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女神の微笑み編

おとぎ話と大問題

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「ここまで計画通りだと逆に不安にならない?」
 俺の言葉にリアーナは困ったように笑う。
「油断はしないの。ヒメ、シノブをしっかりと守るのよ」
「承知」
 服の下からコノハナサクヤヒメの声。
 コノハナサクヤヒメにより、ヲルセンの計画はもう筒抜けなのよ。
 俺達を信用させて、集めて隔離して、有り金を一気に奪う。そして犯して、ルチエと一緒に娼館に売り飛ばす。そんな計画らしい。ベルベッティアにより相手の人数も把握してるしな。
 後はヲルセン待ち。ボコボコにしてやるぜ。

 部屋の戸が開けられた。ヲルセンを見張っていたベルベッティアか?と思ったが、現れたのはルチエだった。
「早く逃げろ!!」
「ルチエ? どうしてここに?」
「お前達は騙されてるんだ、だから早くここから出るんだ!!」
「……どうして逃がしてくれようとするの?」
「俺は……金は盗るけど、ここまでしようとは思ってない……だから……」
 きっとルチエも計画の内容を知っているのだろう。ただ自分も娼館に売られる事までは知らないようだが。
「ありがとう。でも……」
 その時である。
 ルチエの背後。大男がいた。浅黒い肌に額には傷。この野郎がヲルセンだ。
「ルチエ……どうしてここにいる? お前の仕事はコイツ等を見付けるだけだったはずだぞ」
「あ、そ、それは」
「まあいい。どけ」
 ヲルセンはルチエを後ろへと押しやる。
 そのヲルセンの後ろに粗暴な男達が並ぶ。中にはあの優男もいた。
「おい、嬢ちゃん達。金を全て出せ。言う事を素直に聞けば無事に家へ帰してやる」
「ダ、ダメだ……」
 ルチエだ。
「黙っていろ」
「おいっ、早く逃げろ!! お前達は娼館に売り飛ばされるんだぞ!!」
 ルチエはヲルセンに飛び掛かる……が、簡単に引き剝がされた。そして殴り飛ばされる。
 そしてヲルセンはルチエを見下ろして言う。
「勘違いするな。お前もだ」
「……え?」
「そろそろ煩くなってきたからな。お前も娼館に売り飛ばす」
「な、何で……どうして……お、俺がいなかったら妹は……妹は……」
 そこでヲルセンの後ろに立つ男達は言う。
「お前の妹なんてもういねーよ。何処に捨てたかも覚えてねぇ」
「何を言ってるんだよ……だ、だって氷漬けにしないと生き返れないって……その為に俺は……」
「人を生き返らせる。そんなネクロマンサーなんかいるわけないでしょう」
 呆れたように言う優男。その後に笑顔で言葉を続けるのだ。
「ルチエ。小遣い稼ぎにはなりましたよ。ありがとう。でも大金が入るのであなたはもう必要ありません」
 言葉を発する事もできないルチエ。その頬を涙が流れ落ちる。
「まぁね。騙される方も悪いと思うんだよ。でも騙す方がもっと悪いのは当たり前だよねぇ」
 そんな俺の言葉にヲルセンは訝し気な表情を浮かべる。
「リアーナ。ロザリンド。殺さなければ何しても良いよ」
 いやぁ、俺もね、聖人じゃないのよ。半殺しじゃ済まさねぇ、九割殺しだ……リアーナとロザリンドがな!!
「うん、そうだね。今まで黙ってたけど、私かなり怒ってるみたい」
「こういう人間もいるのね。視界の中に入れるのも不快だわ」
「おい、大人しくできないなら……」
 ヲルセンは腰の剣を抜いた。

 最初に動いたのはヲルセン。
 しかし次の瞬間、そのヲルセンの懐にいたのはリアーナだった。握られた拳がヲルセンの剣を握る指を打つ。グシャッと指が潰され、剣が落ちる。
 続けて膝蹴り。
「ゴガァッ!!」
 腹を打たれ、ヲルセンは前屈み。その髪の毛を掴み、リアーナは足を引っ掛けヲルセンを床に転がした。そしてその胴体をサッカーボールのように蹴り付ける。
 ベキッと肋骨の折れる音がこちらまで伝わる。
「ア、アグァ……」
 ヲルセンは苦悶の表情。全身から汗が噴き出していた。

 そしてロザリンド。
 その鋭い蹴りがヲルセンの背後に立つ男の両膝を蹴り砕いた。
 悲鳴と共に男が崩れ落ちる。
 その拳と蹴りが、他の男達の骨を折り、砕き、再起不能へと追い込む。
 全てが一瞬の出来事で優男も理解が追い付いていない。
「え? え? あ?」
 そんな優男の股間。容赦無く、思い切り蹴り上げるロザリンド。何が潰れようが構わない。
「アギャァァァァァッ」
 優男は床に転がりビクンッビクンッと痙攣し、泡を噴いていた。

 全ては一瞬。
 相手に武器は使わせず、リアーナとロザリンドには武器さえ必要無い。それ程の実力差。
 床に転がり呻くヲルセン。
 そのヲルセンの前に俺は立つ。
「両手両足を切断して男娼として売り飛ばせば、そういう人達に人気が出そうじゃない? 良い体してるし」
「お、お前達……何者だ……」
 ヲルセンの目の前に金貨銀貨の入った革袋を下げる。
「ただの『危機意識の低い、世間知らずの、お金持ちなお嬢様三人組』ですけど」
 バカンッ
 その革袋でヲルセンの顔面を殴り付けてやる。
「ガハッ」
 鼻血、そして口から鮮血と折れた歯を吐き出す。
 金が好きなんだから、それで殴られるなら本望だろ。

「あら。酷い状況。自業自得ね」
 ベルベッティアが見たのは苦悶に呻き、脂汗を浮かべて床に転がる小汚い男達。
「殺さないだけマシなんだけど」
 俺は笑う。

★★★

 その後の話。
 ヲルセンを、衛兵へと引き渡す。
 この野郎の事だ。絶対に悪い事を他にもやってるはず。ここは王国領。ニーナから貰った短剣を見せたんだ、衛兵も本気で調べてくれるだろ。
「ほら、ルチエちゃん」
 リアーナの回復魔法。ルチエの殴られた頬の腫れが引いていく。
「……」
 虚ろな表情、視点の定まらないルチエ。
「こういう時にどんな言葉を掛ければ良いのか……私には分からないわ」
 ロザリンドは小さく言う。
 俺もだ。
 だから俺の知っている話しかできない。
「女神アリア様の言葉。この世界はね、運命の糸が複雑に絡まり合ってるんだって」
「……」
「運命が複雑に絡まり合って、解けないから人は生まれ変わる事ができる、その為の命綱。そんな言葉」
「……」
 ルチエは少しだけ顔を上げる。
「私は思うんだよ。きっと家族とか血縁とかは運命の繋がりが強いんだろうなって。だから生まれ変わったらまた出会えるんだよ」
「……サリエとも?」
 きっとそれは妹の名前。
「それだけじゃないよ。きっとお父さんお母さんとも」
 ルチエは泣いた。
 大声で、涙を流し、ただただ泣き続けるのだった。

 回復魔法などもあり、怪我による死者は比較的に少ない。
 その反面、病などによる死者は前世より格段に多い。
 少しだけ落ち着いたルチエがゆっくりと口を開く。
 両親は立て続けに病死した。
 残されたルチエとサリエの姉妹は、親戚や周囲の援助もあり生活はできていた。
 しかしサリエも亡くなってしまうのである。
「お父さんが死んでから、お母さんも……サリエの事を守ってあげてって言われてたのに……」
 ルチエの手の中には星形のペンダント。
「そのペンダント……」
「サリエが作ってくれた……俺のお守りだって……」
 涙がポタポタと落ちる。
 ルチエはネクロマンサーという存在を知っていた。救国の小女神と言われる仲間の中に、死者を操る存在がいるという話を聞いたのだ。
 そしてネクロマンサーを手当たり次第に探す中でヲルセンに出会った。
 後は詐欺の常套句である『ネクロマンサーを雇うには大金がいる』の言葉を信じて、ルチエは犯罪で金を稼いでいた。そういう事である。
「なぁ、本当にサリエはもういないのか? 生き返らせる事はできないのか?」
「私がその『救国の小女神』だよ」
「だったら!!」
「……ごめん」
「もう……ダメなのか……じゃあ、俺はこれからどうすれば……」
 そうして夜は更けていくのである。

★★★

「じゃあ、ベルベッティア。頼んだよ」
「任せて。エルフの町まで安全に送り届けるから」
「……本当に良いのか? だって俺……シノブ達の金を盗んだし……」
「もうそんな事しないでしょ?」
「あ、当たり前だ!! 俺だって本当はあんな事したくなかった……」
「それに最後は助けてくれようとしたでしょ」
 もうルチエに帰る家は無かった。金の為に生家を売ってしまっていのだ。親戚も子供一人を育てる程に裕福ではないらしい。
 だったらうちに来なよ、って話。
 うちの店も繁盛店だから人手はあって困らないし。
「シノブ。リアーナとロザリンドも。ありがとう」
 少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべ、ルチエは微笑むのだった。

「ねぇ、シノブちゃん。女神アリア様の話。あれはシノブちゃんの創作?」
 と、リアーナ。
「私もいくつか資料として読んだ事はあるけど、そんな話は聞いた事が無いわね」
 と、ロザリンド。
「作者不明のおとぎ話だよ。昔なんか読んだ事があるの。でも私は信じてる。信じたいぐらい素敵じゃん?」
 と、俺は微笑むのだった。

 さてさて。
 こんな出来事があったわけだが、本当の大問題はこの後に発生した。

 それは……『最終性行為をしないと出られない部屋』である!!
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