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13~スローモーション side三宅冬馬

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 side三宅冬馬


昼休み、女どもの集まる席から俺の悪口が聞こえてきた。

「ああいう部類の人間って何が楽しくて生きてんだろね?」

でかい声だな。
別に俺は、傷ついたりなどしないが。
いつもの事だ。
精々、今の内に言っておけばいい。

俺はT大を出て、有名な大企業に就職する。
美人で、もちろん頭のいい女と結婚して、出世もする。
お前たちなどただ見上げる事しかできないような地位の人間、俗に言う上級国民と呼ばれる存在になる。

その時にもう一度、今のセリフを言えばいい。
鼻で笑ってやる。


「私は努力する人をそんなふうには思わない」

凛とした声が響いた。

驚いて顔を上げると、川上が絡んで来たのであろう女どもと向かい合っている姿が目に入った。
静かな怒気を含んだその横顔に、何故だか思わず見惚れた。

というか、俺は今川上に庇われたのか? 
お前などに庇われるほど、俺は落ちぶれてはいないが。

チャイムが鳴り、女どもがそそくさと退散したその時、川上と目が合った。
慌てて目を逸らそうとした俺に、彼女がニコリと微笑んだ。
 
何だ? 何で笑うんだ? 意味がわからない。何だその顔は。可愛い。いや、違う。

あれは最近までガングロと呼ばれる汚ならしい化粧をしていた、最底辺の頭の悪い女だ。
俺にとって興味のない、関わることのない人間。
 
何を考えてるんだ俺は。
別に俺のことを庇った訳ではないし、彼女は自分の思った事を口にしただけだ。
心臓がドキドキするなど意味がからない。

落ち着け、掃除の時間だ。



放課後、いつものように参考書を持ち図書室に向かう。

さっきの俺はどうかしていた。あれはただ驚いただけだ。
彼女があんな顔で笑うからだ。

いや、元ガングロの笑顔など俺には関係ない。
俺は俺のやるべきことをやる。そう遠くない、来るであろう輝かしい未来の為に。


図書室のいつもの席に座り、参考書を広げる。
が・・・・・・筆箱がない。
俺としたことが、教室に忘れてきたらしい。
川上の事が気になって上の空になっていたなど、断じてそういうことではない。
何故か自分に言い訳をしつつ、筆箱を取りに教室に戻った。



教室に入ろうとした俺は思わず立ち止まった。
川上が自分の席に着き、一人で教科書を眺めている。
何でいるんだ、気まずいじゃないか。
 
こういう時は何か声を掛けた方がいいのか? 『一人で残って勉強しているのか?』
とか
『わからないところが有れば教えるが?』
とか。
バカか俺は。『は?あんたには関係ないでしょ?』と言われるのがオチだろう。

だいたい、川上が一人で教室にいるから何だというんだ。
何故、俺が気まずい思いをしなければならない?
ドアの前で自問自答しながらも、川上から目が離せない。

ふいに彼女の大きな目が潤み、涙の幕が張っていく。
泣きそうになっている?
俺は思わず教室に入った。

何をやっているんだ俺は。
今、入るタイミングじゃないだろう。
ここは見なかった事にして立ち去るところだろう。
何で自ら面倒くさいことに足を突っ込むんだ。
どうして俺はこう、いつも空気が読めない?

彼女が驚いて顔を上げた。
俺と目が合ったその瞬間、潤んだ目から透明な涙がポロリと落ちる。

あ・・・・・・泣いた。

どうすれば、何か言わなければ、しかし何を言えば。

川上がポケットからハンカチを取り出して、その目にそっと当てた。

そんな仕草は儚げで美しく、まるでスローモーションのように見えた。


──────────
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