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崩壊編

ハッタリと一時停戦

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 これが剣戟の音か?
 巨大な鈍器と鈍器をぶつかり合うような重い音。それはヴイーヴルとドレミドが剣で打ち合う度に空気を振るわせる。
 ヴイーヴルが気を抜いたわけではない。
 単純にドレミドは強い。その速さがヴイーヴルを上回る。
 ドレミドの剣がヴイーヴルの腹部を斬り裂いた。
 ガギンッという金属音。ドレミドの剣に伝わったのは金属のような硬い感触。
 斬り裂いた衣服の隙間から見えたのは光沢のある濃い紫色の鱗。
「殺さない程度に手加減をしたんだが、その必要は無いようだな。次は本気で行くぞ」
 ドレミドは言う。
「あらあら~優しいのね~じゃあ、私も本気にならなくちゃね~」
 ヴイーヴルの背中に竜の翼が生える。それと同時、腕や首筋、そして頬、見える肌の部分が竜の鱗で覆われていく。それはヴイーヴルが竜の力を引き出した証。つまり本気だ。
 本気の二人の戦いがこれから始まるのである。

 こちらはビスマルク対アリエリ。
 それはビスマルクにとって初めて受ける攻撃だった。
 アリエリが距離を取り、手の平をビスマルクに向ける。咄嗟にビスマルクは防御を固める、次の瞬間。
 ドンッ
 衝撃と共にビスマルクは吹き飛んだ。
 アリエリが遠くから手を振り下ろす。今度は地面に叩き付けられるビスマルク。
 まるで巨大な手で殴られているようだった。しかしその攻撃が見えない。見えない攻撃をアリエリの動きから予想するしかなく、全てを避ける事は出来なかった。
 しかし攻撃を受けながらもビスマルクはアリエリとの距離を一気に詰めて、その小さな体に攻撃を打ち込むのだが……
 殴り飛ばされ、地面を派手に転がるアリエリ。だがそのアリエリは何事も無かったように立ち上がる。
 その姿を見て、ビスマルクは小さく呟くのだった。
「……化け物だな」

 キオの、カトブレパスの瞳だからこそ見えた。
 それが魔力なのかは分からない。ただキオにだけ力の流れのようなモノが見えていた。ローロンから放たれる力の流れがミツバへと向かう。
「よ、避けて!!」
 そのキオの声にミツバは咄嗟にその場から飛び退いた。するとミツバが直前まで居た場所で爆発が起こる。
 逆に今度はキオがローロンを狙う。
 キオと同じモノがローロンにも見えているのかも知れない。
 ローロンはその場から素早く移動した。すると直前まで居た場所が発火する。キオの攻撃を避けたのだ。
「オラッ!!」
 間髪入れず弾丸のようにミツバがローロンに突進する。そして巨大な戦斧が横薙ぎにされた。その戦斧はローロンの体に触れる直前で止まっていた。そこにまるで見えない盾があるように。
 しかしミツバは力で強引に戦斧を振り抜く。
 弾き飛ばされるローロンだが、ダメージなどは無い。
「クソ鬱陶しい野郎だぜ」
 ミツバは吐き捨てるのだった。

 リコリスとユリアン。
 二人の動きは実に簡潔だった。ひたすら攻撃に専念。
 もちろんそれは防御に秀でたフレアがいるから出来る事。
 対するミラベルは遠距離から魔法攻撃を仕掛ける。その全てをフレアが防ぎ、リコリスとユリアンが一気にミラベルへ接近するのだが……
「何ですの、これは!!?」
 リコリスから連続して繰り出される拳と蹴りを受け止めたのはミラベルが浸かる水の球体。それは意思を持つ触手のように変化する。攻撃を受け止め、さらに槍のように変化してリコリスを狙う。
「リコリス!!」
 ユリアンの剣が水の槍を弾いた。ただの水のように見えるのに、弾いたその感覚はまるで鉄の槍を弾いたようだった。
 飛び退いた二人をミラベルの魔法が狙う。
 それをまたフレアが防ぐ。
 気の抜けない重圧の中、何度も何度もそんな攻防を繰り返すのだった。

 リアーナとロザリンド、入れ替わりながらの連続攻撃。そこにタックルベリーの魔法攻撃が加わる。それを一人で受けるヴァルゴはやはり強い。
 王立学校での戦いが再び繰り広げられるのだった。

 そしてアルタイル。
 直接は戦いに参加をしない。しかし大量のスケルトンを操り、各々の戦いにいつでも介入が出来るように待機していた。
 その存在は、相手へのプレッシャーとなる。力の拮抗している相手を倒しても、まだスケルトンの大群がいるぞ、と。

★★★

「相手はするつもりだけど、ママトエトエだっけ? ちょっと話がしたいの」
「こちらは無い」
 ママトエトエが歩を進める。
 俺の横には本来の姿に戻ったヴォルフラム。鼻面には皺が浮かび、鋭く巨大な牙を剥く。そして低く響く唸り声。ママトエトエが少しでも俺に攻撃を加える素振りを見せたなら、すぐさま飛び掛かるだろう。
 俺は言葉を続ける。
「さっき……三つ首竜の話を出した時、ドレミドを隠したよね? それは聞かれたくない話が出る可能性があったから。だったら最初から僕達の前に姿を現さなければ良い。つまりドレミドを隠したのはアナタの意思、ここに現れたのは別の誰かの意思。アナタと、その誰かの考え方に何か齟齬があるんじゃない?」
「……」
 足を止めるママトエトエ。
「だったら協力が出来ない?」
「馬鹿な事を」
「変だなと思っているの。アナタ達はこの大陸を混乱させているけど、征服しようとはしていない。本気で征服しようとするなら大陸の各地を分断して、戦力を集めて一気に重要都市を攻略すべきでしょう? なのに分散して、色々な所を攻めて。今回の顔見せもだけど、目的はヴァルゴの言う通り『お遊び』……そう考える方が納得出来ちゃうんだよね」
「お前達が納得するかどうかなんてこちらには関係の無い話だ」
「ママトエトエ、もしアナタがその事に対して不満があるなら、僕達は協力しても良いと思っているんだよ。アナタが考える最善と、僕達が考える最善に妥協点は無い?」
「その為に裏切れと? 随分と馬鹿にされたものだな」
 ママトエトエは長槍を構えた。その切っ先が俺に向けられる。
 飛び掛かろうとするヴォルフラムを俺は片手で制した。代わりにホーリーが防御魔法を幾重にも展開させる。
「そういう意味じゃない。これ以上まだ争いを続ければお互いに被害は大きくなる。それを回避したい。アナタ達の指揮官がどんな人物かは分からないけど、アナタの判断でその指揮官に進言して欲しいの。この事態をどうにか収められないかって」
「断る。命令に従うだけだ」
「検討もしてもらえない?」
「必要が無い」
 ママトエトエは即答。
「じゃあ、話を変えて。僕が指揮官だとして、どうしてこんな子供みたいなのが指揮官をやっていると思う?」
「……さぁ」
「僕には特殊な能力があってね。その力が優秀だからこそ指揮官をしているの。それは他人の隠し事を見抜く能力。しかもその能力は相手と一緒にいる時間が長い程、その精度が高くなる。すでにアナタが隠す秘密を僕はいくつか知っているんだよ」
「嘘だな。その能力が本物であるなら、ここで公言する意味が無い」
 うへへっ、もちろん俺のハッタリだぜぇ。
「あるの。僕の能力を知れば、アナタの心に僅かでも疑心が生まれる。それが刺激となり僕は情報を引き出しやすくなる。例えばアイザックが三つ首竜を裏切った事とか。ああ~違うか、最初から捨て駒にするつもりだったんだっけ?」
「……」
 ママトエトエは何も答えない。ただその長槍が恐ろしい速さで突き出される。俺には全く捉える事の出来ない速さ。
 ホーリーが俺を抱え、後ろに飛び退く。
 そしてママトエトエの長槍を止めるのはヴォルフラムの牙。
 連続して放たれる長槍の突き。
 それに対抗するヴォルフラム。その巨大な体躯からは考えられない素早さだった。ママトエトエの攻撃を避け、牙と爪とで襲い掛かる。
 火花が散るような攻防を見ながら俺は言う。
「この馬鹿共がぁ!! お前らの秘密は全部、僕が見てやるよ!! ざまぁ!! ここに現れた事を後悔しな!!」
「それ完全に悪者の台詞よ」
 ベルベッティアの言葉に俺は笑う。
「正義の味方のつもりは無いし。それよりベルベッティア、アルタイルに指示を伝えて。相手が逃げ出しやすいようにスケルトンを配置して」
「分かったわ」
 ベルベッティアは肩から飛び降り駆け出した。

 そしてヴォルフラムとママトエトエが何度か交戦した後だった。
 ママトエトエがヴォルフラムから距離を取る。それを追おうとするヴォルフラムだったが……
「ヴォル、戻って!!」
 ヴォルフラムが一飛びで俺の横に。
「良いのか?」
「良いの。多分、現時点じゃ決着しない」
 戦力が拮抗している今、潰し合いをするのは得策じゃない。確実に勝てる見込みが欲しい。
 俺の能力で一気に全員を倒しちまうのも一つの方法なんだけどな……でももしその後に真の黒幕が現れたら……六人を倒すチャンスだからこそ、その後の罠を想定しちまうぜ……

 ママトエトエはスケルトンの層の薄い部分を突破してヴァルゴと合流する。
 それと同時に俺は叫ぶ。
「リアーナ、三人とも下がって!!」
 スケルトンがママトエトエとヴァルゴ、二人に襲い掛かる。その隙にリアーナ、ロザリンド、タックルベリーはその場から離脱した。
 ママトエトエ達が仲間と合流すると、俺も仲間を後退させる。
 そうしてまた最初の配置へ。
 目の前にはドレミド、アリエリ、ヴァルゴ、ローロン、ミラベル、ママトエトエの六人。
「おいおい、何だよ、向こうから仕掛けて来たんだから付き合ってやろうぜ、なぁ?」
 ヴァルゴは不満そうに言う。
「……何か考えがあるんだな?」
 そう言うのはローロン。
「そうなのか? ママトエトエ、何だ? どういう考えがあるんだ?」
「うん。ドレミドはね、ちょっとね、黙って」
「アリエリが相変わらず酷い!!」
「帰れるのならもう帰りましょうよ。疲れたわ」
 面倒臭そうに言うのはミラベル。
「……後で説明する」
 ママトエトエはそう答えるだけだった。
「……分かった。おい、お前等、今日は退くけどな。また会おうぜ」
 ヴァルゴは舌打ちをして、そう大声を張り上げる。
 こうして六人はそのまま去っていくのであった。

 ふむ。一時停戦。情報を引き出せた事を考えれば勝ちに等しいだろ。
 俺は大きく息を吐くのだった。
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