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地下大迷宮編

影響と深夜

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「このわたくしこそ偉大なる国境警備隊ビスマルク隊長の一人娘にしてその名も」
「普通にしなさい」
 パカンッ
 ビスマルクに頭を引っ叩かれるリコリス。
「アダッ、ちょ、ちょっとパパ!! 今、凄く良い所なんですけど!!」
「リコリス」
「うっ……リコリス・ポーリンです」
「えっ、これ……リコリス?」
「そう、わたくしこそがリコリス!! 偉大なる国境警備隊ビスマルク隊長の一人娘。さぁ、尊敬の念を抱きなさい!!」
 パカンッ
「ギャンッ」
「すまない……お前達が知っているのは呪いに影響を受けたリコリスであって、こっちが本当のリコリスなんだ……」
 頭を押さえてうずくまるリコリス。

 ビスマルクに聞くと、それは一年程前。
 実はビスマルクとリコリスは既にガララントが封印されていた扉まで辿り着いていた。そして扉を開けて中に入ろうとした時、ビスマルクは不吉な予感を抱き、中へ入り込まなかった。
 しかし開けた扉の僅かな隙間から、リコリスがガララントの呪いを受けてしまったのだ。
 ただ、呪いの目的は命令を強制させる事より、リコリスを使っての情報収集が主だったらしい。
 ちなみにガララントが死んだ後もリコリスに変わりが無かった事から、ビスマルクは呪いが継続している事に気付いた。

「……パパが首もげそうなくらい頭をボコスカ叩くから、その衝撃でわたくしの中に別人格が生まれそう……それは全てを無に帰す破壊神の予感……後悔するがよい……」
「リコリス……いい加減にしない」
「ひぃっ、ごめんなさい!! 調子こきました!!」
「……ビスマルクさん、これ……正気なんですよね?」
 俺の言葉にビスマルクは黙って頷いた。
 おいおい、こいつはなかなかブッ飛んでるじゃねぇか。でもこういう面白い奴はそれはそれで大好きだぜ。
「凄いね、リコリスちゃん……別人みたい」
「みたい、じゃなくて別人だわ」
「呪いの影響か……そういう事もあるのか、勉強になるな」
「あらあら~リコリスちゃん、背伸びしている感じが可愛いわぁ~ユー君と同じくらいだし仲良くしようね~」
「まぁ……してやっても良いけど」
「ちょっと!! ユリアンでしたっけ!!? 仲良くしてあげるのはわたくしの方なんですけど!!」
「リ~コ~リ~ス~」
「な、仲良くして下さいね……」
 とにかく全員無事で良かった。

 町まで戻ると、もう地上に出られる事がグレゴリより伝えられた。
 ガララントは死に、竜の罠は解除されたのだ。

★★★

 その日はグレゴリから借りた家で過ごす。
 やっぱりみんな体力を消耗している。今日一日はここで過ごして、明日、地上に戻る事にした。
 深夜、疲れでみんな熟睡している中、俺は眠れないでいた。

 ガララントを俺が殺した。

 この世界で生きる俺にとってガララントは人と同じ。つまり人が人を殺すのと同じ感覚。
 ガララントはアンデッドだった。もう自我も崩壊した怪物。そうだとしても……俺が殺したのだ。
 命を奪うとは、これほど重いモノなのか……
 止めを刺した両手が震える。
 眠れず、俺は外へと出る。
 そして外に出ると、そこには……
「ヴイーヴルさん?」
「あら、シーちゃん? どうしたの、眠れないの? お母さんが子守唄を歌っちゃう~?」
「よく眠れそうだからお願いしようかな」
 俺は笑う。
 今、俺は怖いのだ……でも隣に誰かがいれば違うのかも知れない。
「……出来る事は少ないかも知れないけど~お話ならいっぱい聞けるのよ~」
 そんな俺の様子を汲み取って、ヴイーヴルはそう言って微笑んだ。
「……ガララントを殺したのが自分だと思うと怖いんです……」
 俺は言葉を続ける。
「もしかしたら……ガララント……ヴイーヴルさんのお母さんを助ける方法が他に何かあったかも。もっと良い結果が出る方法が……でも、私が殺した。全ての未来を閉ざしたんです」
 命を奪うとはその者の未来を奪う事。そこから広がる未来を俺の手で閉ざすのだ。
「それだけじゃない。その周りには大切な人だっているかも知れない。今回なら、私がヴイーヴルさんからお母さんを奪ったんです。もう戻らない。それが怖いです」
「……シーちゃんは本当に優しいのね~」
「臆病なだけかも」
「……昔の話だけどね~、私がお母さんと一緒に閉じ込まれた時、閉じ込めた人達といっぱい戦ったわ~。多くの人を斬り殺したの。慣れちゃって、そのうち何も感じなくなるのよね~」
「慣れてしまうから大丈夫って事ですか?」
「違うのよ~、殺す事に慣れてしまったらダメなの~、だからね、シーちゃんの気持ちはとても大切なもの、怖いかも知れないけど忘れないで欲しいと思うの~」
「だったら大丈夫です、ほら、基本的に私って雑魚なんで。そんな機会はそうそう無いから、慣れる事なんて無いです」
「それと~こんな言葉でシーちゃんの気持ちが軽くなるかは分からないけど、私は本当に感謝しているわ~。ありがとうね~」
 そう言ってヴイーヴルは俺の頭を微笑みながら優しく撫でた。それだけで気持ちが軽くなるから不思議だ。
「……あっ、そう言えば……」
「ん~?」
「今となっては分からないけど……ガララントの心の底にはずっとヴイーヴルさんがいたんだと思います」
「えっ、そうなの~?」
「最後、ガララントは『見逃してやった』って言いましたけど、見逃す意味がありません。多分あの時、ヴイーヴルさんがいたのが分かったから。きっと心の底では娘と戦いたくなかったんだと思います」
 だから俺はユリアンが加勢に向かう時にそれを止めた。ガララントの前にヴイーヴルやユリアンが現れたら、ガララント自身がその気持ちを否定するため徹底的に戦うという選択肢もあったから。
「そうなのかな……だったら嬉しいわね~」
 遠くを見詰めるヴイーヴル。今はもういない母親を思い出しているのかな……

 そうして夜が明ける。
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