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お仕事頑張るぞ編
強盗犯とサングラス
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連れ去られるのは、ガララントの時を含めて二度目。
人生で二度も連れ去られるとはなぁ……まさかの事態だが、大した事態では無い。そもそも俺の能力があれば、これぐらいの強盗犯を制圧するのは容易い。
それにこいつ等はヴォルフラムをただの獣だと思っているんじゃないか? 森の主だぞ? あの鼻から逃げられるのは、ほぼ無理だと思うんだけど。
ナイフを突き付けられたまま荷馬車で運ばれる。
これが綿密に計画された強盗なら、これだけで終わるはずが無い。俺達を人質に取り、より多くの物を商会に要求するだろう。大きい計画なら犯人がこれで全員じゃない可能性も高い。とりあえずは言い成りになって、色々と炙り出してやろうじゃないか。
「キオ。大丈夫だからね」
……とは言え、キオに危害が及びそうなら、その場で能力発動、ボッコボコにしてやるけどな。
「商会の代表であるシノブは私です。彼女はただの従業員なんです。人質なら私一人でも充分でしょう? お願いですから、彼女は解放してあげて下さ」
言い掛ける俺の口にナイフの刃が当てられる。
「殺されなければ良いだけだ。黙らなければ分かるな?」
「……」
問答無用か。こういう相手はやり辛い。俺は黙って状況を見守る……つもりだったのだが……
それは突然だった。
キオの眼前に現れる炎。
布の焼けるにおい。キオの目に巻かれていた包帯だ。包帯に火が付き、燃え上がったのだ。
強盗達も一瞬だけ慌てる。しかしすぐにその動きを止めた。誰一人として微動だにしない。まるで石のように。
そしてキオは静かに言った。
「も、もう……大丈夫です……」
キオは押さえられていた男の手からスルリと抜ける。
俺も男達から離れるが……マジか?
男達は同じ姿勢のまま全く反応しないのだった。しかし……その男達の眼球だけが俺の動きを追う。
「もう大丈夫って……これ、キオが……」
そこで俺は気付く。
髪と包帯に隠されていたキオの左目。虹色の瞳が露わになっていた。
いくつもの色が重なり、流動するマーブル模様が渦を巻いている。そしてその瞳の中で小さな光がキラッキラッと輝く。
「ねぇ……それって……」
確か、本で読んだ事がある。
「……っと、それは後で良いや。とりあえず縛っちゃおうか。魔法封じの縄もあるみたいだし」
「は、はい」
場合によっては俺達に使うつもりだったのだろう。荷馬車にはしっかりと魔法封じの縄が用意されていた。それを使って強盗犯どもをきつく縛り上げる。
そして荷馬車から降りる。
すでにエルフの町の外。森の中だ。
「しかし凄いね。馬も御者も全く動かないじゃん。全部、キオの力なんでしょ?」
「……はい」
「強盗の中に、うちに来たお客さんがいた。キオが『変な感じ』とか言ってた奴。これは偶然?」
「あの、あの、わ、私、わた、わた」
「いや、別に変な疑いを掛けているわけじゃないから。ほら深呼吸して。すーはー」
「すーはー」
「もしかしてキオは相手の心が読めるとか?」
「そ、そういうのとは違います……た、多分ですけど……」
キオの説明ではその不思議な瞳の影響だろう、観察眼が極端に鋭いらしい。自然体の中に微細でも不自然な変化があれば、それを気持ち悪く感じる。
つまりあの時。『買物』という行為の中、『強盗をするための下見』という本来とは違う目的に、キオは違和感を覚えたのだ。
しかし、あくまでも鋭い観察眼なので、相手が嘘を嘘と思っていない場合や、思考を表に出さないように訓練された者から、その変化を感じるのは難しいらしい。
高性能な嘘発見器みたいなもんか。こりゃ、とんでもなく便利な能力だな。
だったらちょっと手伝って貰おうか。
★★★
縛り上げた強盗犯ども、計五人を横一列に並べた。
そしてその瞳を見られないように、キオは俺の背中に隠れていた。
「じゃあ、キオ。お願い」
「は、はい」
キオが頷いて能力を解除した途端。強盗の一人が叫ぶように言う。
「てめぇ、何をした!!?」
「何をした? それを教える必要があります?」
「……お前達。逃げなくて良いのか? 俺達の仲間は近くにいるかも知れないぞ」
俺の背後でキオが呟く。
『い、いないと思います、はい』
「いないよね? 本当に仲間が近くにいるなら、そんな事を教える必要無いし。適当な事を言って時間稼ぎをするよね、普通」
「……」
「あっ、でもあの女の人は仲間だったから、別の所にいるんでしょ?」
これはヴォルフラム情報。
五人とも黙って何も答えないが……
『右から二番目の人です』
俺は右から二番目の奴へと視線を向ける。俺には分からないが、こいつが微細な変化を見せたらしい。
「ほら、やっぱりいるんだ? 女の人は何人? 一人? 二人? 三人? それ以上?」
「……」
『一人……だと思います』
「一人だね」
「な、何でそれを……」
「何も言うな!!」
驚き呟く男。それを別の男が大声で遮る。
「もう終わりなんだから全部喋っちゃえば? 他に何人の仲間がいるの? 一人? 二人? 三人?」
そんな感じでこっちから質問を投げて、その反応をキオが見る。
段々と事件の概要がハッキリとしてくるのだが……
キオが服をクイックイッと引っ張る。
強盗から少し離れる。
「どうしたの、キオ?」
「だ、誰かがこっちに向かって来ます……」
「分かるの?」
キオは頷いて周囲を見渡した。
「向こうから……です。五人……一人女性が混ざっています」
「本当に仲間が近くにいたんだ……」
「で、でも……私、き、気付かなくて……さっき……ご、ごめんなさい……」
「いや、あいつ等は本当に近くに仲間がいるなんて思ってなかったんだよ」
誰かが捕まっても計画の全容が漏れないように、首謀者は必要最低限の情報しか部下に与えない。今捕まえている強盗は仲間が近くにいる事を本当に知らないんだろ。
そしてキオは別方向に目を向ける。
「……ヴォルさんと、レ、レオさんもこっちに向かっています……けど、多分ですけど、あ、相手の方が早いです……」
「またキオの能力で拘束しようか」
「は、はい……でも、私の能力は絶対じゃないんです……」
キオの説明では、その効果は相手の精神状態に左右されるらしい。さっきは相手が無防備な状態だったので拘束する事が出来たが、相手が警戒した状態だったり、精神的に強靭な場合は効果が薄くなる場合がある。
「まぁ、このまま逃げても良いんだけど、ここで全員を捕まえた方が後々楽で良いよね~」
「……あの……シノブさん」
「ん?」
「……いえ、何でもないです……」
俺に何かしらの能力がある事。それをキオは感じているかも知れんな。
★★★
見えた。
確かに五人。
キオの瞳には千里眼の能力もあった。包帯で目を覆っていても周囲が見えていたのはこの能力のおかげ。
そして来る方向が分かれば、先に相手を見付けられる。
「キオ」
「はい」
キオの左目がキラキラと光を放つ。瞳の中でいくつもの色が鮮やかに重なり流動した。
それに反応するように、五人の動きがピタッと止まる。
もしかしてこれで終わり?
実に呆気ねぇ。
……と思ったが。
少しの後、一人が動き出した。
じゃあ、その一人を俺の能力で対応しましょうかね。
そう考えた次の瞬間だった。
ドバンッ
動き出した一人の眼前で爆発が起こる。炎と爆煙。破裂音が森の中に響く。
その衝撃にその一人は弾け飛んだ。地面の上をゴロゴロと転がり、そのまま動かない。
「えっ? えっ? ちょっと、キオ? 今のもキオ?」
「そ、そうなんですけど……ちゃんと加減はしたつもりなんです……で、でも、も、もしかして殺してしまったんじゃ……」
キオがプルプルと震える。
「……行ってみようか」
とりあえず生きてました。
★★★
強盗犯、全員捕縛。
俺達が聞き出した話、その後の取調べの内容を合わせてみると、あの時に捕まえた強盗犯で全員。
事件は簡単に解決。良かった、良かった。
部屋にはヴォルフラムもレオもいない。俺とキオだけ。
「しかし、キオ。その目。とんでもない力だね」
「は、はい……」
その千里眼には遠くを見通すだけではなく、夜目が利き、透視の力もある。
そして相手を拘束する能力。
さらに見える範囲内、任意の場所に炎や爆発を起こす事が出来る。
他にも自分に向けられた力の方向を逸らす事も可能。剣や矢、魔法など、その軌道を変えられるんだとか。
組み合わせて使えない能力や、同時に使うと精度や威力が落ちるといった欠点はあるが、それでもとんでもなく強力な能力だ。
「それって『カトブレパスの瞳』だよね?」
キオは黙って頷く。
その単眼の能力は竜でさえ忌避する。
魔眼を所持するカトブレパス。
巨大な牛のような姿をしているが、その頭部は非常に重く、いつも首を地面に垂らしている。そしてカトブレパスの虹色の瞳。それを見た者はどうなるのか。
絶命。
カトブレパスは視線だけで相手の命を奪うのだ。
しかしその強力な能力とは裏腹に、その動きは緩慢であり、策を講じれば倒すのは難しくない。
そこでカトブレパスは、人にその能力の一部を貸して、自分を守らせた。カトブレパスから強力な能力を得る事で、人は自分達を守る事も出来る。共存の関係。
そんな人の集団がある……と、本で読んだ事があった。
「シノブさん……あの、私……嘘をつきました……目が見えないって……だから、やっぱり……か、解雇になりますか?」
「ああ、そう言えばそうだったね」
きっと必要な嘘だったんだろ。俺が能力を隠すのと同じような。それで解雇する気はさらさら無い。
キオは深く頭を下げた。
「お、お願いします……ここで働かせて下さい……行く所が無いのは本当で……だ、だから、あの、お願いします!!」
「待って待って、解雇とかしないから。逆にそれだけ強かったら、うちに居て欲しいくらいだよ」
ヴォルフラムとキオの防犯二重体制、隙が無ぇ。
「あ、ありがとうございます!!」
「でもどうして? カトブレパスを守る必要があるんじゃないの? どうして行く所が無いの?」
キオは少し黙った後、静かに前髪をかき上げた。
その右目の部分。
一瞬、俺も言葉を失う。
酷い傷跡。
ズタズタに引き裂いたような傷跡が右目部分に集中して幾つも残っていた。
「……本来、カトブレパスの瞳は片目だけに与えられます……だけど私は両目ともカトブレパスの瞳でした……」
両目ともカトブレパスの瞳であったキオ。その能力は今とは比較にならない程に強力だった。そこで絶対的な序列が生まれてしまった。それはキオと、それ以外。
キオの存在は集団をまとめていた一部の者達にとっては邪魔であっただろう。
そしてキオは既に孤児だった事、性格的に控え目だった事もあり、その一部の者達に疎まれ虐げられた。
そんなある日。
「力が強力だから……だから気を付けていたつもりなんです……で、でも……」
子供のイジメ。
その中でキオはその能力を使ってしまった。
「……殺しちゃったの?」
キオは首を横に振る。
「そこまでは……でも大怪我を負わせてしまいました……」
「まさかそれで?」
「はい……私は右目を潰されて追い出されたんです……」
大怪我を負った子供の中に、集団のまとめ役の子もいた。それを理由にまとめ役はキオの右目を潰して、邪魔者を追い出したのだ。
それからキオは残った左目も包帯で隠して、各地を転々としてここに辿り着いた。
「……」
「……大変だったね」
「……はい」
「……仕返しに行こうか」
「えっ!!?」
「だって相手の自業自得でしょ。それで右目を潰して追い出すって腹が立つじゃん。しかもこんなに酷く」
俺はキオの前髪を上げる。
痛かっただろう、怖かっただろう、傷跡を見るとやるせない気持ちになる。酷く傷跡が残るように、ここまでやる必要があるのか。
「いいんです……もう……こ、ここで働けましたから」
「そっか。そんなキオに、はい、プレゼント」
俺はそれをキオの前に出す。
「あ、あの……これ……眼鏡ですか? でも色が……」
この世界にも眼鏡はある。しかしサングラスは無かった。
前世ではサングラスが世界中に普及していた。この世界でも絶対に流行するはず、我が商会の次なる新商品……サングラスだ!!
透けない真っ黒な、そして大きなレンズ。しかも涙の雫を模したティアドロップ型。
「サングラスって名前。強い日差しから眼を守る保護眼鏡だよ。だけど眼も隠せるからキオには良いかなって。包帯をわざわざ巻く必要も無くなるし、うちのお店の宣伝にもなるしね」
「……掛けてみて良いですか?」
「もちろん。キオのサングラスだし」
キオはサングラスを掛ける。
「……不思議です……外側は真っ黒で何も透けなかったのに……掛けて見たら、ちゃんと周りが見えます……」
それは光量の関係云々で、まぁ、難しい事は置いといて。
「ぷふっ」
「……シノブさん……」
「ん? 何?」
「……わ、笑ってますか?」
「これからの売上を考えると笑っちゃうんだよ、ふふっ」
だって十四歳の女の子が、渋さと硬派を醸し出すワイルドな型のサングラスを掛けている。そのギャップに思わず笑ってしまう。
「……嘘っぽいです……」
キオは小さく呟き、そして。
「で、でも、ありがとうございます……あの、私、一生大事にします……」
嬉しそうに言うのだった。
人生で二度も連れ去られるとはなぁ……まさかの事態だが、大した事態では無い。そもそも俺の能力があれば、これぐらいの強盗犯を制圧するのは容易い。
それにこいつ等はヴォルフラムをただの獣だと思っているんじゃないか? 森の主だぞ? あの鼻から逃げられるのは、ほぼ無理だと思うんだけど。
ナイフを突き付けられたまま荷馬車で運ばれる。
これが綿密に計画された強盗なら、これだけで終わるはずが無い。俺達を人質に取り、より多くの物を商会に要求するだろう。大きい計画なら犯人がこれで全員じゃない可能性も高い。とりあえずは言い成りになって、色々と炙り出してやろうじゃないか。
「キオ。大丈夫だからね」
……とは言え、キオに危害が及びそうなら、その場で能力発動、ボッコボコにしてやるけどな。
「商会の代表であるシノブは私です。彼女はただの従業員なんです。人質なら私一人でも充分でしょう? お願いですから、彼女は解放してあげて下さ」
言い掛ける俺の口にナイフの刃が当てられる。
「殺されなければ良いだけだ。黙らなければ分かるな?」
「……」
問答無用か。こういう相手はやり辛い。俺は黙って状況を見守る……つもりだったのだが……
それは突然だった。
キオの眼前に現れる炎。
布の焼けるにおい。キオの目に巻かれていた包帯だ。包帯に火が付き、燃え上がったのだ。
強盗達も一瞬だけ慌てる。しかしすぐにその動きを止めた。誰一人として微動だにしない。まるで石のように。
そしてキオは静かに言った。
「も、もう……大丈夫です……」
キオは押さえられていた男の手からスルリと抜ける。
俺も男達から離れるが……マジか?
男達は同じ姿勢のまま全く反応しないのだった。しかし……その男達の眼球だけが俺の動きを追う。
「もう大丈夫って……これ、キオが……」
そこで俺は気付く。
髪と包帯に隠されていたキオの左目。虹色の瞳が露わになっていた。
いくつもの色が重なり、流動するマーブル模様が渦を巻いている。そしてその瞳の中で小さな光がキラッキラッと輝く。
「ねぇ……それって……」
確か、本で読んだ事がある。
「……っと、それは後で良いや。とりあえず縛っちゃおうか。魔法封じの縄もあるみたいだし」
「は、はい」
場合によっては俺達に使うつもりだったのだろう。荷馬車にはしっかりと魔法封じの縄が用意されていた。それを使って強盗犯どもをきつく縛り上げる。
そして荷馬車から降りる。
すでにエルフの町の外。森の中だ。
「しかし凄いね。馬も御者も全く動かないじゃん。全部、キオの力なんでしょ?」
「……はい」
「強盗の中に、うちに来たお客さんがいた。キオが『変な感じ』とか言ってた奴。これは偶然?」
「あの、あの、わ、私、わた、わた」
「いや、別に変な疑いを掛けているわけじゃないから。ほら深呼吸して。すーはー」
「すーはー」
「もしかしてキオは相手の心が読めるとか?」
「そ、そういうのとは違います……た、多分ですけど……」
キオの説明ではその不思議な瞳の影響だろう、観察眼が極端に鋭いらしい。自然体の中に微細でも不自然な変化があれば、それを気持ち悪く感じる。
つまりあの時。『買物』という行為の中、『強盗をするための下見』という本来とは違う目的に、キオは違和感を覚えたのだ。
しかし、あくまでも鋭い観察眼なので、相手が嘘を嘘と思っていない場合や、思考を表に出さないように訓練された者から、その変化を感じるのは難しいらしい。
高性能な嘘発見器みたいなもんか。こりゃ、とんでもなく便利な能力だな。
だったらちょっと手伝って貰おうか。
★★★
縛り上げた強盗犯ども、計五人を横一列に並べた。
そしてその瞳を見られないように、キオは俺の背中に隠れていた。
「じゃあ、キオ。お願い」
「は、はい」
キオが頷いて能力を解除した途端。強盗の一人が叫ぶように言う。
「てめぇ、何をした!!?」
「何をした? それを教える必要があります?」
「……お前達。逃げなくて良いのか? 俺達の仲間は近くにいるかも知れないぞ」
俺の背後でキオが呟く。
『い、いないと思います、はい』
「いないよね? 本当に仲間が近くにいるなら、そんな事を教える必要無いし。適当な事を言って時間稼ぎをするよね、普通」
「……」
「あっ、でもあの女の人は仲間だったから、別の所にいるんでしょ?」
これはヴォルフラム情報。
五人とも黙って何も答えないが……
『右から二番目の人です』
俺は右から二番目の奴へと視線を向ける。俺には分からないが、こいつが微細な変化を見せたらしい。
「ほら、やっぱりいるんだ? 女の人は何人? 一人? 二人? 三人? それ以上?」
「……」
『一人……だと思います』
「一人だね」
「な、何でそれを……」
「何も言うな!!」
驚き呟く男。それを別の男が大声で遮る。
「もう終わりなんだから全部喋っちゃえば? 他に何人の仲間がいるの? 一人? 二人? 三人?」
そんな感じでこっちから質問を投げて、その反応をキオが見る。
段々と事件の概要がハッキリとしてくるのだが……
キオが服をクイックイッと引っ張る。
強盗から少し離れる。
「どうしたの、キオ?」
「だ、誰かがこっちに向かって来ます……」
「分かるの?」
キオは頷いて周囲を見渡した。
「向こうから……です。五人……一人女性が混ざっています」
「本当に仲間が近くにいたんだ……」
「で、でも……私、き、気付かなくて……さっき……ご、ごめんなさい……」
「いや、あいつ等は本当に近くに仲間がいるなんて思ってなかったんだよ」
誰かが捕まっても計画の全容が漏れないように、首謀者は必要最低限の情報しか部下に与えない。今捕まえている強盗は仲間が近くにいる事を本当に知らないんだろ。
そしてキオは別方向に目を向ける。
「……ヴォルさんと、レ、レオさんもこっちに向かっています……けど、多分ですけど、あ、相手の方が早いです……」
「またキオの能力で拘束しようか」
「は、はい……でも、私の能力は絶対じゃないんです……」
キオの説明では、その効果は相手の精神状態に左右されるらしい。さっきは相手が無防備な状態だったので拘束する事が出来たが、相手が警戒した状態だったり、精神的に強靭な場合は効果が薄くなる場合がある。
「まぁ、このまま逃げても良いんだけど、ここで全員を捕まえた方が後々楽で良いよね~」
「……あの……シノブさん」
「ん?」
「……いえ、何でもないです……」
俺に何かしらの能力がある事。それをキオは感じているかも知れんな。
★★★
見えた。
確かに五人。
キオの瞳には千里眼の能力もあった。包帯で目を覆っていても周囲が見えていたのはこの能力のおかげ。
そして来る方向が分かれば、先に相手を見付けられる。
「キオ」
「はい」
キオの左目がキラキラと光を放つ。瞳の中でいくつもの色が鮮やかに重なり流動した。
それに反応するように、五人の動きがピタッと止まる。
もしかしてこれで終わり?
実に呆気ねぇ。
……と思ったが。
少しの後、一人が動き出した。
じゃあ、その一人を俺の能力で対応しましょうかね。
そう考えた次の瞬間だった。
ドバンッ
動き出した一人の眼前で爆発が起こる。炎と爆煙。破裂音が森の中に響く。
その衝撃にその一人は弾け飛んだ。地面の上をゴロゴロと転がり、そのまま動かない。
「えっ? えっ? ちょっと、キオ? 今のもキオ?」
「そ、そうなんですけど……ちゃんと加減はしたつもりなんです……で、でも、も、もしかして殺してしまったんじゃ……」
キオがプルプルと震える。
「……行ってみようか」
とりあえず生きてました。
★★★
強盗犯、全員捕縛。
俺達が聞き出した話、その後の取調べの内容を合わせてみると、あの時に捕まえた強盗犯で全員。
事件は簡単に解決。良かった、良かった。
部屋にはヴォルフラムもレオもいない。俺とキオだけ。
「しかし、キオ。その目。とんでもない力だね」
「は、はい……」
その千里眼には遠くを見通すだけではなく、夜目が利き、透視の力もある。
そして相手を拘束する能力。
さらに見える範囲内、任意の場所に炎や爆発を起こす事が出来る。
他にも自分に向けられた力の方向を逸らす事も可能。剣や矢、魔法など、その軌道を変えられるんだとか。
組み合わせて使えない能力や、同時に使うと精度や威力が落ちるといった欠点はあるが、それでもとんでもなく強力な能力だ。
「それって『カトブレパスの瞳』だよね?」
キオは黙って頷く。
その単眼の能力は竜でさえ忌避する。
魔眼を所持するカトブレパス。
巨大な牛のような姿をしているが、その頭部は非常に重く、いつも首を地面に垂らしている。そしてカトブレパスの虹色の瞳。それを見た者はどうなるのか。
絶命。
カトブレパスは視線だけで相手の命を奪うのだ。
しかしその強力な能力とは裏腹に、その動きは緩慢であり、策を講じれば倒すのは難しくない。
そこでカトブレパスは、人にその能力の一部を貸して、自分を守らせた。カトブレパスから強力な能力を得る事で、人は自分達を守る事も出来る。共存の関係。
そんな人の集団がある……と、本で読んだ事があった。
「シノブさん……あの、私……嘘をつきました……目が見えないって……だから、やっぱり……か、解雇になりますか?」
「ああ、そう言えばそうだったね」
きっと必要な嘘だったんだろ。俺が能力を隠すのと同じような。それで解雇する気はさらさら無い。
キオは深く頭を下げた。
「お、お願いします……ここで働かせて下さい……行く所が無いのは本当で……だ、だから、あの、お願いします!!」
「待って待って、解雇とかしないから。逆にそれだけ強かったら、うちに居て欲しいくらいだよ」
ヴォルフラムとキオの防犯二重体制、隙が無ぇ。
「あ、ありがとうございます!!」
「でもどうして? カトブレパスを守る必要があるんじゃないの? どうして行く所が無いの?」
キオは少し黙った後、静かに前髪をかき上げた。
その右目の部分。
一瞬、俺も言葉を失う。
酷い傷跡。
ズタズタに引き裂いたような傷跡が右目部分に集中して幾つも残っていた。
「……本来、カトブレパスの瞳は片目だけに与えられます……だけど私は両目ともカトブレパスの瞳でした……」
両目ともカトブレパスの瞳であったキオ。その能力は今とは比較にならない程に強力だった。そこで絶対的な序列が生まれてしまった。それはキオと、それ以外。
キオの存在は集団をまとめていた一部の者達にとっては邪魔であっただろう。
そしてキオは既に孤児だった事、性格的に控え目だった事もあり、その一部の者達に疎まれ虐げられた。
そんなある日。
「力が強力だから……だから気を付けていたつもりなんです……で、でも……」
子供のイジメ。
その中でキオはその能力を使ってしまった。
「……殺しちゃったの?」
キオは首を横に振る。
「そこまでは……でも大怪我を負わせてしまいました……」
「まさかそれで?」
「はい……私は右目を潰されて追い出されたんです……」
大怪我を負った子供の中に、集団のまとめ役の子もいた。それを理由にまとめ役はキオの右目を潰して、邪魔者を追い出したのだ。
それからキオは残った左目も包帯で隠して、各地を転々としてここに辿り着いた。
「……」
「……大変だったね」
「……はい」
「……仕返しに行こうか」
「えっ!!?」
「だって相手の自業自得でしょ。それで右目を潰して追い出すって腹が立つじゃん。しかもこんなに酷く」
俺はキオの前髪を上げる。
痛かっただろう、怖かっただろう、傷跡を見るとやるせない気持ちになる。酷く傷跡が残るように、ここまでやる必要があるのか。
「いいんです……もう……こ、ここで働けましたから」
「そっか。そんなキオに、はい、プレゼント」
俺はそれをキオの前に出す。
「あ、あの……これ……眼鏡ですか? でも色が……」
この世界にも眼鏡はある。しかしサングラスは無かった。
前世ではサングラスが世界中に普及していた。この世界でも絶対に流行するはず、我が商会の次なる新商品……サングラスだ!!
透けない真っ黒な、そして大きなレンズ。しかも涙の雫を模したティアドロップ型。
「サングラスって名前。強い日差しから眼を守る保護眼鏡だよ。だけど眼も隠せるからキオには良いかなって。包帯をわざわざ巻く必要も無くなるし、うちのお店の宣伝にもなるしね」
「……掛けてみて良いですか?」
「もちろん。キオのサングラスだし」
キオはサングラスを掛ける。
「……不思議です……外側は真っ黒で何も透けなかったのに……掛けて見たら、ちゃんと周りが見えます……」
それは光量の関係云々で、まぁ、難しい事は置いといて。
「ぷふっ」
「……シノブさん……」
「ん? 何?」
「……わ、笑ってますか?」
「これからの売上を考えると笑っちゃうんだよ、ふふっ」
だって十四歳の女の子が、渋さと硬派を醸し出すワイルドな型のサングラスを掛けている。そのギャップに思わず笑ってしまう。
「……嘘っぽいです……」
キオは小さく呟き、そして。
「で、でも、ありがとうございます……あの、私、一生大事にします……」
嬉しそうに言うのだった。
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