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1 婚約破棄

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「リリア・コンポジット!わたしは本日を持って君との婚約を破棄する!」

アレクサンドラ王国唯一の王子で、現王太子であるトーマス殿下が私に向かって高らかに宣言した。


王宮のトーマス殿下の執務室に集まったのは、全部で6名。

たった今、私に婚約破棄宣言をしたトーマス殿下、
その殿下の隣で嬉しそうに笑っている男爵令嬢のナタリー、
王子の側近が三人、
そしてコンポジット伯爵令嬢でトーマス殿下の婚約者である私、リリア。


「婚約破棄‥‥‥ですと?!い、いったいリリア様が何をしたと言うのですか!」

「殿下!リリア様ほどこの国の国母にふさわしいごお方はおりません!お考え直し下さい!」

「そうです!こんな素晴らしいリリア様との婚約を破棄するなど、許されることではありませんよ!」

赤、青、緑の髪色の側近たちが必死に私を庇ってくれる。

そんな中、私は恭しく頭を下げて了承の返事をした。

「トーマス殿下・・・・・・いえ、アレクサンドラ王国王太子殿下、わたくし、リリア・コンポジットは貴方様との婚約破棄を慎んで承ります」

「なっ!リリア様!こん‥‥‥」
「トーマス様ぁ!これで私がトーマス様と結婚できるのね!」

トーマス殿下の腕にぶら下がるように引っ付いていたナタリーが、側近の声に被せるように甲高い声を上げた。
ナタリーの嬉しそうに笑った顔はトーマス殿下に向いているのに、その目はじっと私を見てる。

「ああ、そうだよ、君をいじめるリリアなどこの国の国母には相応しくないからね」

トーマス殿下の透き通るようなブルーの瞳が、ナタリーに向かって優しげに弧を描いた。

私はナタリーをいじめた覚えはないけれど。
ふふ、演技が上手だわね。


ふわふわのピンクゴールドの髪。
クリッとした大きな瞳にそれを縁取る長い睫毛。
小振りで形の良い鼻。
薔薇のつぼみのようなプックリとした唇。
陶器のような白い肌。
細いうなじから流れるように続く華奢な背中が美しい。

そんな彼女に見つめられれば、誰もが守ってやりたくなってしまう、典型的なヒロイン。


しかしそれは、トーマス殿下の隣で嬉しそうに微笑んでいるナタリーのことではない。

この世界『アレクサンドラ王国の恋する乙女』のヒロイン、それは紛れもなくこの私、リリアだ。


私には前世の記憶がある。

『アレクサンドラ王国の恋する乙女』とは、
私がその前世でやっていた乙女ゲームだ。

ヒロイン『リリア』が攻略対象と呼ばれるイケメンたちと素敵な恋愛を楽しむゲーム。
4人の攻略対象の中から好みのキャラを選択すれば、数々の楽しいイベントが発生し、恋愛が始まる。
選んだ攻略対象と恋人になれば、ゲームクリア。
難易度は低く、子供向け。
バッドエンドもない。
スマホの無料盤サイトで課金制度もない、簡単お手軽な、ゆるーい乙女ゲーム。

そう、私は『アレクサンドラ王国の恋する乙女』という乙女ゲームの世界にヒロインとして転生した、元日本人なのだ!

トーマス殿下は勿論、さっきの赤、青、緑の側近達も攻略対象。

赤が宰相の息子、青が騎士団長の息子、緑が・・・・緑はなんだったっけ?
て言うか私、この三人の名前すら憶えてないわ。
本当に本当にしつこいトリオだったわね。

事あるごとにイベントのプラグが立つのも鬱陶しくて仕方がなかったわ。

中庭を歩けば赤の前で転ぶ、
池があれば青の前で落ちる、
緑とすれ違えばぶつかる。

私は誰の事も選択した憶えはないのだけど?
だいたいこの国の王太子殿下であるトーマスの婚約者である私とどうやって恋愛なんかしようってのよ?

でも、もうどーでもいいことよ。
だって婚約破棄よ、もう誰がどーだって関係ないのよ?

私は解放されたのよ!

私は自由なのよ!

ああ、トーマス、婚約破棄をありがとう!!


そんなことを考えているなどおくびにも出さず、悲しげな表情を作る私をじっと見ているナタリー。

ナタリー、とっても可愛らしい娘。
私はあなたを応援している。
頑張ってね。


この後の事はちゃんと考えてある。
お金の心配もない。
馬車の用意もバッチリよ。
さっさと隣国に行くための船に乗っ・・・・・・

「リリア、わたしの可愛いナタリーを苛めた罰としてお前にはボンディング公爵の元へ嫁いでもらうことにした」


・・・・・・は?
突然のトーマスの言葉に私は固まった。

ボンディング公爵?

ボンディング公爵って・・・・・・
魔物のような恐ろしい姿をしていると噂の?
そのボンディング公爵の元へ嫁げと?
何で?

「ボ、ボンディング公爵ですと?!」

「殿下!それはあまりにもひどすぎます!」

「お考え直し下さい!リリア様は何も悪いことは・・・・・・」

赤、青、緑が慌てて止めるが

「だまれ!わたしはこの国の王太子だ。異論は認めない。リリア、ボンディング公爵領への出立は二日後だ、さっさと帰って荷造りでもするんだな。さぁ、話はこれで終わりだ」

トーマス殿下は、サラサラの金髪を鬱陶しそうにかき上げながらそう言うと、私の顔を見てニヤリと笑った。

トーマス!!
やってくれたわね!
信じてたのに、信じてたのに!!
くっそが!


───────────────
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