が僕を選んだ理由は、僕が彼の方の血縁であり、多少顔が似ているから。
それだけで選ばれたらしい。
彼の方とは旦那様の想い人。
今は隣国に嫁がれている。
婚姻したのは、僕が18歳、旦那様が29歳の時だった。
世界観は、【夜空と暁と】【陸離たる新緑のなかで】です。
アルサスとシオンが出てきます。
本編の内容は暗めです。
表紙画像のバラがフェネルのように凛として観えたので、載せます。 2024.10.20
王子様のご帰還です
小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。
平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。
そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。
何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!?
異世界転移 王子×王子・・・?
こちらは個人サイトからの再録になります。
十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる