上 下
255 / 268
キャノンボール編

アリスとイングリッド

しおりを挟む
 リアーナとロザリンドの視点。

「上手くいったわね」
「うん。これでキオちゃんの索敵は使えないから、シャーリーちゃんにはシノブちゃんを追えない」
 この競技に参加する上で、シノブやシャーリーは自分達に禁止事項を決めていた。シノブの能力解放や赤い魔弾の使用である。これらは公になれば自らのマイナスになるからだ。
「そこまでは五分五分だけど、こちらにはヒメがいるわ」
 コノハナサクヤヒメには与えらえた役目があった。それはもしシャーリー達が花の都に現れたら尾行する事である。つまりこの点でこちらの有利。
 シノブが向かう先は最初から決められている。あとは二人がシノブを追うだけであった。

★★★

 シャーリー達の視点。

 シャーリーとリコリスがギャーギャー騒いでいるのが良い隠れ蓑。
 それは隣のタックルベリーにだけ聞こえる、ユリアンの小さな声だった。
「多分だけど尾行があると思う」
「……わざわざトイレに誘い出されたんだからな。こっちの姿も確認されたんだろうし。それがリアーナかロザリンドか」
「もしくはヒメ。こっちはそれを逆手に取る」
「……ユリアンも段々シノブに似てきたな」
 タックルベリーの言葉にユリアンは笑うのだった。

★★★

 俺だけ馬車で移動中よ~
 その馬車も広いし快適過ぎる。ニデックの子供達にも懐かれてるし楽しいなぁ~
 もうただの旅行。

 数日掛けて目的地に到着。
 ここもチェックポイントは分かりやすい。冒険者ギルドに併設されていたからだ。そこで俺もニデック親子も立ち寄った事を認められるが……
「申し訳ありません。収集品の上限に達してしまい、お渡しできるものがございません。こちらは見本になります」
「えっ、これですか? 大きくないですか?」
 額縁に入れられた風景画。だけど大人の背中を隠してしまう程の大きさがあった。ここで収集品をゲットした奴はこれを持ち歩いて大陸を回るのか……
 受付嬢はニコッと笑う。
「はい、大きいですね。収集品に破損がある場合は無効になります。ただ破損品が一つ出た場合、すぐに収集品は補充されますので」
 収集品はどれもララの魔法が掛かっているらしい。確かこの認識票も。魔法で人や物の動向を確認しているのだ。
「上限数はいくつですか?」
「20枚ですね」
 そこそこ枚数があるな。持ち歩いていれば目立つし、これは比較的簡単に奪い取れるだろ。合間、合間にリアーナやロザリンドと遊んでいるふりをしながら情報交換。
 俺は馬車に乗り、旅行感覚でチェックポイントを回るだけだった。
 その途中。
 少しだけ浮かない表情の二人。もちろんその原因も気持ちも分かる。だから。
「アリス。イングリッド。今回の作戦は私が考えて、私が実行したの。誰かの為とかじゃない、競技に優勝する為に私はどんな状況でも同じ作戦を実行するよ。だから二人は気にする必要ないんだよ」
 俺はそう言って笑うのだった。

★★★

 複雑な表情を浮かべるのはイングリッドことロザリンドだった。
「ねぇ、アリス。この競技で得られるのは栄誉だわ。それがこんな事で良いのかしら……」
 少し困ったように苦笑いを浮かべるのはアリスことリアーナ。
「イングリッドちゃんの気持ちも分かるけど、これだって立派な作戦だと私は思うよ」
「分かってはいるのよ。でも……」
「うん、確実に論争は起きる。これは実戦じゃなくてあくまで競技なんだから、私だって普段ならこんな作戦に乗らないと思うよ。でも……」
 実は二人、すでにそこそこの収集品を集めていたのだ。それは行く先々で見付けた参加者への不意打ち……それも子供の姿を利用して……卑怯な作戦だ。後ろめたくも思う。
「負けるわけにはいかないものね」
 ロザリンドの言葉に、リアーナは頷いた。二人とも今回の競技に王位継承問題が絡んでいる事はシノブから聞いていた。そしてハリエットの婚姻に関係する話もだ。
 だからリアーナもロザリンドも卑怯だとしても絶対に優勝する必要がある。これは仕方のない事……

 ……後ろめたさを、二人とも心の底でそう正当化していた……ついさっきまで。
 シノブとの情報交換。
「アリス。イングリッド。今回の作戦は私が考えて、私が実行したの。誰かの為とかじゃない、競技に優勝する為に私はどんな状況でも同じ作戦を実行するよ。だから二人は気にする必要ないんだよ」
 そうシノブは言って笑った。

「ふふっ、もう本当にシノブちゃんはいつもいつも変わらないんだから」
 思わず本当の名前を呼んでしまうリアーナ。笑みを浮かべる。
「そうね。全ては自分で選んだ選択肢だわ。誰のせいでもない。私自身が背負わなくてどうするのよ」
 ロザリンドも微笑んだ。
 シノブは二人の後ろめたい気持ちに気付いていた。だけどそれを強いるのは自分であり、二人は命令に従っているだけだから何も悪い事はない。後ろめたく思う必要はない。そう言ったのだ。
 そこでリアーナとロザリンドは思う。
 どんな状況にあったとしても、進むべき道を選び取ってきたのは自分。誰かを理由にしない。全ての責任は自分のものなのだと。

 今回の作戦は批判もあるだろう。だが全てを受け止める。そう覚悟するだけで二人の心は軽くなるのだった。

★★★

 なだらかな丘陵地帯に曲りくねった石畳の街道が延びる。
 比較的に見通しは良く、不意打ちには適さない。つまり挑まれたのは単純な力勝負。こちらのパーティーは女と子供が多い。甘く見られたのだろう。正面から勝負を挑まれていた。
 相手は五人の男。前衛が三人、後衛が二人。
 そんな相手に突っ込むのはリコリス一人。まだ相手との距離はかなりあったが。
「行きますわ」
 踏み込みが石畳を砕き、一歩目がすでにトップスビード。一瞬で相手との距離を詰める。
「良い体格ですし、少しくらいは大丈夫ですわね」
 前衛三人は体も大きく鉄製の鎧を着込んでいた。その体にリコリスが拳を打ち込む。
 メコッ
 鉄が凹む。男三人は宙を飛んだ。あっと言う間の出来事に後衛二人も呆然。だがリコリス相手に呆然とする一瞬は命取り。後衛二人も宙を飛んだ。
「……っていうか相手弱すぎない?」
 シャーリーは呆れたように言う。
 何回か他の参加者と戦っているが、誰も彼も全く相手にならない。リコリスかドレミド、どちらか一人で充分に対応できた。
「いや、今の相手も弱いわけじゃないぞ。平均よりちょっと強い」
 なんてドレミドは言うが。
「でもさ、あの程度の動きなら、あたしでも倒せそうなんだけど」
 シャーリーも護身術として、ホーリーやフレアに素手の格闘術を習っている。リコリスが聞けば『調子こいてますわ』と言われそうだったが。
「……魔弾を絡めたら問題ないな。素手だけでも大丈夫だろうし」
 と、ユリアン。
「え? 自分で言っといてなんだけどマジで?」
「僕もだけど、シャーリーもガーガイガーの技術を使っているだろ? 多分、能力が倍になるとかそんな程度じゃないからな」
 タックルベリーの言葉にユリアンが続ける。
「シャーリーは体術だけでも王立学校で充分にやっていけるだろ。心底認めたくないけど」
「そこは素直に認めろ!!」

 最初に気付いたのはドレミドだった。
 次の瞬間にユリアン。剣を抜き声を上げる。
「リコリス、戻れ!!」
「分かりますわ……いますわね」
 タックルベリーは探索魔法を飛ばし、相手の位置を確認する。
「すぐそこ。そろそろ見えるんじゃないか?」
 ……
 …………
 ………………
「うわっ、なんか筋肉臭いのがきてんだけど」
 目の前に現れたのは筋肉で膨れた体の大男だった。
「おいっ、お前達だろ、救国の小女神の仲間ってのは? 強いんだろ? 俺と少し遊んでけよ!!」
 ライトヒースである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

TS転生したけど、今度こそ女の子にモテたい

マグローK
ファンタジー
秋元楓は努力が報われないタイプの少年だった。 何をやっても中の上程度の実力しかつかず、一番を取ったことは一度もなかった。 ある日、好きになった子に意を決して告白するもフラれてしまう。 傷心の中、傷を癒すため、気づくと川辺でゴミ拾いのボランティアをしていた。 しかし、少しは傷が癒えたものの、川で溺れていた子供を助けた後に、自らが溺れて死んでしまう。 夢のような感覚をさまよった後、目を覚ますと彼は女の子になっていた。 女の子になってしまった楓だが、女の子にモテることはできるのか。 カクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

転生少女は元に戻りたい

余暇善伽
ファンタジー
平凡な社会人だった飛鳥はある日友人と共に異世界に飛ばされてしまう。しかも友人は少年になっていたのに対して、自分はなぜか少女になっていた。慣れない少女の体や少女としての扱いに動揺したり、異世界での環境に流されながらも飛鳥は元の世界、元の体に戻るべく奮闘していく。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~

SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。 物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。 4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。 そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。 現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。 異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。 けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて…… お読みいただきありがとうございます。 のんびり不定期更新です。

【転生先が四天王の中でも最弱!の息子とか聞いてない】ハズレ転生先かと思いきや世界で唯一の氷魔法使いだった俺・・・いっちょ頑張ってみますか

他仲 波瑠都
ファンタジー
古の大戦で連合軍を勝利に導いた四人の英雄《導勝の四英傑》の末裔の息子に転生した天道明道改めマルス・エルバイス しかし彼の転生先はなんと”四天王の中でも最弱!!”と名高いエルバイス家であった。 異世界に来てまで馬鹿にされ続ける人生はまっぴらだ、とマルスは転生特典《絶剣・グランデル》を駆使して最強を目指そうと意気込むが、そんな彼を他所にどうやら様々な思惑が入り乱れ世界は終末へと向かっているようで・・・。 絶剣の刃が煌めく時、天は哭き、地は震える。悠久の時を経て遂に解かれる悪神らの封印、世界が向かうのは新たな時代かそれとも終焉か──── ぜひ読んでみてください!

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

令嬢キャスリーンの困惑 【完結】

あくの
ファンタジー
「あなたは平民になるの」 そんなことを実の母親に言われながら育ったミドルトン公爵令嬢キャスリーン。 14歳で一年早く貴族の子女が通う『学院』に入学し、従兄のエイドリアンや第二王子ジェリーらとともに貴族社会の大人達の意図を砕くべく行動を開始する羽目になったのだが…。 すこし鈍くて気持ちを表明するのに一拍必要なキャスリーンはちゃんと自分の希望をかなえられるのか?!

処理中です...