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神々の手編

脱出と三つ目の選択肢

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 お姉ちゃん達を残して俺達はその場を離脱。
 動ける人間が動けない人間に手を貸して、少しでも早くその場を離れる。そして俺を背に乗せたヴォルフラムだけはさらに速く抜け出していた。
「ヴォル!! 私の事は気にしないで!!」
「分かった。けど振り落とされるな」
 必死に掴まる。
 木々の隙間を、まるで風のように駆け抜ける。
 この未開の土地に来る前、ニーナには調査団を助け出す船の用意をお願いしていた。俺達が先行して来たわけだが、その船もさすがに到着してるだろ。

 やがて鼻に感じるのは潮の匂い。やっぱり海が近い!!
 ヴォルフラムの足が森を駆け抜ける。
「シノブか!!?」
「姐さん!!」
 人型のアバンセとミツバの姿が最初に見えた。
「今すぐ来て!!」
 俺の様子を見て、タカニャの表情も変わる。
「事情は途中で聞く、案内しな!!」
 さすがタカニャ、行動が早い。
「アバンセは悪いけどここで待機、すぐにリアーナ達も来るからそっちをお願い。アルタイルは一緒に来て」

★★★

 森の中、全力で戦い続ける、ユノ、アデリナ、ビスマルク、ヴイーヴル、ドレミド。少しでも気を抜けば一気に攻め崩される。
 崩されたら、シノブ達が追撃をされる。それだけは絶対に防がなければならない。剣と魔法、持てる全ての力をユノは絞り出す。
 このまま力尽きようとも絶対にシノブには!!
 その剣閃は女天使を切り裂き、その魔法は狼を貫き倒す。
 限界を超えて敵の足止め。
 それでも終わりは来る。
 狼の群れに飲み込まれるユノ。分断され、誰が何処にいるのかも分からない。自分が助かる可能性は低い。しかし充分に時間は稼いだ。シノブは逃げ切っただろう。
 ユノは思う。生まれてくる妹か弟に会えないのは残念だが、シノブが無事ならそれで良い。
 狼の牙が腕へ、足へと食い込むのが分かる。剣を振るいたいのにその手が動かない。

 ……終わりだ……

★★★

「おんどりゃぁ!! お姉ちゃんに何すんだゴルァ!!」
 俺は思わず、ヴォルフラムの背中から飛んだ。
 飛んだ勢いのまま、お姉ちゃんに噛み付く狼にドロップキックをブチかます。
 弱点は目か? 鼻か? オラッ!!
 そして狼の目や鼻に向かって拳をブン回す。
 まぁ、あんまり効いてないんですけどね。
 お姉ちゃんの周りの狼を噛み砕き、切り裂いたのはヴォルフラムだった。そして呆れたように言う。
「シノブ。いくらなんでも無茶過ぎる」
「殴り足らん!!」
 それよりもお姉ちゃんだ!!
「ちょっとお姉ちゃん大丈夫!!? 死んでないよね!!?」
「……当たり前でしょ。こんな所じゃ死ねないよ」
 お姉ちゃんはそう微笑むが……出血が酷い……このままじゃお姉ちゃんが死んじゃう!!
 ……そこでコレですよ。
 懐から小瓶を取り出す。小瓶の中にはドロリとした液体。片栗粉を溶いた水のように見えるが、ユニコーンの角の粉末を水で溶いたもの。
 量が少ない希少品の為、瀕死の時にしか使えない薬。お姉ちゃん死にそうだし使って良いだろ!!
「はい、お姉ちゃん、これ」
 液体をお姉ちゃんの体に塗り塗り。一瞬にしてその傷口が塞がる。
「えっ……シノブ、これって……」
「前に話した事があったでしょ? これがユニコーンの角の力だよ。ただ治癒の力はあるけど、体力を回復させるものじゃないから、今のお姉ちゃんじゃすぐ動けないと思うけど」
「話には聞いていたけど……まさかここまでの薬だなんて……」
「とりあえず間に合って良かったよ」
 俺は周囲を見回す。
 アルタイルのスケルトン軍団が天使や狼と戦っていた。ふむ、この光景を見ているとどっちが味方で、どっちが敵か分からなくなるな。
 少し離れた所からはミツバのオラ付いた大声が聞こえる。タカニャもビスマルク達を助けている所だろう。
 よし、後はスケルトンを囮として、この場から脱出するだけだな!!

★★★

 そして今、俺達は大きな帆船の上で波に揺られていた。
 ニーナの用意した脱出用の船は到着していたのである。
 未開の土地から離れてしまえば竜の力も使える。船にはアバンセも乗り込んでいるし、ここまで来れば安泰だろ。まぁ、警戒はもちろん解かないけどな。
 とりあえずアバンセに見張りになってもらって俺達は……ぐぅ……寝た。
 ……
 …………
 ………………とはいえ、敵の追撃が無いとは言えないし、状況の確認もしないといけない。疲れているとは思うけど、ちょっとだけ休んで、すぐお姉ちゃんも含めてみんなに集まってもらう。
 船の中の狭い一室、人がいっぱいでギチギチだぜ。
「とりあえずみんな無事で良かったよ。お疲れ様でございます!!」
「お、お疲れ様です」
「キオ甘い!! まだ終わってないんだから気を抜かない!!」
「どこの暴君だよ……」
 呆れたように言うタックルベリー。周りから小さい笑いが起きる。
 そして情報交換。しかし残念ながらお姉ちゃん達からは大した情報を得られない。情報を得る前に罠へ嵌ってしまったからだ。ただ分かったのは相手が普通の人間ではない事。
 そこでハリエットは言う。
「シノブ。気になっている事があります。私達が罠に嵌った時、敵に誘導されていると思いました」
「そうなん?」
 シャーリーが俺の顔を見る。
「そうだよ」
「分かっていながら何故、敵の罠に飛び込んだのですか?」
「まず罠は一つだけじゃないと思った。お姉ちゃん達があんな簡単な罠に引っ掛かるわけないし。複数の罠があるとして、難易度があるかな、って」
「難易度ですか?」
「まず、あんな露骨な誘導に引っ掛かる馬鹿は程度の低い罠で倒せる。馬鹿だから。じゃあ、それに気付くパーティーなら、どうすると思う? ちなみに罠で倒したいのは楽をしたり、損害を抑えたいからだよねぇ~」
「誘導する方を倒す。損害を抑えたいのなら誘導班がまともに戦うとは思えません」
「はい、ハリエットほぼ正解。もちろん色んな場合が考えられるから一概には言えないけど、この場合の選択肢は二つ」
 一つ目、罠に誘導されるか。
 二つ目、その場で誘導班と戦うか。今回の場合、お姉ちゃん達の戦力と誘導班の戦力を考えれば、援軍前に誘導班を倒す事は可能だっただろう。単純な相手なら二つ目が正解だったと思う。
「でも敵は相手に合わせて二つの罠を用意したって事か」
 ユリアンの言葉に俺は頷く。
 そしてミランが続けた。
「あくまでも可能性の問題だな……誘導に引っ掛かる、程度の低いパーティーには実力に合わせた簡単な罠。それを見抜いて誘導班を倒そうとする方には難しい罠。シノブの言う難易度とはそういう事だ」
「つまり同じ罠でも難易度の低い可能性がある方を選んだという事ですね……シノブはもちろん、お兄様も……そんな考えに至るなんて」
「じゃあ、リアーナ姐さん達は難しい方の罠を選んじまったってワケっすか?」
 そう言うのはミツバ。しかし……
「違うよね、お姉ちゃん」
 俺はお姉ちゃんの顔を見る。そのお姉ちゃんは少しだけ驚いたような表情。
「お姉ちゃんはもちろん、リアーナもロザリンドもビスマルクさんも、そんな事はすぐに気付いたと思うよ。罠に誘導されるか、この場で戦うか……ここからは想像だけど、お姉ちゃん達はそこで別の、三つ目の選択肢を思い付いた。罠とは反対方向、誘導班とは戦わず、その背後に抜ける選択肢」
「ちょっとシノブ、どういう事? 超難しい。ドレミドだって分からないよね?」
「シャーリー、私は分からないから黙っているんだぞ。リコリスと同じだ」
「ちょっと巻き込まないでくださる? わたくしはもう分かっているのですから」
「嘘くさい」
「ああ、嘘だな」
「う、嘘じゃありませんわ!! 本当ですわ!!」
「シャーリーもね、ドレミドもね、リコリスもね、静かにしよ? シノブがちゃんと説明してくれるから。ね?」
「アホの子達にも分かりやすく説明するよ」
「アホの子達……」「アホの子達……」「アホの子達……」
 シャーリーとドレミドとリコリスの呟きが重なる。
「難易度はともかく、どっちにしても罠は回避できない。だからお姉ちゃん達は、誘導班の真ん中を一転突破、短時間で背後に抜けて、敵を全滅させないでそのまま逃走……そんな三つ目の選択肢を選んだ。そうするとお姉ちゃん達を敵が追う形になるね。この時の『敵を全滅させない』ってのが大事な所。罠がいくつ用意されているか分からないから、敵の追い込みの形を見て、用意されているであろう罠を回避していこう、って作戦を取った。違う?」
「……いつもの事だけど……シノブ……見てもいないのに、よくそこまで……」
 ロザリンドは驚きの表情で言い、大きく息を吐く。
「本当だよ。シノブちゃんにはどうしてそこまで分かっちゃうの?」
 そう言うリアーナに俺はニコッと微笑む。
「簡単に考えれば良いんだよ。要は『移動するか、留まるか』。移動するなら『どの方向に移動するか』。そう考えたら大体の予想は付くよ」
「でもシノブ。結果として調査団は捕らえられてしまいました。本来なら二つの選択肢の中、三つ目の選択肢を見付け出しただけでも凄いのに……どうしてでしょうか?」
 ハリエットの質問はもっともだ。しかし。
「……違うよ。敵にとっては最初から三択だったの」
 お姉ちゃん達が見付け出した選択肢、それは相手にも最初から見えていた選択肢だった。
 言葉を続ける。
「だから私は最初から簡単な罠の方に向かったわけ。どうやっても戦いが避けられないと思ったからね」
 そしてその選択肢は俺にも見えていた。
「つまりね、調査団はまんまと嵌められたの」
「いやいや、その話はちょっとおかしくないか? そもそも罠を回避する為に三つ目の選択肢を選んだんだろう? それがどうして嵌められた事になるんだ? 結果的に捕まっているんだから、嵌められたのは確かだろうけど」
 タックルベリーの言葉に……
「耳が痛いよ」
「そうね……」
 リアーナとロザリンドは項垂れる。
「それはね、敵の想定していた三つ目の選択肢は、最初から『調査団が罠を知るために誘導班を利用する』事までが含まれていたからだよ。だから罠を回避すればする程に本命の罠へ嵌ってしまう。そういう事」
 みんなが言葉を失う。
 さすがのミランもそこまでの考えには至っていなかったのだろう。考え込むように黙り込む。
 やがてビスマルクは言う。
「……そうだ……罠を回避していたつもりが本命の罠に向かっていたとはな。気付いた時にはもう手遅れ、戦う余地も無く追い込まれしまった……我ながら情けない話だ……」
「パパ……」
「さて、ここまで言うと私が凄い戦略家だと思われるけどね」
「違うの?」
 ベルベッティアが首を傾げる。
「私達は運が良かっただけ」
 少しの間の後、俺は言葉を続ける。
「だって一つの罠を凌ぐので精一杯。もし相手の増援があったら終わってたよ。それに撤退の時もあの下半身が馬の奴がいたら、それだけで逃げられなかったと思う。そうしなかった理由は分からないけど、圧倒的な戦力差があったはず。つまりね、私達がどう策を練ろうと普通じゃ勝てなかったって事」
「……完全に私の見積もりが甘かった」
 お姉ちゃんが歯を食いしばっているのが分かる。
「……お姉ちゃんだけじゃないよ。私もだし。そもそも通常ではありえない。あんな戦力が未開の土地にあるなんて。でもね、私の方で分かった事はあるの」
 そこで大きく深呼吸。

「相手は私と同じ、神々の手だと思う」
 その時である。

 ドンッッッッッ!!
 衝撃音と共に船体が大きく揺れる。
 クソッ、嫌な予感。これって奇襲ってヤツだろ。全く、次から次へと……嫌んなるぜ。
 俺は大きく溜息を吐くのだった。
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