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神々の手編

静観と次の国境都市

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 国境都市で身動きが取れない。
 帝国領である小国からの攻撃、挟まれる形でネメアからの攻撃。全く、全く身動きが取れないのである。
「ねぇ、シノブちゃん……ヴォルちゃんの足ならもう帝都には着いてるはずだよね」
「うん……」
「でも帝国が動いている様子は無いわ」
「うん……」
 リアーナの言う通り、ヴォルフラムの足ならば数日前に帝都には到着しているはず。しかしロザリンドの言う通り、帝国が何かアクションを起こしているという情報は全く入ってこない。
「まだ帝都に着いてない可能性は? ほら、敵からずっと逃げ回ってるとかさ」
「シャーリーの言う通りならばまだ良いんだがな」
 ビスマルクはその先の言葉を喋らない。でもみんな分かっている。アストレアに倒されてしまった可能性。
 しかし現状では待つ事しかできないのだった。

 そんな状態でさらに数日。
 帝国は全く動かない。まさに静観。ミラン達がどうなったのかは分からないが、帝国は動かないと思った方が良い。
 その間にも王国は攻められ、各地がどんどん占領されていく。そんな状態では王国も小国に対策を立てる事ができないでいた。
 なんてヘッポコなんだ、王国軍よ……これじゃお姉ちゃんがいくら頑張っても報われねぇ……
 つまり俺達だけで現状を打開しなければならないという事。
「……ここを放棄する」
 俺の言葉にみんな静まる。
「逆転する為に帝国の協力は不可欠。だから私が直接話すよ。でもミラン達が帝都に辿り着けてないから、同じような方法で行くのは無理だと思うの」
 現地点は地図で下の方、帝都は地図で上の方。そして上下に伸びる王国と帝国の国境、その国境線上にはいくつもの国境都市が存在している。何処もまだ占領はされていない。
 現地点から帝都を目指すのではなく、国境都市から国境都市へと上方向へと移動し帝都を目指す。
「それで一番上、帝都に近い国境都市から目指す。これなら途中で休めるし、時間は掛かるけど比較的安全に帝都へ行けるはず」
「でもさ、そういうのができないように封じ込まれてんじゃないの?」
 シャーリーの言葉に頷き、俺は言葉を続ける。
「そうだけど、それはこの国境都市を守る意味も含まれているんだよ。だけどここを放棄する前提なら脱出ができる。その為にビスマルクさん達には残ってもらうけど」
 最重要なのは俺を追わせない事。
 そこでビスマルク達の第一本隊と国境都市の兵士でネメアとアストレアと小国を抑えてもらう。ただある程度の時間は稼げるだろうが、国境都市を守る事はできない。
 小国が国境都市を攻めても帝国は静観をしている。つまり逆に、こちらから小国に攻め込んでも動かないはず。ここで帝国が小国を助けるような行動をすれば、王国との関係は決定的に崩れる。将来的にどうなるかは分からないが、現状で両国の関係を大きく損なう行動はしないだろう……との説明をみんなに伝える。
「みんな、色々と言いたい事はあると思うけど、これが現状で一番良い案だと私は思ってる」
 つまりそれに従ってもらうという事。
 そうして俺達はこの国境都市脱出を決意するのであった。

★★★

「あなたがアストレアなのね~」
「その大剣、背中の翼、ヴイーヴルですね」
「凄く強いって聞いているから~本気でいっても大丈夫よね~」
 小国に攻め込んだのは第一本隊を率いるヴイーヴルだった。本隊と女天使が正面からブチ当たる。
 武器と武器とが当たる金属音がいくつも重なる。足音と怒声が大地を揺らす。
 その中でヴイーヴルとアストレアは対峙するのだった。
 まるで重さを感じさせない勢いでヴイーヴルは大剣クレイモアを振るう。その刃風でさえ岩を絶ちそうな一撃を受け止めるアストレア……だったが、その勢いを止められずに弾き飛ばされた。
「報告以上の力です」
「あらあら~」
 凄まじい剣戟に巻き込まれないように、誰も周囲に近付けないのであった。

 そしてそれと同時に。
「同じ獣人同士。私が相手をしよう」
「ビスマルクか。聞いているぞ、戦力ではこの大陸でも一、二位を争うらしいな。相手に相応しい」
 熊の獣人であるビスマルク。獅子の獣人であるネメア。この大陸で最高水準の戦力を持つ二人が対峙していた。
 共に素手、しかしその素手にはお互い鋭い爪を持つ。
 そんな二人の戦い。それは激しい体術の応酬。二人の肉体がぶつかり合う度に鈍い音が響く。まるで重さを持つような衝突音。
 重さはもちろん、速さも尋常では無い。常人では捉え切れない攻防が繰り返されていた。

 ミツバ。国境都市の兵士を連れて暴れ回る。それは少しでもシノブから注意を逸らす為。派手に、大声で叫びながら戦っていた。
「オラッ、てめぇら、そんな人数で俺を止められると思ってのか!!? 馬鹿にすんじゃねぇぞ、このクソ天使どもが!!? うせろ、ボケ!!」
 ミツバは持っていた戦斧を投げ飛ばす。それは唸りを上げて女天使を薙ぎ倒した。そして戦斧に繋がる鎖をミツバは強引に引き戻す。凄まじい力だった。まるで全てを瓦礫に帰す竜巻。

 そんな三人に合わせるように俺達は国境都市から足を踏み出した。
 飛竜を使えば移動も早くなると思うが、空を飛ぶ女天使が来たら数で逃げられない。ここは自分達の足で移動する方が確実だ。
「めっちゃお尻が痛いんだけど!!」
「我慢しな!! 私だって痛いんだから!!」
 シャーリーも俺も身体能力が低いので馬に乗って移動。慣れてないから尻が痛ぇ!!
 地図では真上に位置する次の国境都市へと向かう。

★★★

 そうして見事に次の国境都市に到着。
 すぐさま現状を地図で確認。伝えられる情報を整理する。
 ビスマルク達は少ない兵力で数日を稼いだ。しかし国境都市を守れず放棄、ヴイーヴルはビスマルクと合流する事でネメアを抑えていた。
 しかしその為にアストレアがフリーに。こちらに向けて北上しているらしい。その動きを捉える為に……
「キオ。リコリス。ユリアン。それとベリー。アストレアの進行を少しでも遅らせて」
「僕達だけでか?」
「ニーナさんから借りてる予備隊と飛竜を預けるから。倒さなくて良い、危ないと思ったらすぐ逃げても良いから足止めして欲しいの」
「わ、分かりました、は、はい」
「できるだけ時間は稼ぐけど。母さん達程は無理だからな」
「何をユリアン!! アストレアはわたくし達で倒してやるのですわ!!」
「ベリー、みんなを頼んだよ」
「いやいや、僕は頼まれる方なんだが」
 俺は笑うのだった。

 次から次へ。また移動、その途中。
 少し離れているが攻め込まれている街がある。辿り着いた防衛都市で情報を聞くと実にギリギリの状況。街側が対応一つ間違えれば、そのまま陥落をしてしまうような状況だった。
 伝えられる情報では攻め込むのは異形の獣を操る獣人一人。十二星座ではやぎ座に当たる存在。人間の上半身と、山羊の下半身を持つ男。その名はパーン。ラッパを吹き鳴らし怪物テュポーンを操る。
 テュポーン。蛇とも竜とも言えるような巨体。その巨体は竜に見劣りをしない。そして百とも言われる数の頭があり、それぞれが炎を吐き出す。
 まさに怪物。
「無理無理無理、無理に決まってんじゃん!! 何であたしとアルタイルえもんだけ二人なの!!? おかしいでしょ、ちょっとアルタイルえもんも何か言ってやんなよ」
「……アルタイルえもん……」
「ほら、無理だって言ってるし!!」
「……」
「え、遠距離からちょっかい出すだけで良いから……街に少しでも余裕ができれば助かるんだって」
 シャーリーとアルタイル、二人をその街へと派遣する。パーンと戦力が拮抗しているのなら、二人が加わるだけでも力になる。
 特に遠距離から狙う相手はパーンとテュポーンだけ。シャーリーにとっては相性の良い相手でもある。そしてアルタイルが補佐してくれれば、充分に街の助けになる。
「待ってよ、シノブちゃん。今、この状況で戦力を割く意味が分からないよ」
「そうさね。私もだ」
 リアーナの言葉にタカニャも頷く。
「一刻も早く目的地に辿り着くのが最優先。その獣人と怪物がこちらに標的を変えても、距離があるからすぐには追い付けない。今、私達が相手をする意味は無いわ」
「同感だな。少なくなった戦力をさらに割く、良い案とは到底思えない」
 ロザリンドもフォリオも反対。
「パーンとテュポーン、今の私達だけじゃ抑えられないけど、街側とシャーリー、アルタイルなら抑えられる。だったらここで確実に足止めする。そうすれば後方から追われる心配は無いはずだから」
「あーはいはい、もういい。最初からあたしはシノブに従うって言ってるしさ。行ってやるって。ねぇ、アルタイルえもん」
「……アルタイルえもんではない……」
 そう、最初から俺に従ってもらう話をした。リアーナもロザリンドも異論はあるだろうが、それらを飲み込んで頷く。

 そうして仲間を一人、また一人と減らしながら、俺達は次の防衛都市へと向かうのだった。
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