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恐怖の大王編

時間稼ぎと狂人

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 話は少しだけ遡る。これは後から聞いたリアーナ達の状況。
 一応は秘密という事で目隠しをされて連れていかれた先。

「この場所だけを見たら別の世界とは思えないわね」
 ロザリンドは部屋全体を見回す。
 木製の机に椅子。床に敷かれた絨毯。窓こそ見当たらず外の様子は分からないが、元の世界と変わらない、ちょっと良い宿屋の一室。そんな感じだった。
「シャーリー、これ美味しいぞ。食べてみろ」
「うわっ、きもっ、とんでもない色してんじゃん。よくドレミドは速攻で食べるよね。死ぬの?」
「何でだ!!? とにかく食べてみろ!!」
「ちょっ、ムリヤリ口に入れんな!!」
 机の上のカラフルなお菓子をモシャモシャ。そんな様子を見て、ニコニコと微笑んでいるフレア。
「リアーナ姐さん……あの、アソブーって男……何か胡散臭くないっすか?」
 と、ミツバ。
「当然、隠している事はあると思います。でも現状では従うしかありません。分からない事が多過ぎて……」
「そうね。例えば本当にシノブ達の事を知らないのか」
 ロザリンドの言葉にリアーナは頷き言葉を続ける。
「うん。私達がこの世界に来て、すぐアソブーさんと出会えたのがただの偶然とは思えないからね。そうなると私達の存在を知る術を何か持ってるはず。なのに他の調査隊の情報を何も持ってないのは不自然だよ」
「そうね。警戒するに越したことはないけれど」
「あたしの赤い魔弾使う?」
「いえ、もう少し様子を見たいわ……待って、誰か来る」
「んじゃ、あたし達は黙ってようか。余計な事を言わない方が良いんだろうし。モシャモシャ」
「そうだな。話はリアーナとロザリンドに任せるぞ。モシャモシャ」

 姿を見せたのはアソブーだった。

 この世界には二つの勢力が存在する。それは魔法陣の先の別世界を侵攻しようとする勢力。
 そしてもう一つが侵攻を阻止しようとする勢力、この世界の王、アンゴルモアである。
 別世界を侵攻し争いになれば、自国にも大きな被害が出る。それを阻止したいアンゴルモアが暗殺されてしまえば、一気に侵攻へと傾くだろう。
 アンゴルモアの大王は平和的な王なのである。だから力を貸して欲しい。

 それがアソブーからの話だったが……

★★★

 今、目の前、アンゴルモアが部下らしき女性の顔を斬り付けた。それは平和的な王の姿ではない。その瞬間にリアーナとロザリンドはアソブーに騙されている事を確信する。やはりシャーリー達は待機という名の人質。
 だが確信した所で次の行動が起こせない。情報が少な過ぎる。その少ない情報の中でも二人は同じ思考に辿り着く。

『シノブちゃん!!? な、何でここに……』
『考えられるのは私達と同じような状況ね。ただシノブに求められているのが同じく暗殺の阻止ならそれは不自然だわ。まずシノブが能力を他人に教えるとは考えづらい』
『だから非力なシノブちゃんに阻止を頼むなんてありえない。逆にその非力さを武器とするならやっぱり暗殺。もちろんアソブーさんの言葉を信じるわけじゃないけど』
『暗殺と、その阻止。どちらかとしたら状況的にもシノブの役割は暗殺。でもアソブーはシノブの存在を知っていたの? シノブの存在はアソブーに伝えていたわ。知っていてこの状況を作り出したのなら理由が全く分からない。もちろん知らなかった可能性もあるけども』
『とにかく今はシノブちゃんだ。今の私達がどう見えてるのか。もちろんシノブちゃんなら暗殺かその阻止か、それぐらいの推察はできてるはず』
『でもシノブから見れば私達は、暗殺阻止の護衛をしているようにも見えるし、暗殺の機会を背後で窺っているようにも見える』
『だからこそ私達の立場をまずはシノブちゃんに伝えなくちゃ』
『それともう一つ』
『シノブちゃんなら』
 この場に来る直前、二人は一つ行動を起こしたのである。

★★★

 どっちだ、リアーナとロザリンドはどっちだ?
 それは見ていないと気付かない程の小さい動きだった。リアーナとロザリンドが少しだけ後退、しかしすぐに今度は前進。
 きっとこれは二人のメッセージ。
 二人ならきっと俺と同じような思考に辿り着くはず。そこから考えれば……二つの動きは二つの事象を意味している。順番的にまずは『暗殺』という行為。次にそれを『阻止』するという行為。
 暗殺に対しての後退……対象から離れる動きは暗殺の実行を難しくする。
 阻止に対しての前進……対象を守る為には近付かなければならない。
 つまり二人が二人が求められている行動は暗殺の阻止だ!!

 そしてその時に俺はもう一つ気付く。
 二人の元にはシャーリーがいる。どこかのタイミングで赤い魔弾を使っているはず。
 暗殺の成否はどちらかの人質を危険に晒す。そして赤い魔弾で何かしらの行動が起きているはず。つまりこの場でやるべき事は時間稼ぎ。
 結果、この手詰まりの状況が良い方向に転がるか、悪い方向に転がるかは分からないが。

 俺はアンゴルモアの前で足を止める。
 俺の身体能力で飛び掛かるには少し無理っぽい距離。
「……」
 アンゴルモアの視線が突き刺さる。
「……」
「……」
「……アンゴルモア様。質問をよろしいでしょうか?」
「……言え」
 とにかく話の中身は何でも良い。少しでも興味を惹くように長引かせる事ができれば。
「私達はこの世界が元の世界とは別世界とお聞きました。でもその確証が何もありません。何かそれを信じるような事でもあれば教えていただきたいのですが」
「……私の言葉が全て。ここはお前達のいた世界ではない」
「では私達は元の世界に帰る事ができるのでしょうか?」
「どちらでも構わない」
「どちらでもと言うのは……このまま戻って、そのまま帰る事ができるのですか?」
「自由にしろ。どうせ逃げ場はない」
「逃げ場……それは……」
「こちらの世界と同じだ。お前達の世界もいずれ私のモノとなる。誰が、何処にいようが私には関係ないのだから」
「それはつまり私達の世界へと侵攻するという事でしょうか?」
「侵攻など生温い。蹂躙だ」
 アンゴルモアは平然とそう言い放つ。
「……目的は?」
 そこで初めてアンゴルモアは笑った。
「ふっ……目的か……気に入らないのだ、全てが。世界も人も、全てが疎ましい。だから蹂躙を尽くし、滅ぼす。全てを無にする。私がしたいからそうするのだ」
「……」
「……だが、私に従う者がいれば生きる事を許してやろう」
「……」
「何か言いたい事のある目だな。言え、正直に」
「……正気ですか?」
「ふっ、ふはははははっ、この状況でよく言った……正気のわけあるまい。狂っているのだ、私は。ここが壊れているのだよ」
 アンゴルモアは笑いながら、自らの頭をツンツンと指差した。そして言葉を続ける。
「まさに悪夢だ、この国の者にとっても、お前達の国の者にとっても。今、この場にいる者の多くは私の死を願っているのだろう。だがそれでも止められない、誰も私を止める事などできない。実に心地良い」
 これが本心であるなら、確かにコイツはここで殺した方が良い男だと思う。
 玉座から立ち上がるアンゴルモア。同時に側に立つ衛兵が剣を差し出した。それを受け取り、俺の前へと立つ。
「随分と落ち着いた顔をしている。この場の雰囲気に全く圧されていない。自分が死ぬとも思っていない顔だ」
 首筋に当たる剣。
「……もちろん内心は怖くて怖くて仕方ありません。でも……ここには私達の仲間もいます。私の行動一つでその仲間達がどうなるか……そう考えたら震えているわけにはいきません」
「いや、違うな。その目を私は知っている。それは一度死んだ者の目だ」
「……」
「だからこそ死が近く、自らの死を恐れない」
「確かに何度か死にそうな事態もありましたから。アンゴルモア様はそんな事態に陥った事はありますか?」
「どうだかな。だが確信したぞ。お前こそ、私が探していた者だ」
「その話をお聞きできますか?」
 そこでアンゴルモアが玉座へと戻る。そして剣を衛兵に返すと思った瞬間だった。
「ギャッ!!」
 その剣を衛兵の腹へと突き立てる。さらに崩れ落ちる衛兵を蹴り飛ばした。
「邪魔だ。連れていけ」
「……彼が一体何を?」
「お前も気を付けるがいい。話は聞かせてやるが、ただの気分でこのようになる」
 ……まだアンゴルモアと接点は持てそうだ。暗殺の機会がある限り、クーネルはまだ様子を見るはず。時間的猶予を得たのは良いが……この野郎、マジでメチャクチャ、狂人じゃねぇか…… 
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