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神々の手編

包囲網と揺さ振り

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「飛竜もあるし、ユリアンやフォリオも空飛べるんだからさ、王国から助けを呼べば良いじゃん。包囲だってベルベッティアとか抜けられそうだし。援軍とあたし達が一緒なら勝てるんじゃないの?」
 そうシャーリーは言うが……
「多分無理。空中で囲まれたら終わりだよ。それとお姉ちゃんが指揮するぐらい強い軍隊じゃないとここまで辿り着けないよ。でもそんな強い人達は他で手一杯だろうし。でもそれ以上にね、私達がここに拘束されている状態は、逆を言えば相手を拘束している状態とも言えるんだよ」
 俺達も動けないが、それはアストレアやネメアも動けない事を意味している。互いに牽制が必要だからだ。この二人を拘束する事で王国もかなり楽になるはず。
「じゃあ、僕達はこのままここでずっと待機か? それはそれで楽だから助かるんだけど」
「私も気分的にはベリーと一緒なんだけどねぇ」
「シノブちゃん……」
「……まぁ、そういうわけにはいかないよねぇ……向こうはアストレアとネメアがいなくても大陸を征服する自信があるって事だし。とりあえずミランとハリエットはどうにかして帝都に向かってもらう。アストレアがいる以上、アルテュールと小国が繋がっているのは確実だからね。これで帝国側もちょっとは動きやすくなるでしょ」
 何か言いたそうなミランではあったが。
「分かった」
「はい。小国の対応は私達に任せてください」
 ハリエットも頷く。
「ヴォルは二人の足になって。アルテュールとしては帝国の介入が嫌だろうから必死に阻止するはずだよ。全速力で振り切って。ベルベッティアも一緒にね」
 ヴォルフラムは飛竜よりも格段に速い。
「ああ。全速力なら帝都まで三日は掛からない」
「分かった。任せてちょうだい」

 国境都市関係者に現状の説明はしない。せっかく意気揚々、士気も上がっているのにそれを下げる必要は無いだろ。
 ただ周囲に残る残存戦力を削ぐ為に出るとだけ説明した。

★★★

 そして早朝。
 まずは陽動。第一本隊であるビスマルク隊が出る。
「獅子獣人の男が来たら相手をするな。私かヴイーヴルに任せてくれ」
 ビスマルクの役割はあくまでもネメアの足止め。積極的に攻撃を仕掛けるのではなく相手の動きに対応して行動する。

 それと同時、リアーナ隊とロザリンド隊は包囲網に穴を開ける。
 その開けた穴をミラン達が突破する。ヴォルフラムの足だ、誰も阻止する事はできない。そのまま国境を越えるか、越えないか、そんなタイミングだった。

 国境都市に待機する俺。そこから周囲の戦況を監視するキオだったが……
「シ、シノブさん!! しょ、小国に動きがあります!! こ、国境を越えて、こ、こちらに向かって来ます!!」
「今!!?」
 俺はギリッと唇を噛む。
「ユリアン、第二本隊を指揮してドレミドとすぐ国境に向かって。アリエリも」
「分かった。ドレミド」
「ああ。でもシノブ。人数的にあまり持たないぞ」
「うん、分かってるよ。リコリス、リアーナとロザリンドをすぐ国境へ向かうように伝令して。二人の隊はタカさんとフォリオさんに任せて大丈夫だから」
「分かりましたわ!!」
 すぐに四人は飛び出して行く。
 そんな様子を見ていたタックルベリー。
「予想で小国は動かないはずだったよな? シノブをここに拘束する為の脅威っていう可能性があれが良いんだから、わざわざ侵攻して帝国を動かす事もない。そうだろ?」
「うん。ここで帝国の介入があれば、結果として私が自由になれる可能性が生まれちゃうし」
「でもミランとハリエットの身分は相手にバレてる可能性があるだろ。もしそうなら僕達が帝国に協力を求める事は充分に考えられたよな。つまり遅かれ速かれ帝国の介入をアルテュール側は予測していたはず。それって小国がいつ行動を開始してもおかしくないって事だろ?」
「ミランとハリエットの身分がバレていたらね。ただ二人の身分を知っている人は少ないし、まだアルテュールにはバレてないと思う」
 そこでタックルベリーの表情が変わる。
「『思う』?」
「……」
 普段はあまり見せる事の無い怒りの表情。
「お前が軟禁されている時に『ミランとハリエットの身分が分かって帝国に帰還を要請された』って話は聞いてたよな?」
「……うん、聞いてる」
「つまりだ、二人の身分を知っているは僕達だけじゃない。王国の中にも知っている奴がいるんだ。そこから情報が流れた可能性だってあるだろ。むしろ小国の動きを見るならバレていたと考えるべきだ」
 タックルベリーの言う事はもっともだ。だからこそ俺が動くタイミングにわざと合わせたと考えられる。
「でも……それは結果論。事前で考えるならその可能性は少なかったよ」
「少ないと考えた根拠は? そもそもだ、多い、少ないの問題じゃない。二人の身分がバレていた、最悪も想定して作戦を練る、『思う』なんて曖昧な事を言うな!!」
「あ、あの、ふ、二人とも、け、喧嘩はしないで……お、落ち着いてください……」
 ちょっと涙目のキオ。
「うわっ、二人の間に割って入るなんて、キオって偉いね」
 それまで黙っていたシャーリーは言う。
「大丈夫。喧嘩してるわけじゃないから」
 俺はキオに向けて苦笑い。
 そこでタックルベリーは一度大きく深呼吸。そして。
「なんて感じでビスマルクさん辺りは怒ると思うぞ、僕は」
 もういつもの表情。
「……そうだね」
「……さてじゃあ僕はちょっとお花摘みに。まぁ、小便だけど」
 そう言ってタックルベリーは一度席を外す。
「……シノブ様……」
 少し心配そうなホーリーの表情。
「大丈夫だよ、大丈夫」
 俺は自らに言い聞かせるようにそう答えるのだった。

★★★

 時間は少しだけ巻き戻って。
 俺の知らない所で、こんな事があったらしい。
 まぁ、それは後から聞いた話なんだけどな。

 国境と言っても何か障害物があるわけでもない。越えるだけなら簡単に国境は越えられる。
 包囲網を破る事ができれば、ヴォルフラムの足ならば簡単。ミラン、ハリエット、ベルベッティア、ヴォルフラムの四人はすぐに帝国内へと入り込む。
 木々の隙間を圧倒的な速度で駆け抜けるヴォルフラム。淀みの無い流れるような足に追い付ける者などいないだろう。
 そのヴォルフラムの鼻と耳が敵の存在を捉える。
「この先、敵がいる。アストレアだ」
「他は?」
「女天使達の気配も、小国兵の気配も無い。絶対とは言わないがアストレア一人だと思う」
「相手が一人だけならばお兄様とヴォルさんで倒せるのではないですか?」
「一人で現れる意味が分からないからな。このまま無視する。ヴォル」
「分かった」
 進行方向を変えようとするヴォルフラムだが、それを止めたのはベルベッティアだった。
「待って。きっと何か意味があるはずよ。私が接触してみる」
「危険ではありませんか?」
「分からない。けど私は不死身なの。何かあったら私を置いて帝都に向かって」
 そう言い残してベルベッティアは単身でアストレアの元に向かうのだった。

 そして少しの時間の後。
 戻るベルベッティア。そして言う。
「ミラン、ハリエット。アストレアがあなた達に話があるそうよ」
「必要が無い。行くぞ」
「……私は最後までシノブを信じるつもりよ。ただアストレアの話は帝国全てに関わる事。二人は話を聞くべきよ」
  ベルベッティアが思慮深い存在である事をミランは知っている。そのベルベッティアが言うならば、それは絶対に聞く必要があるのだろう。
 そこでミランはアストレアと対峙するのであった。

「あなた達の目的は分かっています。自らの身分を使って帝国を動かし、ここ、小国を制圧するつもりなのでしょう。それによりネメアとの挟み撃ちを回避して、シノブを自由に動かす」
 アストレアは言う。
「そこまで分かっているならどうするつもりだ? ここで俺達を殺して阻止するか?」
「……シノブとはそこまで信頼のできる人物なのでしょうか?」
「……」
「国境都市に誘導されたのは理解しているのでしょう? その時点でシノブの計略は後手に回っています」
「そうだとしても、俺達が帝都まで行けばそれも変わる」
「私達が小国を動かさなかったのは帝国の介入を恐れている。そう考えているのですか?」
「……違うのか?」
「だったらシノブはもっと早い段階で帝都に応援を要請するべきだったと思いませんか? それをしなかったのは私達と小国の関係を証明できないから。しかし証明できないとしてもミラン、ハリエット、あなた達なら帝国を動かせたはずです」
「今からでも遅くはありません」
 ハリエットはそう言うが。
「早い、遅いの話ではありません。帝国の介入など、本当はどうでもよい事なのです」
 ミランもハリエットもヴォルフラムも相手の考えを測りかねていた。アストレアは言葉を続ける。
「私達が本当に知りたかったのはこの状況下でシノブがどう動くか。シノブが真に警戒すべき存在なのか見定める事」
「それでシノブはどう見えたの?」
 ベルベッティアの言葉に少しだけ間を置いてアストレアは答える。
「実に凡庸。大陸を託す価値など無い存在」
 ヴォルフラムの体毛が逆立つ。
「お兄様。付き合う必要などありません。早くこの場を離れるべきです」
「……どうしてそう判断した?」
 ミランは片手でハリエットを静止し、アストレアに問い掛ける。
「現状で帝国が介入する為には二つの方法があります。一つ目、小国が王国領に侵攻する事。二つ目、王国側の要請。そこでシノブは二つ目を選んだ。その為にあなた達を帝都に向かわせようとしているのでしょう。ただもっと早く簡単に帝国を動かす方法がもう一つあります……それはシノブ自身が小国に攻め込む事です」
「そ、そんな事ができるわけありません!!」
 と、ハリエット。
 王国側のシノブが帝国領の小国に攻め込めばどうなるか……
「問題になるでしょう。しかしそれが帝国を最も早く確実に介入させる方法なのです。彼女にはその覚悟すら無い」
「くだらないな。それこそがお前達の目的かも知れないだろう。シノブが小国に攻め込んで、お前達は姿を消す。そうなれば帝国としては一時的にでもシノブを拘束しなければならない」
「いいえ。状況を知っている皇族二人がいれば帝国側の対応はどうにでもなります。シノブは一度、軟禁をされていますね。そこで彼女が恐れているのは王国側の対応。王国側に不利な問題を起こせば、また拘束をされる可能性がある。それを恐れているのです」
「そんな事を伝える為だけに俺達を足止めしたわけではないのだろう?」
「もちろん。私達はこれから小国と共に国境都市へ攻め込みますが、帝国はそのまま動かず、手を出さないでください」
「何を馬鹿な事を……そんな提案を私達が飲むと思いますか?」
 ハリエットはすでに戦闘態勢だった。その腕を振るえばすぐにでも糸が飛ぶ。
「俺達がその提案を飲む根拠があると?」
「お兄様!!?」
「ハリエット」
「っ!!」
「救国の小女神と呼ばれるシノブがあの程度ならば、この大陸に私達を止められる者はもういない。遅かれ早かれ、全てをアルテュール様が支配します。しかし今ここで帝国が動き、小国と争えば多くの血が流れるでしょう。結果が同じであるならば、あなた達は皇族として傷が少ない方を選ぶべきです」
 表情を変えないミランではあるが、頭の中ではいくつもの考えが駆け巡る。
 帝国が小国と争えば、帝国に不満のある他の国々も戦いに参戦するだろう。そこにアルテュール達が加われば、もう一筋縄ではいかない。
 大陸全土がいくつもの派閥で争う混沌とした戦場になる可能性がある。その中でシノブを信じて最後まで戦うのか……しかし結果として帝国は大きな傷を負うかも知れない。
 だったら少しでも帝国側に有利な条件でアルテュールと協定を締結すべきか。
 揺さ振りと分かっていても無視ができない。
「そして私達のこれからの目標……」
 アストレアが言う次なる目標……それは……
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