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第29話:ハドソンとエマの過去~ハドソン視点~

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10歳になった僕は、ナタリーの我が儘に翻弄されていた。どうして母上は、あんな傲慢な女を僕に押し付けたのだろう。そう恨むこともあった。それでも僕は、ナタリーの婚約者だ。何とか歩み寄らないと。

そんな思いで、僕はその日もナタリーに

「明日お忍びで孤児院に行くんだ。よかったら来ないかい?」

そう誘った。でも…

「孤児院ですって。あんな小汚いところ、絶対に行きたくないですわ!ハドソン様、私をあんな小汚いところに連れて行こうだなんて、どういうおつもりですか!」

完全にスイッチが入ってしまったナタリーは、その後大暴れ。そう、彼女は気に入らないと、物を投げて暴れるのだ。何とか宥め、ナタリーを見送った。

本当にどうしてあんな女が、僕の婚約者なのだろう…
ため息を付きながら、自室に戻った。


そして翌日、いつもの様に変装をして、孤児院へと向かう。孤児院に着くと、嬉しそうに子供たちが飛んできた。

「ハリーおにいちゃん、今日はエマおねえちゃんもきてるんだよ?」

子供たちが嬉しそうに教えてくれた。エマおねえちゃん?

「あなたがハリーね。初めまして、私はエマよ」

奥から子供を抱っこしながら出てきたのは、美しいストロベリーブロンドの髪に、水色の瞳をした令嬢だ。この子、確かバレッスレィー侯爵家の令嬢だな。どうして侯爵令嬢がここに?

「あら?あなた様は、ハドソンで…んんんん」

僕の姿を見たエマが、僕の本性を暴露しようとしたのだ。

“悪いが僕は今日、お忍びで来ているんだ。正体を明かすのは止めてくれ!”

“ごめんなさい、それにしても、王太子殿下が孤児院にいらっしゃるなんて、珍しいですわね”

“それを言うなら、侯爵令嬢でもある君が来ている事の方が驚きだよ”

“そうですか?私は恵まれない子供たちに、少しでも笑顔になってほしくてここに来ていますの。そうそう、私の専属メイドも、元々は孤児院育ちなのですよ。まあ、両親がそういった活動に積極的だったと言うのもありますね。自然と私も、孤児院に来るようになりましたの”

そう言って笑ったエマ。バレッスレィー侯爵家は、慈悲活動に積極的だったな。

「ハリーおにいちゃん、エマおねえちゃん、なにこそこそはなしているの?」

子供たちが不思議そうにこちらを見ていた。

「何でもないのよ。さあ、まずは字の練習からしましょう。ほら見て、可愛いペンとノートを持ってきたのよ。これならもっと楽しくお勉強が出来るでしょう?」

「わぁ、やったぁ!エマおねえちゃん、ありがとう」

子供たちの喜ぶ顔を見て、嬉しそうに微笑むエマは、まるで女神の様に美しかった。その後、僕も交え一緒に勉強をした後は、外で思いっきり遊んだ。令嬢とは思えない程パワフルなエマ。そんな彼女を見ていると、なんだか僕までめいっぱい遊びたくなって、同じように遊んだ。

楽しくて楽しくて、時間が経つのも忘れ、皆で遊ぶ。気が付くと、夕方になっていた。

「エマ嬢、今日は楽しかったよ。ありがとう」

「もうハリーったら、エマ嬢なんて呼ばないで。ここでは私は、ただの女の子、エマなのだから。エマって呼んで」

そう言ってほほ笑んだエマ。

「わかったよ、エマ。ねえ、エマはいつもいつ孤児院に来ているのだい?」

「そうね、大体月曜日と金曜日に来ているわ」

「わかった、それじゃあ、また会おう」

その日から僕は、毎週月曜日と金曜日は、必ず孤児院に向かった。いつも笑顔で迎えてくれるエマ。そんなエマに僕はどんどん惹かれて行った。

笑った顔、怒った顔、悲しそうな顔、嬉しそうな顔、クルクルと表情を変えるエマ。そんなエマの顔を見ていると、どうしてもナタリーと比べてしまうのだ。

もしエマが僕の婚約者だったら…
願ってはいけない事は分かっている。でも、願わずにはいられない。

それでも僕たちは、王太子のハドソンと、侯爵令嬢のエマとして会う時は、お互い距離をとりながら接するのがルールだ。それが悲しくて寂しくて、仕方がなかった。

それでも孤児院で会う時は、いつものエマに戻る。いつの間にか僕は、エマに会う事だけが唯一の楽しみになっていた。

でも…
貴族学院の入学式を前日に迫ったある日。

「ハリー、私ね、今日で孤児院に通うのを一旦止めようと思うの」

急にエマがそんな事を言いだしたのだ。

「どうしてだい?これからも孤児院に来て、子供たちの成長を一緒に見守ろうよ」

建前は子供たちの為だが、本心は今まで通り、エマと過ごしたいという我が儘な気持ちだ。

「いいえ、あなたはこの国の王太子殿下なの。それに婚約者のナタリー様にも申し訳ないし。もう会うのは今日で最後にしましょう。これ、今まで仲良くしてくれたお礼よ」

そう言うと、サファイアのブレスレットをくれた。

「青は私とハドソン殿下の色でしょう?だから、その、友情の証よ」

そう言うと、恥ずかしそうに笑ったエマ。確かに僕の瞳も色は青、エマの瞳の色は水色、だから青は僕たちの色だ。

「ありがとう、エマ。このブレスレット、大切にするよ」

気が付くと、涙が溢れていた。僕の唯一の生きがいだったエマ。もうこんな風に話すこともない。いずれ別れが来る事くらい、僕にも分かっていた。でも…

「もう、子供じゃないのだからビービー泣かないの。それじゃあ、元気でね」

そう言って笑顔で去っていくエマ。そんなエマの後ろ姿を、僕はただ見つめ続けたのだった。
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