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恐怖の大王編

三日間とチャンス

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 あの後すぐに王立学校襲撃の報告は俺の元にも届いていた。
 俺がすあまの立場ならすぐに退く。私怨の報復と自身の安全、どちらの優先度が高いか。考えればすぐに分かるだろう。
 だけどおはぎの言葉の感じだと、すあまってのは頭のネジが飛んでそうだしなぁ。素直に退くかどうか。
 とりあえず三日だ。三日間だけ静観して、何も状況が変わらないようなら行動を決めなけりゃならんな……なんて考え、アッと言う間に三日は過ぎてしまう。
 そこで俺の全く予想していなかった展開が起こるのだった。

 勢いよく部屋の戸が開けられた。
 そこに立っていたのは……
「無事みたいじゃん。まぁ、あたしは信じてたけどね」
「えっ……な、何でシャーリーがここに? ど、どういう事?」
「シノブちゃん!!」「シノブ!!」
 シャーリーだけじゃない。リアーナやロザリンドもいた。そして駆け寄りベロベロと顔を舐めてくる小犬のようなヴォルフラムも。
「ちょ、みんな……これ……どうなってんの?」
 この三日間で一体何があったのだ……全く分からん。マジでどうなってんの?

★★★

 これは後から知る事のできた三日間の話。

 王立学校で繰り広げられる攻防を遠くから観察する二人がいた。
「凄いね、ミツバのこれ。望遠鏡っていうんだよ。凄く遠くまで見えるね」
 筒状の望遠鏡を覗いているのはアリエリ。
「あれ? おかしいぞ? 何も見えない……壊れてるのか?」
 同じく望遠鏡を覗いていたドレミドだったが、それを振ってみて再び覗き込む。
「……あのね、それね、逆。前と後ろがね、逆だよ」
「こうか……凄い見える!!」
「本当にね、ドレミドはバカ」
「酷いぞ!!」
 二人は遠くから王立学校襲撃の指揮をする者を探していた。もちろんすぐに見付ける事ができた。鉄人形の中に一人だけ人間がいるのだからよく目立つ。傍らに黒猫らしき者もいるがベルベッティアとは違うように見える。
 二人の目的は戦場に紛れて指揮者を倒す事。
「どうする? もう行く?」
「……」
 アリエリの言葉にドレミドは無言。そのまま観察を続ける。
「……」
「……」
「……」
「……まだダメだ……あの黒猫……常に周囲を気に掛けて……多分……近付けない」
 ドレミドは独り言のように続ける。
「……でも集中力は必ず落ちるぞ……一日か二日か……それまではどうにか王立学校が耐えられれば……」
 黒猫の周囲にいくつも浮かぶ魔法陣。そこから鉄人形は絶えず補充されていた。王立学校は陥落するかも知れない。しかしこちらのチャンスは多くない。見極めて行動を起こす必要がある。
 二人はそのチャンスを待って、ただひたすらに観察を続けていた。

 昼夜を問わずに行われる戦闘。それを休憩しながら交互に見張るドレミドとアリエリ。
 それは三日目の事。

「ね、ドレミド起きて。ドレミド、ちょっと変だよ」
「んん……もうちょっと……もうちょっとだけ寝かせてくれ……起きたらいつもより少しだけ頑張って仕事するからな……」
「……起きて」
 パカンッ
「痛い!! 今、誰か頭を叩いたぞ!!?」
「見て。ほら、魔法陣はあるのにね、鉄人形が出てこないの。きっとね、シャーリー達だよ」
 すぐにドレミドも確認する。
「……アリエリ……行くぞ」
 これは待っていたチャンス。二人は行動を開始した。
 王立学校からの攻撃を避け、倒れた鉄人形の影に隠れながら、ゆっくり、確実に近付く二人。気付かれないように気配を殺し、物音を立てないよう慎重に、慎重に。
 そして指揮者と黒猫の声が聞こえる所まで辿り着いていた。
「弾幕薄いよ、なにやってんの!!?」
「……」
「おはぎ、補充!!」
「……その補充だけど……変だぞ……何かおかしい……すあま、ここはやっぱり逃げた方が良い」
「何で? おはぎが創った魔法陣は簡単に真似できないし、できたとしてももう少し時間が掛かるって言ってたでしょ」
「でも俺はこうも言ったぞ。『シノブの能力の全容は分からない』って。何か能力が発動されているのかも知れない。他に特別な能力を持った奴がいる可能性だってある。とにかくアイツ等が送られてこない」
 王立学校攻略は鉄人形の補充があってこそ。それが途切れるとなれば不可能に近い。ここで戦う意味は無い。早々に立ち去るべき。
「……確かに逃げた方が良いと私の勘も言ってるけど……ここはそれをあえて無視してやる!!」
「無視してやる意味……」
 会話のやり取りで、おはぎの警戒心がほんの少しだけ削がれていた。
 その瞬間を見逃さず、飛び出すドレミド。剣の切っ先をすあまへと向ける。
「すあま!!」
 おはぎはその姿に気付き、自らがドレミドの目の前に飛び込むと同時、周囲の鉄人形を集める。
 しかしドンッという衝撃音と共におはぎと鉄人形は見えない力に弾き飛ばされた。アリエリだ。
 ドレミドの剣が、反応の遅れたすあまの喉元に迫る。これを避ける事はできない。確実に倒せる、そうドレミド自身も感じていたが……
 それは全くの偶然だった。
 王立学校からの魔法攻撃。爆風がすあまの体を吹き飛ばす。ドレミドの剣はすあまの首筋を掠め、薄皮一枚を斬るだけ。
 再度ドレミドは剣を構えるが、鉄人形が目の前に割り込んだ。
「アリエリ!!」
「ダメだよ!! 数が多いよ!!」
 アリエリは鉄人形を叩き、殴り飛ばすが、とにかく数が多い。
 すあまとおはぎに距離を取られてしまう。
「危っなー……うわー何……」
 すあまは首筋に手を当てる。その指先には少量の血液。
「逃げる。異論は無いよな?」
「……無いけど少しだけ待って。ちょっとそこの二人!! もしかしてシノブの仲間?」
 もうすあまとおはぎを倒すのは難しい状況だった。
「違うぞ。私は」
「ちょっと静かにしててね」
「うぐぐっ」
 見えない力で口を塞がれるドレミド。
「言えるのは一つだけ……やったのは私達だよ。はい、これで終わり、もう何も喋らないし、あなた達の話も聞かない」
「すあま」
「うん」
 それは交渉を含めた話し合いの拒否。
「ねぇ、シノブに伝えといてよ。『泣かす。後で絶対に泣かしてやる』ってね」
 すあまとおはぎの足元に現れる魔法陣。そこから発せられる光に溶けるように二人の姿は消えるのだった。

★★★

 これはシャーリー達が未開の土地に向かう前の話。大陸に鉄人形が侵攻し始めた直後。
 ミランとハリエットは帝国に出向いている為にいないが、アルタイルにも協力してもらいこれからの対策を練る。
 だがビスマルクやタックルベリー、ユリアンなどが中心になっても有効な策は何一つ見付からなかった。相手の状況が不明過ぎる、手詰まり……そんな中で予想外の発想を生み出したのはシャーリー。
「あのさ。なんか出てくる策が待ってばかりのヤツじゃん。こっちから攻め込んでやらない?」
「随分と簡単に言いますのね。そんな策が可能ならば、ユリアンがもう思い付いていますわ」
 リコリスは言いながら隣のユリアンに視線を向ける。
「鉄人形が出てくる魔法陣を使って、逆にこっちから乗り込もうってつもりだろ? その魔法陣は相手が使っているもので、こっちから干渉はできない。そんな魔法陣を使うのは危険過ぎる」
 ユリアンの言葉にタックルベリーが続ける。
「もし進入後に魔法陣を閉じられたら孤立して、戻れない可能性だってあるからな。待ち伏せされている場合もあるだろうし、僕は反対。そもそも最初に魔法陣を使った時と状況は同じ、結果どうなったか」
「却下だ」
 と、ビスマルク。
 だがシャーリーは……
「いや、あたしだってそこは分かってるって。でもその退路が確保できるなら?」
 ……
 全員が一瞬だけ押し黙る。
「……そんな方法があるのか?」
 ビスマルクが話を促す。
「思い出したんだけどさ……アルタイル」
 シャーリーの言葉に、みんなの視線がアルタイルへと向けられた。言葉を続ける。
「前の、アルテュールの時にさ、あたしとアルタイルでテュポーンの足止めした事があったんだけど、その時にアルタイルが瞬間移動みたいの使ってたよね? 確か……『印を付けた二点を繋ぐもの』だっけ?」
「……そうだ」
 アルタイルは静かにそう答え、さらに付け加える。
 欠点は一度に一組しか設置できない事。一度使うと効力を失ってしまう事。一点目から二点目の設置が短時間のうちである事。
「だから印の一つをこっちに付けとく。そうすれば魔法陣の向こうに行っても、その古代魔法で戻れるんじゃない?」
「……戻れる可能性は高いだろう。だが戻れない可能性もある」
「戻れる可能性の高い根拠は何です?」
 と、タックルベリー。
「……」
 根拠はある。
 古代魔法は精霊、妖精、悪魔、次元のずれた存在から力を借りるもの。つまり世界間を超える魔法とも言え、その 効力は通常の魔法よりも遥かに強い。もしこちらの世界とあちらの世界が繋がっているのなら効力を発揮する可能性は高い。
 そしてアルタイルは知っていた。ベルベッティアという存在を。消えたベルベッティアがシノブの元にいるのなら、その能力で二つの世界は繋がっているのだろう。
 しかし古代魔法の本質は隠しているアルタイルはその根拠を口にしない。
「アルタイル……あなたならばどうする? 個人的な意見を聞きたい」
 何かを察したビスマルクの問いにアルタイルは答える。
「……試してみる価値はあるだろう。だが最後の手段にするべきだ」

 そんな様子を黙って見守っていたのは人型のアバンセとパルだった。
「……素晴らしいな……力も、体も、人は竜より弱い。しかし俺達にはどうする事もできない事態にこうやって向かっていく」
「ああ、俺も思ったぜ。人は竜よりも強い。まぁ、シノブは一人でも竜より強いけどな」
「確かに。その通りだ」
 アバンセとパルはそう言って笑うのだった。
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